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誰が為に  作者: 島山 平
12/42

2日目 (5)

 松本とセバタは部屋へ戻り、ナベはソファーに寝転がっている。ボクとテルテルだけがテーブルに残り、それでも会話はなかった。

 ヤマケンが殺された。それも、右腕を切断されて。犯行が誰にでも可能だったというのがボクたちを不安にさせている。いっそのこと、誰かのアリバイが成立していて欲しかったくらいだ。

「KJさん、よろしいですか?」

「あ、はい」

 テルテルの表情は落ち着いていて、ボクも緊張せずに済んだ。

「色々と腑に落ちないことがあって。まず、犯行現場はヤマケンさんの部屋で合ってるんでしょうか」

「・・あそこじゃないということですか?」

「いや、そこまで自信はないんですけど、ちょっと疑問があります」

 テルテルの目にはハッキリとした力があった。言葉とは裏腹に、彼には確固たる考えがあるのだとわかる。

「ちゃんと見てませんけど、死因は腹部を突かれたことだと思うんです。その後で腕を切断された」

「順番はわかりませんけどね。生物反応、でしたっけ。それで確認できるんでしょう」

「えぇ。後で確認してみてわかればいいんですが・・。あの、僕が疑問に思うのは順番ではなくて」

 テルテルは言葉を選びながら喋っているように見えた。

「出血の量が少ない気がするんです」

「量、ですか」

「これまでにあんな現場に遭遇したことはないから、何も根拠はありません。でも、お腹を刺されて―――というよりもむしろ、腕を切断されたらもっと血が溢れるんじゃないかと思うんです」

 そう言われて、ヤマケンの部屋の様子を思い出す。

 部屋の中央で仰向けになっているヤマケンの周囲。切り離された腕と体の間には血液が広がっていた。でも、確かにテルテルの言うように量が少ない気もした。イメージでは、もっと大きな血の海になっていそうなものだ。

「別の場所で腕を切断されて、あの部屋へ運び込まれたってことですか?」

「それも考えにくいですよね。ヤマケンさんの体と腕を運ぶのは大変だし、移動中に見つかったり血がどこかに付着してしまう可能性が高い。そこまでするのなら、ヤマケンさんの部屋で実行した方がリスクが低い」

 説明しながら、テルテルは自分の言葉に顔をしかめた。不謹慎だということを感じるように。

「なるほど・・、確かにそうですね」

 犯人になったつもりで、昨晩の様子を想像してみる。やはり、見つかることが恐ろしく、ヤマケンの部屋に閉じこもって実行したい気分だった。

「一度、あの部屋を見に行ってみませんか?」

「え?」

 最初は冗談かと思った。ヤマケンの遺体がそのまま置かれているあの部屋になど行きたくない。それに、現場を保存するようにと言ったのはテルテル自身だ。

「この事件が麻郎さんの計画したものなら、警察に言うわけにはいきませんよね。そんなことをしたら、イベント自体が没になる」

「つまり―――ボクたちの願いは叶わなくなる・・」

「ね?」

 テルテルが珍しく含みを持った笑顔を見せた。罪の意識を持ちながら、彼にも叶えたい願いがあるわけだ。

「行きましょうか」

 ボクの言葉に頷き、テルテルが静かに立ち上がった。ソファーで休んでいるナベを起こさないように。―――気付かれないように、の方が正しいかもしれない。

 二人で階段を上がり、ヤマケンの部屋へ向かう。途中の部屋の様子を確認しても、何も物音は聞こえなかった。

 ヤマケンの部屋のカギは犯人が持ち去っているため、開かれたままだ。テルテルが先頭で室内に入る。やはりむせ返るような血のニオイがしていた。出血が少ないのではないかと考えてはいるものの、これだけ酷いニオイがするのも事実だ。

「失礼します」

 誰にでもなく呟き、テルテルがヤマケンの側に屈む。立ったままヤマケンの全身を眺めてみると、彼の表情は比較的穏やかに見えた。

「腹部を一突き、って感じですよね。めくってみます?」

「いやいやいや」

 さすがにそこまで見る勇気はない。ここに重要な証拠があると言われても、こんなにグロテスクなものを見ることはできない。

「出血はやっぱり、お腹と右腕からですね」

 切断された部位は洋服に隠れて見えない。ボクにとっては不幸中の幸いだけれど、テルテルは覗き込むかどうか考えているようだ。

「腕を切り落とすのって、どれくらいの刃物が必要なんでしょうね」

「普通の包丁でいけるのか・・、わかんないですね」

 この屋敷の中で、包丁よりも大きな刃物は見たことがない。

「凶器はどこに隠したんでしょうか。見当たらないってことは、やっぱりどこかに隠し場所がある。―――秘密の抜け穴にでも隠したのかな」

「だとしたら、エーツーさんが発見している可能性はありますね。彼が犯人でないなら」

 エーツーの脱出とヤマケンの殺害、どちらが先かはわからない。

「でもやっぱり、血液の量が少ないと思いませんか?」

 ヤマケンの全身を見渡し、テルテルがはっきりと口にする。確かに、肩の辺りから出血はあるものの、想像ほど多くはない。現実はこんなものだと言われてしまえば、それ以上言い返す根拠はないけれど。

「よくわかりませんが、亡くなって時間が経ってから切断したとか? それならあまり出血しないかもしれませんし」

「あぁ―――それはあるのかも。死後硬直で切りにくそうではありますが」

 テルテルは諦めたように立ち上がり、部屋を見渡している。ヤマケンの部屋は散らかっているわけでもなく、争った跡もない。シーツの皺を見ればここで生活していたことは伝わってくる。でも、それだけ。特におかしなところは見当たらない。

 テルテルが部屋の中を物色し、クローゼットの中を覗き込んでいる。扉を開けた瞬間に何もないことが見え、小さくため息をついてから閉じた。

「どこかに血痕が付着していないか見てみましょうか」

 振り返ってそう言うと、テルテルは廊下へ向かった。彼に続いて歩き、トイレや洗面所を覗く。電気を点けて注意深く確認してみても、血痕はどこにも発見できなかった。

「こんなに証拠を残さず出られるものなんですかね」

 部屋の扉を観察しながら、テルテルが不満気に言う。確かに、ドアノブなりどこかに血が付着してくれていればいいのに、と思ってしまう。

「この部屋で何も発見できないなら、廊下とかにも証拠はないんでしょうね」

「犯人はどこへ向かったんだろう」

 独り言のようにテルテルが呟く。自然と二人で廊下に出て、一階フロアを見下ろした。ナベがまだソファーに横たわっているのが見える。ボクが犯人だったら、今すぐ彼を殺してしまえそうだ。

「合鍵はないものとして考えますけど」

 前置きをし、テルテルが話し出した。

「ヤマケンさんの部屋を訪ねて、この扉から中へ入る。ヤマケンさんが奥の部屋に倒れていたわけだから、そこまで招かれたんでしょう」

「ボクたちが訪ねたとして、ヤマケンさんは入れてくれたんですかね」

 昨晩の時点なら、ボクだったら怖くて人を招くことなんてできない。

「そして、ヤマケンさんが襲われたときの悲鳴は聞こえなかった。まぁ、これは単に防音性が高いだけかもしれませんけど、おそらく争いは起きなかった。勝負は一瞬で終わったんだと思います」

 扉を見つめながら、まるで見ていたかのようにテルテルが言う。彼の言葉を聞いていると、本当にそうだったのだと思い込んでしまいそうになった。

「そんなことが可能な人って、誰だと思います?」

「・・初対面のボクらには無理でしょうね。となると―――松本さん?」

 麻郎にはヤマケンを殺害し、腕を切断することは不可能だ。

「あとは金子さん、ですかね」

 言いづらそうなテルテルの表情だった。まぁ、女性の金子が部屋を訪ねてきたら、中へ入れてしまう気持ちはわからなくもない。彼女は物静かではあるものの、よく見れば外見は悪くない。

「やっぱり、屋敷関係者を疑うべきですかね」

「それが自然でしょうね」

 二人でベランダの手すりに寄り掛かっていると、ソファーで寝ていたナベがのろのろと動き出した。瞼を擦り、ゆっくりと体を起こす。一人きりになっていることに気付き、慌てて辺りを見渡している。

「ナベさーん」

 仕方なく声を掛けると、ようやくナベがこちらを見上げた。眩しそうに顔をしかめ、それでも小さく手を上げた。

「戻りますか」

「そのうち昼食ですしね。全く食欲はないけど」

 テルテルが先頭で階段を下りる。時刻は午前十一時半。慌ただしかった午前中が終わろうとしている。


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