3日目 (2)
「意外と頑丈ですね」
肩で息をしながらナベが言う。額に汗を浮かべ、右腕の袖で拭う。
「代わりましょうか」
本心とは別のことを口にしてしまう。こういうところが、甘いと言われる理由なんだろう。
「大丈夫です、もう少しなので」
一階の倉庫から持ってきた工具箱の中には、ペンチやニッパーなどの工具がぎっしりと詰まっていた。ハンマーとマイナスドライバーを駆使し、ナベがドアノブの側に穴をあけようとしている。
「これだけガンガンやっても出てこないってさ、絶対変だよね」
「エーツーさんと一緒で、脱出方法がわかったのかも。入ってみたらもぬけの殻かもしれませんね」
ボクたちの会話を聞きながら、ナベが仕上げに入った。金属ハンマーでドアノブ自体を叩き、扉のヒビが広がっていく。
「しぶといなぁ! くっそ!」
ナベが大きく振りかぶってハンマーを叩き付ける。ついにドアノブが中へめり込み、三発追加してドアをたたき壊すことができた。
「よし!」
「お疲れさまっす。扉動くかな」
セバタがナベに代わり、扉に体をぶつける。何度か跳ね返された後、ようやく扉が開いた。ナベのおかげで扉は相当ダメージを受けていたらしい。そのままセバタが部屋の中へと進む。息を切らしたナベがそれに続き、ボクは後ろから様子を伺う。松本は心配そうな様子で、廊下に立ち尽くしたままだった。
「なんかニオわねぇ?」
廊下を進みながらセバタが言う。その言葉をきっかけに、ボクはいよいよ覚悟した。これは、昨日のデジャヴだ。
「開けるぞ」
奥の部屋へと続く扉に手をかけ、セバタが振り返った。ナベが頷くのを見て、ゆっくりと扉を押す。―――そして、やはりというべき状況が目に飛び込んできた。
誰も声を出さなかった。慣れてしまったわけではないだろうけれど、予想できていたのかもしれない。部屋に入ってすぐの左手。そこに、テルテルが仰向けで倒れていた。体の周囲に血が広がり、一目見て死んでいることがわかった。
唯一、ボクたちを驚かせたことがある。そのせいで三人とも動けず、言葉を失っていた。
テルテルの左腕が、胴体から切り離されていたからだ。
「・・殺されています」
廊下に出たナベが松本に言う。静かな声を出しつつ、内心激しく動揺しているはずだ。ボクもセバタも、どこに視線を向ければいいのかわからなかった。
「テルテル様がですか・・?」
「今度は左腕を切られてる」
「・・そんな!」
松本がナベの横を通り、部屋の中へと駈ける。ボクたちは廊下に立ち尽くしたまま、松本が取り乱さないことを願っていた。
「・・・!」
部屋の中から短い悲鳴が聞こえ、ボクはもう逃げ出したくなった。二日連続で参加者が殺された。しかも今度は左腕を切断されて。とても前向きに推理することなどできる気がしなかった。
廊下へ戻ってきた松本の顔色は、こちらが心配になるほど青ざめていた。昨日もヤマケンの遺体を目撃したとはいえ、こんなもの、何度見たって慣れるもんじゃない。
「カギが」
ナベがポツリと言葉を漏らした。
「・・カギが掛かっていましたよね」
「あっ!」
セバタが反射的に顔を上げた。両目を見開き、それに気付いた様子で。
そうなのだ。今、この部屋にはカギが掛かっていた。ナベが必死にたたき壊して入るまで、元々この部屋は施錠されていた。そして、松本の言葉を信じるならば、他にカギはどこにもないはずだ。
「この部屋のカギはテルテルさんが持ってますよね」
「確認するべき・・なんだろうけど」
あのセバタですら、この状況にまいっているみたいだった。いつものように軽口を言って欲しい。そう思ってしまうくらい、ボクたちは打ち拉がれていた。
「おかしいだろ、この状況!」
ダムが決壊したように、突然セバタが叫んだ。
「なんなんだよ! 二人も殺されて、こっから出ることもできねぇし! あのジジイ呼んでこいよ!」
セバタが松本に掴み掛かり、今にも殴りそうな剣幕だった。
「セバタ様・・」
「取り乱しちゃダメですって!」
ナベが必死にセバタを押え込む。その腕を振り払うようにして、セバタがボクたちから距離を置いた。
「お前らグルなんじゃねぇのか? 俺らを騙して殺すのが目的なんだろ!」
「それならもうやってます。私だって混乱してる」
ナベがイラついたように吐き捨てた。二人の言うことはよくわかるし、ボクだって逃げ出したい。でも、取り乱した二人を見ていると、自分だけは冷静であろうと思えた。今がチャンスとさえ感じる。
「麻郎さんに会いにいきませんか?」
ボクの言葉に三人の視線が集まる。
「彼が主催者なんだから、この状況を説明してもらいましょうよ。ボクたちが争っても仕方ないです」
とにかく落ち着いて欲しかった。このままでは、疑心暗鬼になった者同士の殺し合いが始まってしまいそうだ。
「・・そうですね。KJさんの言う通りだ」
ナベが深く息を吐き、瞼をぎゅっと閉じる。まるで自分を落ち着かせるように。
「松本さん、麻郎氏に会わせて下さい。さすがにもう我慢の限界です」
ナベの言葉を受け、松本が思案するように俯く。下唇を噛み、悩みながらも小さく頷いた。
「私から相談してみます」
松本が歩き出し、ほぼ反対側に位置する麻郎の部屋へと向かう。ボクたちもバラバラに歩き出し、いよいよ麻郎との再会に挑む。
麻郎の部屋の前で立ち止まると、松本は大きく深呼吸をした。学校の先生に叱られる覚悟をした生徒みたいだった。
「麻郎様、私です。御報告がございます」
ノックをすることもなく、扉に向かって言う。しばらくは何の音もなかった。でも、やがてそのときが訪れた。
「どうした」
扉の向こう側から声がし、それが初日に聞いたのと同じものだとわかった。
「テルテル様が亡くなっております。自殺ではございません」
松本の言葉に返事はなかった。ボクたちも黙ったまま、麻郎の反応を待つ。
「そこには誰がいる?」
「ナベ様、セバタ様、KJ様です。金子は下のフロアにいるかと」
「そうか。それで、皆はわしにどうしろと?」
「出てきて、そんで説明してくれよ。どこまでがあんたの計画なんだ」
セバタが怒りを抑えた声で言う。肩が小刻みに震えている気もする。ボクもナベも、今だけはセバタを応援していた。麻郎自身から説明してもらわないと、気が狂いそうになる。
どれくらい時間が経ったのかわからない。実際には数秒だったはずなのに、とてつもなく長く感じた。
「よかろう」
それだけが聞こえ、やがて扉がガチャガチャと音を立て始めた。
(どうやって開けるんだ?)
ボソッとセバタが呟いた。そういえば、麻郎に四肢がないことを忘れていた。
ボクたちの心配をよそに、目の前の扉が開かれた。すぐに台に乗った麻郎が姿を見せ、彼の落ち着いた表情も確認できた。
「体調はいかがですか?」
松本がすぐに扉を支え、麻郎の側へ寄った。
「問題ない。迷惑をかけたな」
松本は深々と頭を下げ、ひれ伏すように見えた。まるで国王と側近みたいだと思いながら、あながち間違っていないことに気付いた。
「皆にも心配をかけてしまったな。謝罪させてもらう」
「そんなことはいいからこの状況を説明してくれよ」
麻郎の姿を目の当たりにし、セバタは幾分か落ち着いた様子だった。ナベもまじまじと麻郎を見つめている。麻郎が失踪した説を推していただけに、内心ガッカリしているのかもしれない。
麻郎の乗った台からは機械が伸びていて、どうやらそれが扉を開けたらしい。工場に設置されているロボットアームに近い構造で、思うように動かせるということか。
「二人が亡くなっているそうだな」
「はい。お二人とも腹部を刺され、片腕ずつ切断されております」
「見に行くとしよう」
「・・よろしいのですか?」
松本が心配そうに眉を曇らせた。ここまでの過保護な態度は、見ていて不快だった。やりすぎに思えた。
「お前も見たのだろう。わしにも確認する義務がある」
「・・承知致しました」
松本が残念そうな顔を見せ、ゆっくりと台を押し始めた。
「なぁ、二人が殺されたのはあんたが仕組んだことじゃないのか?」
麻郎の後ろを続きながら、セバタがしびれを切らしたように尋ねる。ボクたち全員の疑問を代弁してくれていた。
「正直に言うが―――」
前方に顔を向けたまま麻郎が言う。彼の表情は見えなかった。
「わしの計画とは異なる。この事件は、完全にわしの手を離れている」
絶望的な言葉に、ボクたちはただただ歩みを進めることしかできなかった。