3日目 (3)
六人でテーブルを囲む。現在、この屋敷にいる生存者全てが揃った状態だ。時刻は午前十時すぎ。起きてからたいして時間も経っていないのに、ボクたちは酷く消耗していた。
「これで二人が殺された。あんたの計画じゃないってことだけど、説明してもらおうか」
麻郎に噛み付くのはセバタの役目になっていた。言われた麻郎は取り乱すことなく、厳格な表情で口を開く。
「そもそも、わしはこの屋敷で人殺しなどするつもりはなかった。皆を集めたのは推理ゲームを楽しんでもらうためであり、この状況を望んでなどいない」
「だったらなんでヤマケンが殺されたときに出てこなかったんだよ。すぐにでも対処すりゃあ、テルテルまで殺されることはなかったかもしれねぇのに」
「今更言っても仕方ないでしょう。―――麻郎さん、あなたは誰が二人を殺したのかご存知ですか?」
ナベがセバタを制しながら言う。いつだって落ち着いた役目を担い、ある意味いいとこ取りばかりしている。
「わからない。が、見当もつかないというわけではない」
「何か判断できることがあるのですか?」
思わず尋ねてしまった。ボクたちにはわからない何かを知っているとしたら、それは麻郎だけだ。
「テルテル氏の部屋には鍵が掛かっていたのだろう。それについて、皆はどう考えているのだ?」
「合鍵がないと仮定するなら、あの部屋の状況は不可解です」
ナベが小さく手を挙げ、話し始めた。
「この建物には私たちだけしかいないものと考えます。先程の状況を考えると、あの部屋に外からカギを掛けることは不可能です。つまり、犯人はあの部屋の中にいた、としか考えられません」
「さっき、俺たちが部屋に入ったときに?」
虚を突かれた顔でセバタが口を挟む。
「そう。さっき、私たちは奥の部屋にしか入っていない。トイレとバスルームは覗いていないでしょう」
「そこに犯人がいたって? 誰だよそいつ」
「エーツー氏だ」
ナベがハッキリとした口調で言い切った。全員を見渡し、その仮説に絶対の自信を持っている様子で。
「エーツー氏はこの建物からの脱出方法を見つけた。本人の言葉を信じるならですが。実際、二日目以降彼の姿は目撃されていない。つまり、彼は私たちの知らない方法で部屋に出入りすることができる」
「待て、そんなことあり得るのか?」
再びセバタが話を遮る。助けを求めるように、麻郎に視線を向けた。
「カギを使わず、どの部屋へでも移動することは可能なのか?」
「・・・」
セバタの言葉を受け、麻郎はジッと考え込んでいた。目を瞑り、回答することを嫌がるようにも見えた。
「麻郎様・・」
「―――可能だ」
その言葉を、ボクたちはずっと待っていた。本当にそんなことが可能なのであれば、エーツーが姿を消したことも、カギの掛かった部屋でテルテルが殺されたことも納得できる。できてしまう。
「どうやって部屋に入るんだ? カギが掛かってても問題ないわけだろ?」
「左様。だが、その方法については言えない」
「はぁ?」
麻郎の言葉を理解できず、ボクたちは彼を見つめるしかなかった。
「いやいや、こんな状況だぞ? 隠してたって誰も得しねぇじゃねぇか」
「それを話してしまえば、今回のイベントの目的が達成できなくなる。皆の望む願いだって叶えてやることはできなくなるのだ」
「それは―――困るけどさ。でも命の方が大事なんじゃねぇか?」
同意を求めるようなセバタの視線だった。ボクもナベも頷きはしないものの、彼の気持ちは十分に理解できた。
「その方法がわかれば、このイベントの謎を解けるってことだろ? でもあんたが用意した謎とは違う状況になっちまったんだから、解決することもできねぇぞ」
「まだここから再開することはできる。二人を殺害した犯人を突き止める方が優先だが」
「あんたの言うことが正しければ、犯人はこの建物の秘密を知っているってことだ。それに当てはまるのは誰だ? あんただけか?」
「エーツー氏だと言っている」
有無を言わさぬ強い口調だった。麻郎がボクたちを睨みつける。
「エーツー氏はこの屋敷からの脱出方法を突き止めた。おそらくは偶然だろうが。そして、それを利用して連続殺人を始めている。目的が何なのかわからないがな」
「あの、よろしいですか?」
話を遮るようにナベが手を挙げた。
「カギの掛かった部屋に侵入する方法。それについては教えてもらえないんですよね。だったらあなたのすべきことは、私たちをエーツー氏から守ることだ。そのためにどうすればいいのか、説明してもらわないと困ります」
「秘密は言えねぇ、命も守らねぇとは言わせねぇぞ」
二人に攻められ、麻郎が口を結ぶ。彼が何を迷っているのか、ボクたちには見当もつかなかった。
「全員で集まって過ごすしかあるまい。このフロアに集合していれば、エーツー氏の魔の手から逃れることができる」
「いやいや! やっぱおかしいって! そんなことしなくてもこの建物から出ていけばいいんだからさ。あんたは何を隠そうとしてんだよ」
「申し訳ないが、今は屋敷から出ることができないのだ。そのときがくれば、わしから話させてもらう」
「時間が関係しているんですか?」
「時間というより、タイミングだ。それこそが最も重要なのだ」
ボクを正面から捉え、言葉を噛み締めるように言う。彼の言うタイミングというのが何を指すのか、それはやはりわからない。
「麻郎さんの意志だけでは、この屋敷から脱出することはできないんですよね。それなのに、エーツー氏はそれを駆使して二人を殺害していると?」
「左様。状況を考えれば、エーツー氏にはそれが可能なのだ」
「あの、教えてもらいたいんですが」
我慢できなくなり、ボクも質問することにした。
「ボクたちが選ばれたのはランダムだとおっしゃいましたよね。なのにどうしてエーツーさんは事件を起こしているんでしょうか」
「不明だ。ただし、皆が面識のない者同士だというのは確かだ。ランダムに招待状を送ったのだからな。わしにも、エーツー氏の犯行の動機は全くわからない」
「嘘じゃねぇよな? あんたらとエーツーがグルで、俺たちを皆殺しにしようとしているってことはねぇだろうな」
「神に誓ってもかまわない。そんなことは計画していない」
そこまでハッキリ言われると、何も証拠のない状態ではこれ以上追求できなかった。ボクたち三人は麻郎のことを怪しんでいるものの、今は彼の言葉に従うしかない。それが何よりも歯がゆかった。
「いつになったら脱出できるんだ?」
「少なくとも、あと三時間はムリだ。午後、昼食が終わったら外へ出よう。それならば皆も問題ないだろう」
「ないけど・・、めんどくせぇな」
三時間が経てば、午後一時過ぎになる。その時間が重要なのかもしれないけれど、セバタの言うように面倒でたまらない。なんて不便な秘密を抱えているのか。
「それじゃあ、そのときがくるまで全員集まっていましょう。一人になっても、殺されるリスクが高いだけです」
「だな。おとなしく我慢するか」
「全員、ここから出ていく支度をしておいてくれ。三時間後、すぐに動けるようにな」
こうして、ボクたちは謎に包まれたまま、このイベントが終わりを迎えることとなった。本来は、事件を解決して願いを叶えてもらうつもりだった。殺されることなく家に帰れる安心感より、願いを叶えてもらえなくなったショックの方が大きかった。
「各々身支度を済ませますか。まさかこのタイミングでエーツー氏も襲ってはこないと思いますが、念のためさっさと。事件が夜の間に起きているっていうのも、麻郎さんの隠している秘密に関係しているんですよね?」
ナベの問いかけに、麻郎は不服そうに首を捻った。言い当てられたことを悔しがるようにも見えた。
「今のうちに、わしはシャワーを浴びてくる。―――松本、着替えの支度をしておいてくれ」
「かしこまりました」
「金子、皆に最高の昼食を頼む。調理する間、一人になるでないぞ。誰かに側にいてもらえ」
麻郎の言葉に、黙ったまま金子が頷く。不思議な信頼関係が存在するように感じた。
「必ず、全員で無事に帰るぞ」
麻郎の言葉は、ここにいないエーツーに向けられているみたいだった。