3日目 (4)
これで、全員の気を沈めることができたと思いたい。計画を遂行するためには、ここで姿を見せておく必要があった。
ヤマケンとテルテルが殺害された。それはある程度予測できていたことだ。この建物の意味を理解していれば、二人を殺害することは雑作もないはずなのだ。もっとも、ヤマケンは犯人を部屋の仲間で招いた結果殺されたのだから、誰にでも犯行は可能だったはずだが。
さて、残る招待客は三人。セバタとナベ、そしてKJ。彼らの役目は決まっている。目的を達成するために、彼らには掌の上で踊ってもらう必要がある。麻耶子を地獄に陥れたあの男へ復讐するために、せいぜいコマになってもらおう。
麻耶子と共に過ごしたのは、あの子が五歳になるまでのことだ。天真爛漫で、いつも外で走り回るような子供だった。孫だから贔屓にしているというわけでなく、あの子は神に愛されていた。幸せを約束されたはずだった。あの男に出会うまでは。
黒田正城、それが麻耶子に害をなす男の名だった。フリージャーナリストと名乗り、ミステリーワールドに関する特集を組みたいと申し出てきた。ある程度の面倒事に巻き込まれることは覚悟していた。ミステリーワールドは、日本を代表するほど巨大なテーマパークになっていたのだから。だが、まさか親族にまで影響が出てしまうとは。
麻耶子が五歳になった年に、あの子の両親はわしの元を離れた。わしからしてみれば娘になるが、麻耶子の母親は懸命な女だった。いずれは娘が自らの家系について理解することとなる。そのとき、これだけの莫大な財産は彼女の精神に影響をもたらしてしまう。それを恐れ、格内の家とは縁を切るようにして出ていった。彼女の夫となった男性が社会で立派に働いていたことも都合がよかった。あの家族は、わしの財産とは無縁の生活を始めることができたのだ。
それから二十年が経過した今、麻耶子は再び姿を現した。どこで知り得たのかわからないが、自らの出生を理解してのことだろう。三ヶ月前、麻耶子の姿をこの目で見たとき、堪え切れずに涙を流した。あんなにも小さかった少女が、今では立派な女性へと変貌していた。自分が老いぼれになるのも仕方がないと感じるほどに。
麻耶子は、わしの元を訪れた理由を明かさなかった。困りごとでもあったのだろうが、表面上はそれを見せずに過ごしていた。彼女をこの屋敷へ招待し、様々な話題について議論を交わした。正直、孫とミステリーについて語り合えたあの瞬間が、わしの人生で最も幸せな時間だった。
だが、それも長くは続かなかった。黒田という男が麻耶子の存在に気付き、近付いてきたからだ。この理の館を訪ね、麻耶子の周囲にゴシップが転がっていないか探していた。一秒でも早く遠ざけたかったが、邪見にしても後々面倒になる。そんな甘えが、あの不幸を招いてしまった。麻耶子に苦痛を味わわせたのは、他でもなくわしの責任だと自覚している。
それを踏まえても、麻耶子を弄び、傷付けた黒田を許すわけにはいかない。それこそがこのイベントの目的なわけだが、彼らはそれを知らない。そして、自分たちがどう利用されているのかもわかってはいないはずだ。このまま計画が進めば復讐は完成する。そうなれば、全財産を失ったって構わない。
今では、麻耶子は遠くへ行ってしまった。再び会うのも困難だろう。だからこそ、麻耶子を傷付けたあの男に復讐する。法がヤツを罰することができないならば、わしの力をもってして、ヤツに罪を償わせる。自分の行いが何を招いたのか、死んだ後にでも味わってもらおう。
「松本」
「はい」
脱衣所に着替えを運んできてくれた彼に、最後の頼みをする。
「この後も頼むぞ」
「承知しております」
松本が側へと近付き、丁寧な動作で服を脱がせてくれる。本当に、彼には世話になってばかりだ。こんな奇妙な体をした主人に対し、ここまで献身的に尽くしてくれる男がいるだろうか。彼にしてやれるのは莫大な報酬を払う程度のことだけだが、松本がそれを望んでいないこともわかっている。この男は心から信頼できる。
「くれぐれも、口を滑らすでないぞ」
「計画は理解しております。お任せ下さいませ」
松本が深々と頭を下げ、脱衣所から出ていく。裸でマシンに乗ったまま、ゆっくりと浴室へと進む。こんな体に生まれなければ、自らの手で黒田に復讐することもできただろう。それが叶わぬからこそ、彼らの力を借り、あの男を抹殺してみせる。
浴室へ入り、一番奥のシャワースペースへ向かう。マシンのアームを使い、四十度のお湯を出す。全身で温かさを感じながら、この計画が成功するのを願った。