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誰が為に  作者: 島山 平
20/42

3日目 (5)

 リュックサックを背負い、廊下に出る。一階フロアを覗くとすでにナベが席に着いており、一人で考え事をしているように見えた。

「他の人はまだですか?」

「えぇ。先程松本さんは風呂場から出てきて、すぐに二階に上がってましたが」

 ということは、麻郎は一人でシャワーを浴びるらしい。体を流すことはできるとして、どのようにして拭くのか。気になりつつ、質問するのも品がない気がした。

「・・とか言ってたら、セバタさんですね」

 ナベが二階を見上げて呟く。スポーツバッグを肩に掛けたセバタが見え、彼もこちらに気付いたようだ。階段を一歩ずつ着実に下りてくる。よほど荷物が重いのか、慎重な足取りだった。

「どうやって脱出するのか知らないけど、これじゃあいい迷惑だよな。この三日間を返せって感じ」

「でも、亡くなった二人のことはどうすればいいんでしょうね。警察に話すべきなのかもしれませんが、ボクたちも容疑者になります」

「まあな」

 スポーツバッグをテーブルにドカッと起き、セバタがため息をついた。

「あの二人を殺したのはエーツーなんだよな。でもそもそもエーツーって誰だよって感じだし。ここで起きてる状況を説明することすら面倒だ」

「まずは無事に脱出しましょう。考えるのはその後でいいじゃないですか」

 ナベの言葉に、セバタが鼻で笑った。「そりゃそうだ」に聞こえた。

「皆様、昼食はどうなさいますか?」

 キッチンから金子が顔を出した。疲れているはずなのに、自分の仕事はきっちりこなしている。

「私はけっこうです。・・あ、コーヒーだけ頂けますか」

「それじゃ俺も」

 セバタの言葉に続き、ボクも手を挙げて頷いた。「かしこまりました」と共に金子はキッチンへと消えた。

「そういえば、彼女を一人にしちゃマズいですかね」

「別にいいんじゃねぇの? あの女が殺されそうな気もしないし」

 確かにそうかと思う。ただ、もし金子が殺されたらボクにとっては大損害だ。麻耶子の過去を知っている人物として、これからも話を訊きたいと思っている。

「麻郎が風呂から出てきて、全員で食事をして。その後脱出するまではさすがに誰も殺されねぇだろ」

「わざわざフラグ立てなくても」

 ナベがからかうように言う。

「少なくとも、私たちはここに集まっていましょう。エーツーが狙うとしたら私たちだろうし、ここにいれば姿を現すこともないはずです」

「ここを出たら、エーツーってやつの正体を暴いてやらんとな」

 はたしてそんな単純な事件なのだろうか。状況だけを見れば、エーツーが二人を殺したと考えることは簡単だ。でも、秘密のルートを知っているのは麻郎だってそうだし、松本が協力したと考えることもできる。もしかすると、こうして話している二人のどちらかが犯人かもしれない。

「あと三時間か。こうなったらさっさと早く家に帰りてぇよ」

「セバタさんの叶えたい願いって何だったんです?」

 ナベの問いに、セバタがあっけらかんと口を開いた。

「金だよ。前にも言ったと思うけど、不労所得が欲しかっただけ。必死こいて働いても、増える金なんて限られてるしさ。もっと楽して金を稼げるならそれに越したことはねぇだろ」

「シンプルでいいですね」

「嫌味っぽい言い方だな。そういうあんたはどうなんだよ」

 セバタの言葉を受けても、ナベはニヤついたまま首を振った。

「言いませんよ。プライベートなことなので」

「なんだよそれ、アンフェアじゃねぇか」

「あなただって隠せばよかったんだ」

 二人とも、どこか油断した雰囲気だった。もうすぐここを出られるとわかり、気が抜けているのかもしれない。こんなときほど事件が起きるわけだし、ボクくらいは気を張っておこうと思う。

「お待たせ致しました」

 キッチンから金子が出てきて、お盆にコーヒーカップを三つ乗せていた。

「毒とか入ってたりして」

 目の前に置かれたカップを見つめ、セバタが冗談めかして言う。そんなことを言われると、なんだか自分のものも怪しく見えてしまう。ミステリーにおいて、毒殺というのもポピュラーな方法のひとつだ。

「金子さん、先に飲んでくれません? 俺のでいいんで」

「・・猫舌なのですみません」

「おいおい。怪しくねぇ? ほんとに俺のとこに毒盛ったんじゃね?」

「金子さんに失礼ですよ」

 そう言いつつ、ナベもどこか楽しんでいた。ありえないと思いながら、金子の反応を見ているようだ。

「―――わかりました。では、いただきます」

 金子は迷うことなく手を伸ばし、セバタの前のカップを掴んだ。一気に全てを飲み込み、熱さに悶えるように全身が強ばっていた。

「まじか、大丈夫?」

「・・・」

「なにもホントに飲まなくても・・」

 申し訳なさそうにセバタが金子の側に寄る。ボクもナベも、急にテンションが落ち着いてしまった。

「―――大丈夫です。熱いだけです」

 涙目になった金子が顔を上げ、何度も頷いている。

「お二人のも、飲みましょうか?」

「私のはけっこうです。無理しないで下さい」

「ボクも、大丈夫です」

 金子はもう一度頷き、素早く背を向けた。そのままキッチンへ歩き出し、ボクたちの間には微妙な気まずさが漂っていた。

「なんか、俺だけ悪者みたいだ」

「実際悪者なんじゃないですか?」

「やだなぁ。女に嫌われるのってクツジョク」

 口ではそんなことを言いながら、セバタは心配そうにキッチンを見つめている。意外と反省しているみたいだった。


 しばらくすると、二階から松本が下りてきた。リュックサックを背負い、重そうに運んでいる。そんなに荷物があったのかと驚くほど。

「皆様、お早いですね」

 椅子の側に荷物を置き、松本が首を回している。それを見ながら、残る麻郎の姿を待った。

「麻郎様はまだですか」

「遅いですよね。普段からシャワーに時間掛かるんでしょうか」

「いえ。時間にすると十五分もあれば」

 ナベに答えながら、松本が不安そうに風呂場の扉に目を向ける。場所が場所だけに見に行くわけにもいかないけれど、確かにシャワーが長いような気もしてきた。麻郎の体が特殊なせいで、今どういう状況なのか想像もできないだけに不安が消えない。

 松本が一人でキッチンへ向かい、中にいる金子と話をしているようだった。すぐに彼だけが戻ってきて、その手にはコーヒーカップが握られていた。

「すぐに彼女もきます。麻郎様がみえたら、全員で昼食をとりましょう」

「あのさ、ここから出る方法は麻郎さんしか知らないわけ? あんたらも?」

「知りません。このような仕掛けがあるということも、今回で初めて知りました」

「だったら早く説明して欲しいなぁ。麻郎さん、風呂長過ぎ」

 セバタが不満げに姿勢を崩す。風呂場にいる麻郎を睨むようにして。

 キッチンから金子が出てきて、五人でテーブルを囲む。時間は午前十一時過ぎ。

「・・それにしても、麻郎さん遅くないですか?」

 ナベの言葉を皮切りに、ボクたちの間に緊張感が漂い始めた。彼が風呂場に入り、出てきていないことはボクたちが確認している。だから中にいることは確定だけれど、あの体で何か事故が起きていないかと心配してしまう。

「見てきてあげたら?」

 適当な言い草でセバタが言う。「さっさと呼んでこいよ」に聞こえた。

「そう―――ですね。確認して参ります」

 松本が素直に立ち上がり、風呂場へと向かっていく。

「ねぇ、金子さんも何も知らないの? このイベントの目的とか」

「えぇ」

 セバタに興味がないのか、金子が無愛想に答える。彼を見ることもなかった。セバタがわざとらしく肩をすくめ、ナベは他人の不幸にほくそ笑んでいた。

 きっと彼女は嘘をついている。なぜか、ボクにはそう感じられた。金子は麻耶子の幼い頃を知っている。そんな彼女が、このイベントや建物の秘密を知らされていないと思えない。ここから脱出した後、どうにかして彼女と再会しなくてはならない。

 これからどうすべきか考えていた―――そのときだった。

「みなさま! 麻郎様が・・あの、中で・・!」

 酷く慌てた様子で松本が飛び出してきた。明らかな異常に、ボクたち全員の視線が集まる。

「なんてこと! あぁ・・」

 松本が床に崩れ落ち、ボクたちは慌てて立ち上がった。ナベが真っ先に動き出し、浴室へ向かっていく。ボクとセバタは顔を見合わせ、言葉もなくナベを追った。

「どうしたんですか!」

「中で―――麻郎様が」

「バカな!」

 ナベが勢いよく扉を開け、浴室へ飛び込んでいく。松本の死にそうな顔を横目に見ながらボクたちも急いだ。脱衣所に異常はない。麻郎の姿はないし、彼の服すらなかった。

「中か!」

 浴室の電気が点いていた。すりガラス越しに中を見ても、特別おかしな様子もない。それでも、ナベが扉をスライドさせた瞬間、ボクの安易な想像は吹き飛ばされた。

「うわっ・・!」

 鼻がひん曲がるほどのニオイに、思わず顔を覆ってしまう。ナベもセバタも一瞬たじろぎ、顔をしかめながら中を見渡す。

「おい・・、あれ」

 セバタが何を見つけたのか、ボクにもすぐわかった。そして動けなくなる。正面に位置するシャワー、その床に何かがある。何か、黒い塊が。すぐには気付くことができなかった。まさか、それが人だとは思えなかったからだ。

「なんだよあれ!」

「入るな!」

 浴室へ入ろうとするセバタをナベが必死に止める。

「なんだよこれ・・わけわかんねぇよ!」

 ボクにもハッキリと見えてしまった。床にあるのは、人間の焼けこげた姿だった。突発的に吐き気が襲ってくる。ほとんど無意識に浴室に背を向け、気が付いたときには洗面台で吐いてしまっていた。

 何度も吐き、涙を流しながらも、この目で見た光景を信じることができなかった。先程まで一緒にいて、ここから脱出する予定を立てていた麻郎が、黒こげの塊となってしまっていた。


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