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誰が為に  作者: 島山 平
33/42

4日目 (7)

「これからどうしましょうか」

 山を下り、大通りに出たところで停車している。松本は運転席に座ったまま、三人で頭を抱えていた。

「建物はもう崩れてしまって、中の人たちは埋もれてしまいましたし」

「警察に連絡した方がよいのでしょうか」

 松本の声音はまるで、それを望んでいないかのようだった。確かに面倒事に巻き込まれるのは勘弁して欲しい。ただ、あれだけの事件が起きた今、隠し通せるとも思えない。

「建物がああなったことは、しばらくわからないのでしょうね」

 金子がポツリと呟く。場所が場所だし、一番近い建物もどこだかわからない。麻郎の敷地へ侵入しない限り、建物があんなことになっているなんて気付きようがない。

「亡くなった四人、麻郎さん以外の四人の個人情報はわかっているんですか?」

「いえ、私にはわかりません。ただ、麻郎様の周囲の誰かは把握しているはずです」

「ボクのことも?」

「それは・・」

 松本はこちらを振り返らない。

 これまで、イベントの参加者であるボクたちはランダムに選ばれたと言っていた。ボクたちの個人情報もわからないと。松本が知らないというのは本当かもしれない。でも、麻郎が指示を出した誰かは知っているという。そうでなければ、招待状を送り届けることもできない。

「四人が帰らなければ、職場や家族が不審に思うはずです。もしかすると、このイベントに招待されたことを話しているかもしれない」

「KJ様のおっしゃる通りです。そうなった場合、警察があの建物を調べにくるかもしれません。そして、麻郎様が所有していることも特定できてしまいます」

「となれば、建物があんなことになっていることも、四人が行方不明になっていることも露呈してしまう、と」

 なんというか、それは面倒だった。ボク自身は罪を犯していないし、逮捕される理由なんてない。それでも、外から見れば生き残ったボクたちも容疑者だし、事件の全容を説明するのも大変だ。エーツーが姿を眩ましているのが事実とはいえ、そんなことを警察がすんなりと信じてくれるはずがない。麻郎を含む五人の遺体を発見することも困難なはずだ。

「さっさと警察に連絡した方がいいと思います。すごく嫌ですが」

 松本の後頭部がコクリと頷くのが見えた。金子も反論しない。みんなわかっている。隠し通すことなどできない、そして、早いうちに正直に話した方がよいのだと。

「あの、この際だからもう一度訊きますけども」

 ミラー越しに松本と目が合った。

「今回のイベントで、麻郎さんは何をしたかったんですか? 結果的にはこんなことになってしまいましたが、本来は違う目的があったんですよね」

「―――はい。皆様に危害が及ぶことなど望んではおられませんでした」

 松本が呼吸を整えている。これから話される真相へ繋がる切符に思えた。

「麻郎様は、あなたに会いたがっていたのです」

「・・ボクに?」

「はい。格内麻耶子様をご存知ですね?」

 こうして、ボクの戦いは終末へと向かい始めた。ようやく辿り着いた。麻耶子へ続く道に。松本が話す気になってくれたことが幸いだった。これまで隠し通してきたのも、麻郎のためだったのだろう。彼が亡くなった今、松本の口を封じる者はいない。

「麻耶子は―――ボクの恋人です」

「存じ上げております。麻耶子様から、直接伺いましたから」

 隣にいる金子は俯いたまま、決してボクを見ようとはしない。彼女の感情を読み取ることはできなかった。

「麻耶子はあの場所を訪れていたんですね」

「はい。二日間だけでしたが、私と金子、麻郎様は彼女にお会いしております」

「そのとき何があったんですか?」

 松本がミラー越しにこちらの様子を伺っている。どうやらそれはボクを見ているわけではなく、隣に座る金子が目的らしい。彼女は俯いたまま、明らかにぎこちなく緊張していた。

「どうやら金子が話してしまったようですね。おそらくはご存知だと思いますが、麻耶子様が屋敷へ来られたとき、もう一人の訪問者がいました。その男が原因となり、麻耶子様はすぐに立ち去られました」

「その男が麻耶子を傷付けたとか?」

「詳しいことまでは・・。具体的にどうだった、ということではないと思います。ただ、その男がいたことで、明らかに麻耶子様の様子が変わりました。何かを聞かされたのかもしれません」

「その男の名前は?」

 松本は小さく頷き、感情を殺した声で言う。

「黒田正城という男です。フリージャーナリストだと言っておりました」

 金子から聞いた名前と一致する。

「今、その男はどこに?」

「所在は不明です。しつこく取材したいと申し出てくるので、私が追い払いました。それ以降、どこかで見かけたこともございません」

「麻耶子がどこに行ったのか知りませんか?」

「申し訳ございません。私は何も・・」

 これで、麻耶子へと繋がる道は残りひとつだけとなった。彼女があの建物を訪ねた際に同席していた男、黒田正城というフリージャーナリストを探すしかない。麻耶子との間に何が起きていたのか、それを知ることで、彼女の居場所へ近付けるかもしれない。

「話は戻りますが、麻郎さんはボクに会いたかったと?」

「はい。麻耶子様の相手がどのような方なのか、直接お会いしたかったようです」

 ということは、麻郎の興味はボクだけだったということか。それでわざわざボクの住所を突き止め、イベントの招待状を送ってきたのか。

「他の五人を選んだ理由はありますか?」

「いえ、それは本当にランダムだと思われます。年齢の近い男性を選んだというのはあるかもしれませんが、個人的な繋がりはございません。少なくとも、私はそう考えております」

「それなのにどうしてエーツーは事件を起こしたのでしょうか。麻郎さんまで殺してしまうなんて。本当はエーツーも特別なんじゃないですか?」

 松本の後頭部が左右に揺れる。

「残念ながら。わからないからこそ、私も混乱しているのです。あの男がどうして麻郎様をあんな目に・・。ただ、ひとつだけご報告することが」

「報告?」

「エーツーに関してです。あの男の本名は浅原明(あさはらあきら)というらしいのです。本人が言っておりました」

 松本の口から出てきた言葉に、疑問を抱かずにはいられなかった。

「いつ知ったんですか? それと、これまで隠していたのは・・」

「初日の夜、彼が私の元を訪ねたときのことです。建物から出る方法がわかったと言うのに加え、自らの名を名乗ったのです。その目的については本当に不明です。これまで黙っていたのは、名前を伏せておくようにというルールを麻郎様が口にされていたものですから・・」

 松本なりに、麻郎に忠誠を誓っていたわけか。彼が死んでもなお、言いつけを守り続けていたらしい。エーツーの本名を聞いたところで事件が解決できるわけではなかったからよかったものの、もし重要な内容だったらどうするつもりだったのか。

 さて、松本の言葉を信じるなら、ボクにはこの事件を解決することはできなくなった。生き残った者の中に、エーツーに関する情報を持つ者がいないからだ。エーツーについて調査することで先に進むかもしれないけれど、果たしてそこまでする義理はあるのか。

「この後、KJ様はどこへ向かわれますか? ご自宅までお送り致しますが」

「とりあえず、そうしてもらいたいです。もうバテバテで」

 本音だった。頭の中はうじゃうじゃと絡み合っているし、遺体をいくつも目にしてきた。心が落ち着くことは諦めているものの、まずは疲れた体を癒したかった。

「警察には行くつもりです。お二人はどうしますか? 一緒に行きますか?」

「どうすべきか・・。隠すつもりはございません。正直に話してしまうのがよいことだけはハッキリしておりますので」

 隣の金子も特に否定はしない。目が合って、小さく頷くだけだ。ボクと二人が別々に警察へ行くのもおかしい気がする。だからといって、後日時間を合わせてというのも面倒だ。―――もう、開き直るしかないか。

「今から警察へ行きましょうか」

 ボクの言葉が車内に響き、やがて、松本の頭が一度だけ頷いた。

「その方がよいのかもしれませんね。変に疑われる可能性は減るでしょう」

「現場のことを考えても、無駄に時間はあけない方がいいんでしょう。崩れてしまって、もうそれどころじゃないですが」

 この数日間生活していた理の館は、先程の爆発で完全に崩落してしまっていた。指定の時間と合わないのは、もしかすると特定の誰かが扉から出ると爆発するようにプログラムされていたのかもしれない。となると、楽しいイベントだけで終わらせるつもりだった、などと言われても信じられない。

「本当によろしいのですね? このまま向かってしまっても」

「勢いで行っちゃいましょう。一旦家に帰ったらもう行きたくなくなります」

 自分がそうなっている姿が容易に目に浮かぶ。それで毎日葛藤することになるのだ。もう、ここで諦めてしまった方がいい。

「それでは、出発致します」

 松本の言葉を合図に決心できた。車のエンジンが掛かり、静かな響きが体を包んだ。

「大丈夫ですか?」

 金子が俯いたまま、両目に涙を浮かべているのに気付いた。何もかもが終わり、ようやく安全な現実を実感しているのかもしれない。確かにこの数日間は色んなことがありすぎた。頭の中で処理できていないほどに。

「―――ようやく終わったんです」

 ポツリと呟く金子の表情が細かく震えていた。横顔を見ているうちに、彼女の目から涙がこぼれ、脚の上で握りしめた手の甲に落ちる。堪えてきた想いが溢れているようで、こっちまで泣いてしまいそうになった。

 麻耶子はここにもいなかった。彼女に繋がる道が見つかったとはいえ、麻耶子の身に何かが起きていたことも確実になった。―――彼女がボクの元へ帰ってこないことが、何よりの証拠になる。

「これでよかったんですかね」

「わかりません。もう五人は亡くなってしまったし、麻郎様も帰ってこない」

 金子の頭の中には、いったい誰の姿が浮かんでいるのだろう。これまで世話になった麻郎が殺されてしまい、心の支えがなくなってしまった。彼女もボクも、松本だって、心にぽっかりと穴が空いている。この穴が塞がるときがくるなんて、今はとても思えない。

 抜け殻となった三人を乗せ、リムジンは静かに進んでいく。


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