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誰が為に  作者: 島山 平
38/42

後日 (5)

「鍛冶です。お久しぶりです」

『どうも、ご無沙汰しております』

 松本の落ち着いた低音が耳に心地いい。

「突然すみません。お訊きしたいことがあって、今よろしいですか?」

『少々お待ち下さい』

 電話越しに、松本が歩いて移動しているのがわかった。

『お待たせ致しました』

「麻耶子についてなんですが、彼女は浅原に会ったことがあるんですね」

『―――もうそこまで辿り着かれましたか』

 松本の声音から、驚いた様子は感じられなかった。予想の範疇だったのか、むしろ安堵に近い声でもあった。

「どうして黙っていたんですか?」

『余計な情報はない方がよいかと。浅原が麻耶子様と関わっていたと知れば、鍛冶様は客観的に考えることもできなくなるでしょう』

「もちろんです」

 もちろんだけれども―――。

「事件が起きた時点で教えてくれてもよかったはずです。そうすれば、結末は違っていたかもしれない」

『・・申し訳ございません。話すタイミングを失ってしまいまして』

 松本の声は沈んでいて、どこまでが本気かわからなかった。だからといっておとなしく引き下がるわけにもいかない。

「浅原が麻耶子を傷付けたことを知っていながら、彼を招いたんですよね。何をするつもりだったんですか?」

 松本の返事はない。電話が繋がったまま、どのように答えるべきか考えているのかもしれない。

「麻郎さんの計画していたことは、そこにも絡んでいるんですよね」

『―――麻郎様は』

 洞窟の奥から聞こえた気がした。それくらい低く響いた、覚悟した男の声だった。

『浅原に復讐するおつもりでした』

「具体的には?」

『彼を殺害する計画を立てておられました』

 開き直ったように、松本が深く息を吐く音が聞こえた。それが耳に届いた瞬間、麻郎のことを哀れんでしまった。麻耶子のためを想って計画したのに、浅原にいいようにやられてしまったのだから。

「それこそが起きるはずだった事件の内容ですね?」

『その通りでございます。鍛冶様が暴いた建物のトリックを用いて、麻郎様は浅原を始末するつもりだったはずです。麻耶子様を傷付けたあの男に復讐するために』

「ボクたちを招いた理由はなんですか? 心に秘めた復讐をカムフラージュするためですか?」

『そうだと思われます。皆様を傷付けるつもりなどなかったはずですから。推測ですが、証人が欲しかったのではないかと』

「証人、ですか」

 その言葉だけで、色々なことに納得できた。麻郎の考えていたことが、ボクの中にしっくりとはまった。

『体験されたように、不可思議な状況で殺人事件が起きたとき、皆様は犯行を暴くことができませんでした。最終的には鍛冶様が建物の秘密に気付かれましたが、最初の段階では謎のままでした』

「完全犯罪をもくろんでいたということですか?」

『もしくは、外部犯によるものと思わせるおつもりだったのか。どちらにしても、麻郎様は自分に容疑がかからないようにして、浅原を殺害する計画を立てていたのではないかと思われます』

「そうまでして―――」

 思わず言葉が途切れた。麻郎の心境がどれほどのものだったのか、ボクには想像もつかない。

「そこまで恨むほど、浅原は麻耶子を傷付けたんですか? 彼はいったい何をしたんですか?」

『わかりません』

 ハッキリとした口調だった。

『それがわからないため、我々は麻郎様に協力することができませんでした。その結果、このような事態に陥ってしまったのです。建物について詳しく知らないと申し上げたこともそうですし、嘘をついていて申し訳ございませんでした』

「麻耶子がどこへ行ったのかもわからないとおっしゃいましたよね。それは本当ですか?建物から出ていくところは見たんですよね?」

『えぇ。その後どこへ向かわれたのかはわかりませんが』

 松本の言葉を信じるなら、麻耶子は無事に建物を出ている。その時点で麻郎の中に浅原に対する殺意が芽生えていたのかは不明だ。でも、そこから三ヶ月後、浅原を含むボクたちが集められ、事件が起きた。当初は浅原を殺す目的だったイベントが、逆に浅原による殺人ゲームへと変貌してしまった。志半ばで倒れた麻郎は、今何を思うのだろう。

「松本さんはこれからどうするつもりですか? 浅原に復讐を?」

『―――わかりませんが、それも考えております。麻郎様の意志を継げるとしたら私だけですので。私とて、麻耶子様を大切に想っております』

「ボクが手伝いたいと言ったら?」

 ムリをしているわけではない。この気持ちは本当だった。

『やめておいた方がよろしいでしょう。鍛冶様には他にやるべきことがございます。麻耶子様を探し出し、支えてあげてください』

「―――ずるいですね」

『申し訳ございません。これは我々だけで行うべきだと思うのです。恋人とはいえ、鍛冶様まで巻き込むわけにはいきません』

 どうやら松本は譲るつもりがないようだ。彼の口調からもそれが伝わる。

 でも、それでもボクは、黙って見ているわけにはいかない。麻耶子を探すのは当然だけれど、今もどこかで生きている浅原に辿り着き、罪を償わせる。ボクにはそれくらいしかできない。麻耶子を傷付けたのはボクも同じ。だったら、この身を犠牲にしてでも成し遂げなければならない。

「まずは麻耶子を見つけ出します。その後でボクにできることがあるなら、必ず言ってください」

『・・かしこまりました。無理はなさいませんよう』

「こっちのセリフですよ」

 こうして、松本との話を終えた。


 いくつかわかったことがある。麻郎があの建物でやろうとしていたこと、推理ゲームの真の狙いは浅原への復讐だった。それは叶わなかったものの、こうして知ることができたのは大きい。麻郎は浅原を殺そうとし、実際には逆に殺されている。その間、二人の間に何があったのか考えるのが近道になりそうだ。

 それにしても、浅原は麻耶子に何をしたのか。麻郎に殺意を抱かせるほどの行為、いくつか思いつくものの、考えただけでも吐き気がする。そして、麻郎がそうだったように、浅原に対する殺意が芽生えた。現在は指名手配されながら逃げている。見つけ出したら、この手でぶちのめしてやる。

 ボクたちがあの建物の中で体験した事件、その背景は理解できた。あの場所で何が起きていたのか、それもある程度推理できる。建物の秘密は暴けたし、浅原が五人を殺した方法もわかっている。

 ここまでわかっていながら、四人の被害者の腕や脚が切断された理由だけがわからない。浅原が何を狙ってそんなことをしたのか、それを知ることが、穴を埋める最後のピースとなる気がした。


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