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誰が為に  作者: 島山 平
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後日 (1)

 目を覚ますと、自分が自宅のベッドの上にいることが信じられなかった。それがどれだけありがたいことなのか、今は心から理解できている。帰ってくることができた、それだけで今日を頑張れるほどに。

 昨日のことはぼんやりと覚えているだけだ。それくらいバタバタしていて、疲れていることすら忘れていた。


 昼前に三人で理の館を出て、そのまま警察へと向かった。愛知県警を訪れ、四日間の出来事を伝えることとなった。最初は警察も相手をしてくれず、受付の女性にも怪訝な顔をされた。それでもボクたちがしつこく食い下がると、ようやく事態を理解したのか、奥の個室へと案内された。ミステリーワールドの創始者である格内麻郎が殺害されたことを伝えると、そんなヘタクソな嘘があるものかと逆に信じてくれたのかもしれない。三人掛かりで事情を説明し、そのまま現場へ急行することとなった。信じてもらえなければ帰るつもりだったし、ボクにはどちらでもよかった。

 井川(いかわ)という四十代の刑事に連れられ、再びあの屋敷へと向かった。敷地の柵を松本が開け、道中も事件の説明をしながら山道を進んだ。井川はまだ半信半疑だったようで、車内では麻郎について色々と尋ねられた。名前だけが有名な人物のため、麻郎に関する情報は少なかったはずだ。そして、事件の全容を少しずつ理解してくれていた。五人が殺害され、彼らの遺体が建物の下に埋まっていること。犯人である浅原が建物から逃走し、どこにいるのかわからないことも。

 山道を登り切った先にある建物が目に入った。といっても、すでに崩れ去った建物だ。爆発のせいで原型は留めておらず、一目見ただけで、中から遺体を探すのが困難なこともわかってしまう。案の定井川は絶句し、なにひとつ証拠を掴めないであろうことに憤慨していた。

 その後、応援が呼ばれ、ボクたちは何度も何度も同じ話をさせられた。誰かの遺体が発見されたわけでもないのに警察が信じてくれたのは不思議だった。幸か不幸か、どうやらただ事ではないのだと理解してもらえたらしい。

 結局、家に帰れたのは午後八時前になっていた。崩壊した建物を掘り起こすことは簡単ではなく、警察としては全く進捗がなかったのだと思う。イベントに招待されたメンバーの名前も、ボクと浅原以外は誰一人掴めていない。

 これから、あの建物の調査が進むのだろうか。証拠もないのに警察が動くとは思えないけれど、あの中に五人が眠っていることは確かだ。そして、彼らを殺した浅原がこの世のどこかに潜んでいることも。ボクにできるのは、三ヶ月前にあの場所を訪れた黒田という男の正体を探ることだけだ。麻耶子に繋がる道はもう、それしか残っていない。

 事件について考える必要はない。そうわかっているのに、未だに引っ掛かることがある。浅原はなぜ、彼らの手脚を切断したのか。殺すことだけが目的なら、そんなことをする必要はない。容易じゃないだろうし、絶対にやりたくないと思う。リスクを負ってまで実行した意味を、ボクはどうしても知りたかった。


 そうして今朝、麻耶子の近辺を調査するために家を出た。彼女の住んでいたアパートの合鍵は以前から預かっている。麻耶子は三ヶ月間姿を消し、家賃を払っているのかも怪しかった。心配しながら彼女の部屋を訪れてみると、全く問題なくカギは開いた。

 部屋の中が荒らされていることはない代わりに、空気は淀んでいた。元々綺麗に使っていても、人が生活していないだけで少しずつ廃墟に近付いている。そこら中がほこりを被り、なんとなく嫌なニオイもする。窓を開けて換気してやると、ようやく落ち着いて過ごせるようになった。

 麻耶子がいなくなってから、何度もここへやってきた。前回は二週間ほど前だったけれど、そのときと特に変わった様子はない。ボク以外にここへ入った者はいないと思うから、当然ではある。麻耶子には両親も兄弟もいない。一人っ子で、彼女が小学生の頃に両親は事故で亡くなっている。

 今思うと、麻耶子の生活を支えていたのは麻郎なのか。親戚が援助してくれていると言っていた。祖父が麻郎であれば、それもすんなりとに納得できる。麻耶子一人を大学に行かせ、安定した生活を保証するには十分すぎるほどの財力がある。彼女がそれを黙っていた気持ちもわからなくはない。密かに、麻耶子は麻郎を頼っていたのか。

 先程、賃貸の契約先を訪ねてみた。そこでわかったのは、麻耶子が部屋を借りるときの契約者は松本の名前になっていたということ。さすがに格内麻郎の名を出すのはまずいと思ったのかもしれない。麻耶子がいなくなっても、家賃の振込は滞りなく進んでいたというわけだ。

 こうしてみると、ボクは麻耶子のことを何も知らないらしい。学生の頃から一緒にいたし、親密に付き合ってきた自信はある。他の女性にうつつを抜かしてきた覚えもないのに、麻耶子の知らない面がどんどん溢れてくる。彼女のことを理解している、などと声高々に宣言することはできなくなっていた。

 テーブルに置かれたフォトフレームが、何とも皮肉なものだった。ボクたちが就職して初めてのゴールデンウィークに行ったミステリーワールド。そこで撮った写真が飾られている。麻耶子が事件を解決し、そのときにもらった景品を掲げている。二人とも笑っているのに、それが現実のものだったか不安になる。

 ボクはもう一度、彼女の笑顔を見ることができるのだろうか。あの一言のせいで、麻耶子の笑顔は消えてしまった。なかったことにはできない。それはわかる。わかっているけれど、できることなら謝るチャンスが欲しい。傷付けるつもりなんてなかったのだ。もう一度だけ、麻耶子に直接伝えさせて欲しい。


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