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誰が為に  作者: 島山 平
11/42

2日目 (4)

 午前十時半。嵐のような朝が終わり、ボクたちの間に困惑した雰囲気が広がっている。麻郎と金子は部屋にいて、残る五人がテーブルを囲んでいる。

「松本さん、あなたがどこまで把握しているのかもう一度教えて頂けますか?」

 テルテルが疲れ切った顔で尋ねる。

「このイベントを取り仕切るようにと、麻郎様より指示されております。ですがイベントの内容は知らされておらず、ましてやヤマケン様があんな目に遭うことなど想像もしませんでした」

「でもさ、それっておかしくない?」

 右手の人差し指を立てたセバタが言う。

「ずっと麻郎さんに仕えてきたんでしょ? そのあんたが知らないなんてことある?」

「皆様のお気持ちは理解できます。できますが、事実なのです。麻郎様は普段から胸の内を明かす方ではないので、我々も理解できない部分は多いのです。それでも麻郎様に仕えるのが私の役目です」

「普段、お二人はどこにいらっしゃるのですか? このイベントがなかったとしたら」

 再びテルテルが口を開いた。疲れでイラついているようにも見えた。

「申し訳ございません。プライベートな質問になりますので、お答えすることはできません」

 はぐらかされているのはわかりながらも、松本に丁寧に頭を下げられると、それ以上質問できなかった。

「麻郎さんはこれからどうするつもりなんだろうねぇ」

 呆れたように言うセバタに、松本は何も答えなかった。答えられなかった、というのが正解かもしれない。

「無駄かもしれませんが、全員のアリバイを調べてみませんか?」

 ナベの言葉に、全員の視線が彼に集まる。

「ヤマケンさんが亡くなった時間、私たちがどこで何をしていたのか。何か目撃していないか確認した方がよくないでしょうか」

「死亡推定時刻もわからないのに?」

「わからないなりに、考えてみましょう」

 セバタの言葉に、ナベはやんわりと微笑んだ。無理に作った笑顔が痛々しい。

「僕はさっきヤマケンさんの体に触れました。カギを探すときに。かなり冷たくて、硬かった・・」

「死亡してから時間が経っているんでしょうね。その―――出血していた部分もチラッと見えましたが、黒く凝固していた。素人目に見ても、死後数時間以上は経っているんじゃないかと」

 ヤマケンの遺体を思い出したのか、ナベが辛そうな顔で言葉を並べた。

「ヤマケンさんと最後に会ってた人って誰?」

 全員を見渡しながらセバタが言う。ボクたちは昨晩の様子を思い出し、全員が黙っていた。

 昨晩、全員が集まって夕飯を食べていた。その後麻郎や松本が部屋へ戻り、ボクたち六人がこのテーブルに残った。一人ずつ部屋へ戻り、ボクとセバタ、ヤマケンだけが残っていたはずだ。

「俺とKJさんが最後なのかな? ヤマケンさんとここに残ってたし」

 セバタに頷きながら、微妙に緊張が走った。なんとなく、嫌な流れにも感じたからだ。

「何時頃まで?」

 ナベがもっともな質問を口にする。

「九時半くらい・・ですかね?」

 セバタに助けを求めると、彼も思い出すように瞼をギュッと閉じた。

「それくらいかなぁ。ヤマケンさんが自分の部屋へ戻ったのは見たけど、そこまで。あの後すぐに俺たちも部屋に戻ったし」

「となると、午後十時前から今朝の九時半の間にヤマケンさんは殺されたってことで間違いないですかね。遺体の様子から考えると、もっと時間は狭められそうですが」

「セバタさん、あの後建物の中を確認したんですよね? 何かありませんでしたか?」

 昨晩のことを思い出しながら尋ねる。確か、セバタがそんなことを言っていた気がする。

「うん、歩き回ったのは事実なんだけどさ。特に何もなかった。風呂場とかトイレも覗いたけど、誰かが隠れているわけでもなし」

 動揺することなくセバタが答えた。隠し事はない、そうアピールしているようでもあった。

「誰かヤマケンさんの部屋へ行かれた方はいますか?」

 弱々しくテルテルが尋ねる。たとえ行った人がいてもここでは言わないだろう、そう思っているとやはりそうだった。

「それか、どなたかの部屋へ行ったとか・・」

 これにも返事はなく、テルテルが残念そうに俯く。けれど、

「正直に話しますけど、私も屋敷の中を探索してました。夜の十一時頃です」

 右手を上げ、ナベが口元を緩ませて言った。開き直った覚悟が伺えた。

「何かおもしろいものが見つかるんじゃないかと思って。というか、建物から出る方法を考えてました」

「何か見つかりましたか?」

 思わず尋ねてしまう。

「いえ。脱出方法はわからないし、おかしなものも見つかりませんでした。ついでに言うなら、エーツーさんと会ったりもしませんでした」

「あ、エーツーさんはどこかから出ていったんだ」

 本気で忘れていた様子でセバタが声を上げた。確かに、ヤマケンが殺害されたことで頭がいっぱいだったけれど、事件はもうひとつ起きている。夜の間にエーツーが姿を消したのだ。

「そういえばエーツーさんの部屋のカギも確認しなきゃならんですね」

 ナベの言葉はもっともだった。

「この際だからちゃんと言葉にしておきますが、ヤマケンさんの部屋には行ってないし、彼の部屋で物音も聞いていません。自分の部屋に戻ったのは―――たぶん十一時半くらいかな」

「ナベさんみたいに、部屋から出た人はいますか?」

「すぐに寝ちまったからなあ」

 セバタが自嘲気味に笑った。ボクは首を振って全員にアピールする。本当に部屋から出ていないのだ。何が起きるのか不安でカギを掛けて閉じこもっていたというのが本音だ。―――そういえば。

「ヤマケンさんの部屋、カギが開いてましたよね。エーツーさんの部屋も」

「まあ、犯人はヤマケンさんを殺害して部屋から出ていったんだろうし」

「でも、普通はカギを掛けませんか? 中に遺体があるなら」

 セバタに言い返すと、彼は一瞬固まり、小さく頷いた。

「確かにそうか。カギが開いてりゃ遺体はすぐに発見されるし。実際そうだったけど」

「それに、犯人はヤマケンさんの血で汚れていたはずですね」

 ナベの援護が心強かった。

「後で確認する必要はありますが、扉やドアノブに血がついているようには見えませんでした。ヤマケンさんは腹部を刺されていたし、たぶんあれが死因だと思うんです」

「血については汚さないように気を付ければ大丈夫だとして、犯人がカギを掛けなかったのは不思議だな。カギを盗んだくせに」

「遺体を発見させたかったのかもしれない。どちらにしろ、何の根拠もないわけですが」

 ナベが一人で納得したように言う。それでも、ボクの中にとある(・・・)考えが浮かんだ。エーツーの部屋のカギが開いていたことに関して。

「エーツーさんは屋敷からいなくなった。そのルートはわかりませんが、彼もカギを掛けずに出ていったんです。荷物を持って、どこかへ向かった」

「そりゃそうですよ。部屋に戻るつもりはないんだから、カギを掛ける必要もない」

 当然のようにセバタが言う。彼は正しい。でも、ボクが言いたいのはそんなことじゃない。

「どこかへ向かったんですよ。それはつまり、彼の部屋には秘密のルートなんてない、ということになります。きっと、二階の部屋全てに当てはまる」

「・・あぁ、なるほど。出口は一階のどこかにあるって言いたいんですね」

 ナベがいち早く理解してくれた。屋敷から出るためにエーツーは部屋を出た。彼が向かった先に出口があるということなのだから。

「なんとなく安心できるな。出口があるって証明してくれたわけだし」

 セバタが苦笑いをしながら言う。どこか気楽な表情にも見えた。

「―――待って下さい」

 重々しい口調で言うのはテルテルだった。全員が彼に注目し、次の言葉を待った。

「エーツーさんは出ていった。逆に考えれば、入ってくることもできるんじゃないですか?」

 テルテルの言葉を頭の中で繰り返し、無意識に背筋が伸びた。確かに、この秘境ともいえる屋敷が、酷く防犯性の低いものに感じられた。

「それか、エーツーさんがヤマケンさんを殺害して逃亡した、とか」

 テルテルはなんとも恐ろしいことを口にした。でも、確かにそれが一番しっくりきた。

「俺たちって、ほんとに知り合いじゃないよね?」

 セバタの苦笑いが痛々しかった。彼の気持ちはよくわかる。赤の他人同士だと思っていたからこそ、どこかで繋がりがあったら恐ろしい。

「エーツーさんが最初からヤマケンさんを狙っていたのならまだしも、ここへ来てから二人の間に憎しみ合うような出来事があったとは思えない。―――こうは考えられませんか? 邪魔者を全て排除するために、エーツーさんは私たちを殺そうとしている。そのために、見つけ出した出入り口を利用している」

 ナベがやけに真剣な顔をしている。彼の言葉が冗談であって欲しいと思いつつ、今の状況を上手く説明しているとも感じた。

「まぁ、そうだとしたら一気に全員を殺してしまうのが楽だと思うので、たぶん私の思い過ごしでしょう」

 勝手にオチをつけられてしまい、肩すかしを食らった気分だった。

「今のナベさんの話、松本さんはどう思いますか?」

 これまで黙っていた松本が、ゆっくりと顔を上げた。

「その可能性はあるかと思います。ですが、そんなことをしても麻郎様はお認めにならないでしょうし、エーツー様の行為は無駄となるはずです」

「どこまでいっても麻郎様麻郎様、か」

 呆れた様子でセバタが言う。

「でもまあ、ここで考えていても仕方ないっすね。一旦解散しません? 色々あって疲れたし」

「休みたいのは山々ですが、一人にならない方がいいんじゃないですかね。こういう場合、集団から離れた者が真っ先に殺されますよ」

「えぇ、ナベさん怖いこと言うなぁ。もしかして俺のこと狙ってる?」

「何をバカなことを」

 壁の時計は午前十時四十五分を示している。昼食があるとしても一時間以上後だ。朝からバタバタし続け、身も心も疲労している。それに、全員がこの状況に麻痺してしまっていると思う。こんなに冷静に推理しているなんておかしいのだ。上の部屋にはヤマケンの遺体が転がっているというのに。

「それでは、またお昼に集まりませんか。一度各々が落ち着いて考える時間も必要でしょう」

 ナベの言葉を誰も否定しなかった。誰もが疲れ、混乱している証拠だ。

「できる限り一人で過ごすのは止めた方がいいと思いますが。次の被害者になってもおかしくないわけですから」

「ヤマケンさんを殺した人がいるなら、今のうちに名乗り出てくれよ」

 セバタの言葉に、誰一人として反応しなかった。


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