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誰が為に  作者: 島山 平
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4日目 (6)

 玄関の扉を前に、ボクたちの間にピリピリとした雰囲気が漂っていた。ここを出れば、生きて帰ることができる。地獄のような数日間から解放される。目の前にやってきたゴールテープを切る勇気が欲しかった。

「エーツーはいませんよね?」

「わざわざ待ち構えてはいないと思います」

 不安げな金子を落ち着かせるために言いつつ、そうであって欲しいという願いもあった。扉を開けた瞬間に撃たれてしまえば、ボクたちに勝ち目はない。でも、きっとそんなことはない。これまでに撃てるチャンスは何度もあったはずからだ。

「それじゃあ、開けますね」

 二人が恐る恐る頷いた。

 あらかじめ建物を回転させ、扉が通常の位置にくるようにしておいた。重々しいドアノブに手を伸ばし、慎重に捻る。シリンダーの回転する感覚を手で実感しながら、じんわりと力を込めた。

 抵抗は全くなかった。何度試しても開く気配のなかった扉が、ボクの手で動いていく。その開放感が心地よく、喜びを独り占めしたくなるほど。

「開いた!」

 金子の叫び声が聞こえる。ボクだって、感情を表に出して飛び跳ねたかった。

「一気に開けますね」

 二人に合図し、深く息を吸ってから思い切り力を込めた。扉はスムーズに動き、外の世界がボクたちを包み込んだ。生きた心地のする風、鼻孔をくすぐる湿ったニオイ。閉ざされていた屋敷とは全く別物の世界が、ボクたちを受け入れてくれた。

「何も―――なさそうですね」

 ホッとした声で松本が言う。

 見えている範囲にエーツーの姿はない。駐車場には、ここへ連れてきてくれたリムジンが見える。破壊されることなく、堂々と待ち構えていた。

「雨ですね」

 全く気付かなかった。建物の中にいると、外の様子などわからない。窓がないし、音もしない。なかなかに激しい雨風なのに、ボクたちはそれとは無関係の世界に住んでいた。

「一気に車まで行きましょうか。カギはありますか?」

 松本がポケットからカギを取り出すのを見て安心した。彼は登山に行くようなカバンを背負っていて、何をそんなに持っていきたいのか理解できなかった。あえて指摘する気もないけれど、身軽な方が逃げやすいのに、と思ってしまわないでもない。

「あと三十分くらいありますね」

 金子が腕時計を確認する。生前の麻郎が言っていたタイムリミットは今日の正午。その時間がくれば、この建物は崩壊するらしい。本当かどうかわからない。でも、わからないからこそ信じるしかない。殺された四人の遺体は埋もれてしまうだろう。申し訳ないと思いつつ、ボクたちにはどうすることもできない。

「では、行きますね」

 扉から一歩出て、走り出すタイミングを伺う。二人も準備ができたようだ。エーツーがどこかに隠れているかどうか、そんなことに怯えている暇もなかった。

「行きます!」

 思い切り走り出す。

 雨粒が体を襲う。地面の砂利道は雨でぐしゃぐしゃになっている。転ばないことだけを最優先し、泥を浴びることも厭わない。背後から二人の走る音も聞こえる。距離が離れていくのは、ボクよりもスピードが遅いからか。

 すぐにリムジンの側まで辿り着いた。息があがったまま振り返り、後方の二人が到着するのを待つ。老人の松本はこの距離を走るだけで精一杯なのだろう。力を振り絞るような仕草だった。金子は顔が濡れるのが嫌なのか、俯いて顔をしかめている。

 待ち時間はそれほど長くなかった。二人が到着し、松本が慌てて車のカギを開ける。それを合図に、飛び掛かるようにして後部座席のドアを開く。

「急いで!」

 松本が荷物を助手席に置いている。そんなもの放り込めばいいじゃないか。一刻も早く逃げることが優先なのに。ようやく松本が運転席に着き、ボクと金子は後部座席に座っている。短く息を吐くと同時に、松本がエンジンを掛けた。

「出発致します!」

 機械音が響き、リムジンが振動し始めた。その揺れが全身を包み、安堵感から泣いてしまいそうになった。

 そのとき―――。

 聞いたことのない轟音が鳴り響いた。一瞬、車が故障したのか思った。でも、それどころじゃないと本能が察知している。車に乗っているのに、それ以上の振動を感じる。

 慌てて窓の外を見ると、信じられない光景が目に入った。

「建物が!」

 金子の叫び声も、今は何も気にならない。それどころではないからだ。さっきまでボクたちのいた建物、『理の館』が崩壊している。内側で何かが爆発したように、そこら中の壁が吹き飛んでいる。屋根も弾け飛んだ。

 映画みたいだった。アクション映画のラストシーンのように、わかりやすいくらいの爆発。破片がこっちまで飛んでくるんじゃないかと心配になるほど。

「早く!」

 車のスピードが落ちていた。松本も建物の様子に呆気にとられていたのかもしれないけれど、逃げることが最優先だ。松本がもう一度アクセルを踏み込み、リムジンが砂利道を疾走する。ボクと金子は後ろを振り返りながら、崩れ落ちていく建物を目にしていた。

 時間は昼の十一時半。麻郎の言っていたタイムリミットまでまだ三十分ある。それなのに、理の館は崩壊していく。これがどういうことなのか、ボクにはもう、何も理解できなかった。


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