1日目 (1)
格内麻耶子が失踪してから、もう三ヶ月が経とうとしている。彼女と最後に連絡したのは、ゴールデンウィークを目前に控えた金曜日の夜のことだった。互いに社会人として働きながら、土日のどちらかは時間を作って会うようにしていた。学生の頃から付き合い始め、かれこれもう五年になっている。そろそろ結婚かと考え始めていたのに、麻耶子は突然姿を消した。
『おじいさんに会いに行ってくるね』
金曜の夜、彼女からそんな連絡が入った。だからその週の土日は会えないらしく、特別何とも思わなかった。そんなときもあるだろうし、一人きりの土日の予定を考えていたくらいだ。
けれどそれ以降、彼女から連絡はなかった。こちらから電話しても繋がらず、麻耶子のアパートへ行ってみても電気は消えたまま。仕方なく、彼女の職場である中学校へ連絡してみても、連絡がとれていないことを知らされるだけ。麻耶子が副担任をしている中学二年生の生徒たちも心配しているようだけれど、彼女は行方不明のままだ。麻耶子には両親がおらず、身寄りもいないと思う。一番親しいのはボクなのに、彼女の居場所なんてわからず、おじいさんの家なんて突き止めようがなかった。
麻耶子が失踪して、いくつかの不安を抱えたまま二ヶ月が経過した七月のことだった。
仕事を終えて自宅へ戻り、郵便ポストに届いていた封筒を開封した。普段と同じで、別段おかしな様子はなかった。けれど、その中のひとつがボクの日常を一変させた。
『ミステリーワールド 真夏の宴への招待状』
その文字を見たとき、頭に浮かんだのはひとつのテーマパークだった。京都府に存在する『ミステリーワールド』といえば、日本人ならば誰でも知っているテーマパークだ。『東京ディズニーランド』、大阪にある『ユニバーサルスタジオジャパン』そして、京都の『ミステリーワールド』。最近では、この三つが日本を代表するテーマパークとなっている。
他の二つは説明なんていらないくらいだけれど、『ミステリーワールド』は最も歴史が浅い。完成したのが二○一五年、一年前の冬のことだ。その名称になっているように、テーマパークは謎解きを大きなテーマとして掲げている。参加者は自らもイベントの登場人物となり、大小様々な謎を解いていく。そのレベルは簡単なものから難解なものまで揃っており、中には、誰一人として正解できていないものもあるらしい。
他の二つに比べ、『ミステリーワールド』の利用者の平均年齢は高い。内容が内容だけに、小さな子供よりも大人の方が楽しめるのだから当然だ。ボクも一度行ったことがあり、なかなかに楽しい時間だった。ジェットコースターやメリーゴーランドのような乗り物は少ないものの、そこら中にクイズが用意されている。密室トリックを自らが推理するというのは、あのときくらいしか経験がない。
そんな『ミステリーワールド』の名が書かれた封筒を見たとき、正直、最初はただの広告だと思っていた。割引券でも入っているのかと考えた程度だったのに、読んでいくうちに背筋が伸びていった。
手紙の内容を簡単にまとめれば次のようになる。
抽選により選ばれた者だけが参加でき、このイベントについては公表されていない。人数は不明。ただし何人かに送られているような記述がある。詳細はホームページで確認しろと書いてあり、手紙にはウェブアドレスが載っていた。
まだ半分疑ったままパソコンを開き、『ミステリーワールド』の公式ホームページへと進む。その中の検索欄に手紙に記載されていたアドレスを入力すると、本当に次のページへ進んだ―――進んでしまったのだ。
この時点で、ボクはこの手紙が本物なのだと信じることにした。そして開いたページの内容を読むと、この極秘イベントに参加することを決めた。
イベントの開催場所は愛知県田原市、日程は八月十三日から最長で四日間と書かれていた。『最長で』の意味は不明だけれど、内容には惹かれるものがあった。参加者は会場となる建物に宿泊し、そこで起きる事件を解決する。そして、見事解決することができた者には、次の権利が与えられる―――『ひとつだけ願いが叶う』権利が。
まるでおとぎ話のような言葉なのに、信じてしまう理由があった。ホームページ上に『ミステリーワールド』の創始者である格内麻郎の姿が写っていたからだ。これまで何度もテレビで見たことのある顔で、そっくりさんなどではなかった。その格内麻郎が直々に宣言している以上、願いが叶うと言われても信じてしまう。あれだけ巨大なテーマパークの創始者である彼の力をもってすれば、どんな願いだって叶うだろう。宇宙へ行くことも、百億円の豪邸を建てることも。
どのような謎が用意されているのか、それは当日まで明かされないらしい。また、このイベントについて漏らした者には参加権利を剥奪すると記載されている。参加するには、八月五日までにこのページ上から登録すればいいだけらしい。
イベントの目的が何なのか、危険があるのかないのか、そんなことはわからない。それでも、ボクは参加せざるをえなかった。謎を解決したあかつきには、ひとつだけ願いが叶うのだ。それならば参加しない理由はない。失踪した麻耶子の居場所を突き止めるためには、このイベントを利用するしかない。
そしてもうひとつ。運命めいたものを感じていた。失踪した麻耶子の名字は〈格内〉、そしてミステリーワールドの創始者の名は〈格内麻郎〉。この共通点に意味はないと言い切れるのか。これまでだって、麻耶子の名字が格内である以上、同じだということには気付いていた。それでも、だからといって彼女が格内麻郎と関係があるなどと考えたことはなかった。珍しい名字とはいえ、そんなことを言い出せばキリがない。誰もが芸能人と親戚になってしまう。
でも、こうして麻耶子が失踪し、格内麻郎と関係しているイベントから連絡がきた。ここまでくると、さすがに疑ってしまう。イベントが開催される期間、会社は夏期休暇に入っている。特別な用事なんてないし、あったとしても断るに決まっている。
何度も手紙を読み直しながら、ボクの心はイベントのことで溢れかえっていた。どんな人がやってきて、どんな会場なのか。そして、どんな謎が用意されているのか。たとえ危険が含まれているとしても、何としても解決してみせる。主催側の目的なんてどうでもいい。格内麻郎の力を利用して麻耶子の居場所を突き止める。彼女と再会するにはそれしか方法がない。彼女に謝る(・・)最後のチャンスなのだ。
イベントが開催されるまで、あと一ヶ月ほど。万全の体勢でその日を迎えられるように準備を進めておくことに決めた。