2日目 (3)
「警察に連絡した方がいいんじゃ・・」
「まずは麻郎氏に伝えるべきかもしれない」
全員が、どうすればよいのかわからずにいた。ヤマケンの遺体を発見し、テルテルの言葉で部屋の外へと出てきた。でも、こうして廊下に留まっているだけで、誰一人として指揮できる者はいなかった。
「できることなら、麻郎様にはお伝えしたくありません。体調を崩されている麻郎様に負担を掛けたくないものですから」
「そんなこと言ってる場合か?」
セバタが勢いよく口を開いた。
「あれは明らかに他殺だろ。小説やドラマじゃない、現実で殺人事件が起きちまってる。次の犠牲者が出るかもしれねぇぞ?」
「ちょっと待って。・・まさか、これが事件なのか?」
ナベが思案しながら言う。彼の言葉に、セバタを含むボクたちにも察するところがあった。
「そうか! これが解決しなくちゃならない問題か」
ナベに続き、全員で松本を見る。彼は珍しく困ったように視線を逸らした。
「わかりません」
「わからないって、こんな事件が起きているんですよ。今更何を言ってるんですか」
「ですから、わからないんですって」
松本がハッキリとした口調で答える。初めて好戦的な態度を取られ、ナベの勢いも止まった。
「・・失礼致しました。私と金子は皆様を招待する役目でございます。ですから、この屋敷での生活を満喫して頂く準備はしております。しかしながら、今回のイベントの内容までは知らされていないのです」
「つまり、ヤマケンさんが殺されているのが麻郎氏の計画通りなのか全く別の意志か、わからないってことですか?」
「はい。申し訳ございませんが」
松本の返答に、ナベが眉間に皺を寄せて俯いた。松本の言葉の真偽はわからなくとも、ハッキリしていることがある。ヤマケンの死の原因がわからない、ということだ。そして、危険はボクたち全員に忍び寄っているということ。
麻郎の用意した事件であれ、別に犯人がいるのであれ、ヤマケンは殺されている。しかも右腕を切断されて。彼自身がそれを望んだという場合以外は、ボクたちも殺されてしまう可能性はある。
「いかがなさいましたか?」
二階の騒ぎが尋常ではないと悟ったのか、階段の手すりを掴みながら金子が尋ねた。
「何でもない。金子くんは自分の部屋へ戻っていなさい」
「・・はい」
とても信じたわけではないだろうけれど、金子はおとなしく引き下がるみたいだ。階段を上がった正面が彼女の部屋。一人だけでその中へと消えた。
「これ、どうすりゃいいんだよ」
セバタの口調も、これまでのような軽いものではなかった。ヤマケンが殺され、殺した人間がこの中にいるかもしれない。そんな状況で冷静に頭を働かせろというのがムチャだろう。
「松本さん、この建物から出る方法は知っていますか?」
「いえ、存じ上げません」
「本当ですか?」
テルテルがしつこく食い下がる。ヤマケンの遺体を発見したときもそうだったように、彼は単に気弱な青年ではない。控えめな態度を取りながら、その中には太い芯が通っているように感じられる。
「昨日はあんなに詳しそうなふりしてたじゃないですか。合鍵を箱にしまったように。
・・あ!」
「どうした?」
「カギです、カギを確認しないと!」
そう言うなりテルテルは慌てて駆け出し、ヤマケンの部屋の中へと消えた。現場から離れろと自分で言っておいて、今度はあっさりとそれを破ってしまうなんて。あっけにとられながら、ボクたちも彼を追った。セバタとナベはゆっくりと後ろをついてくる。
ヤマケンの部屋へ入ったテルテルが部屋の中を物色し、ボクもそれを手伝った。それでも、ヤマケンの部屋のカギは出てこなかった。テルテルが諦めた表情で短く息を吐き、仰向けのヤマケンに近付く。
「テルテルさん・・」
「失礼します」
ヤマケンに言ったのかもしれない。それが無駄だと指摘する気はなかった。そんなことどうだってよかった。
「―――ありませんね」
テルテルはヤマケンのズボンのポケットに差し込んでいた手を引き抜き、諦めたように立ち上がった。
「カギがないんですね?」
部屋の入り口からナベの声が聞こえる。肯定するように部屋を出て、ボクたちは再び廊下で立ち尽くした。
「これはなんというか、明らかに人為的ですよね」
「ヤマケンさんを殺害した人がカギを盗んだ、そうとしか考えられない」
ナベとテルテルが自分の世界に入っている。松本の表情を盗み見ても、これまでと同じく無表情だった。セバタは開き直ったように気の抜けた顔をしていた。
「松本さん。この部屋のカギがないってことは、あのボックスは開かないわけですよね?」
「そうなります。十本の鍵全てを使わなければ開くことはできませんから」
嫌な予感が的中してしまった。これが犯人の(麻郎の、かもしれないけれど)狙いなのは確かだ。ヤマケンを殺害し、腕を切断する。そして彼の部屋のカギを盗むことで、ボクたちからマスターキーを手にするチャンスを失わせた。
「あのさ、腕が切られてたのって・・」
セバタが言いづらそうに口を開いた。
そう、あれについて誰もが話すのを避けてきた。それくらい、ボクたちの生活からは掛け離れた状況だった。ヤマケンが殺されていることよりも、腕が切断されていることの方が衝撃は大きかったくらいだ。
「麻郎さんに伝えましょう」
そう言うとテルテルが歩き出し、麻郎の部屋へと近付いていく。
「お待ち下さい! テルテル様!」
「ここで曖昧な推理しても仕方ないでしょう」
麻郎の部屋の前で立ち止まり、テルテルが心を決めた顔で言う。彼はもはや前日と別人だった。
「麻郎さん、すみません! 出てきて頂けますか!」
「テルテル様・・」
駆け寄った松本が、テルテルに困窮するように言う。彼を止めたくても触れてはいけないという想いが見てとれた。
「事件が起きました。これはあなたの計算通りなんですか?」
ボクたちもテルテルの側へ集まっていた。部屋の中から麻郎が返事してくれるかどうか、固唾を飲んで見守る。
五秒が経過し、十秒が経過しようとした―――そのとき。
「その通りだ」
扉の向こう側から麻郎の声がした。ボクたちの意識が急に鮮明になり、頭は目まぐるしく回転する。
「あなたがヤマケンさんを殺したんですか?」
「それは不明だ。自分たちで推理するがよい」
「腕が切断された理由もですね?」
「・・左様だ」
テルテルはそれ以上質問せず、ジッと足元を見つめている。
「事件はまだ続きますか?」
代わりにナベが質問した。口調から、彼が焦っているのが伝わってきた。
「それも不明だ。事件に関する質問に回答する気はない」
麻郎の強い言葉が届き、ボクたちは安易に質問できなくなった。でも、少なくともヤマケンの死に麻郎が関係していることは明らかとなった。実行犯は別にいるのかもしれないけれど、麻郎はヤマケンを殺す計画をしていた。ヤマケンの腕が切断されていることも知っているようだからだ。―――まったくもって安心できないな。
「このイベントを放棄して逃げ出したくなったら、どうすればいいですか?」
テルテルは質問の方向性を変えた。無駄なやり取りは嫌いらしい。
「この屋敷から出ればよい。その方法については各々考える必要があるが」
「つまり、出る方法はあるということですね」
「そう考えるのが妥当だ。では、失礼する」
扉の向こうから小さな機械音が聞こえる。麻郎の乗った台車が自動で動いているのだと思う。彼はこれ以上質疑応答する気がないみたいだ。
「ボクたちも、一度落ち着いて考えましょうか」
麻郎にうまくはぐらかされ、テルテルの表情に陰りが見えた。泣きそうな顔で弱く笑っている。
テルテルがエスカレーターを下り始め、ボクたちも顔を見合わせてからそれに続く。誰もが、この状況を理解できずにいた。それと同時に、受け入れることができずにいた。ヤマケンが殺され、腕を切断されて。それがこのイベントの計画通りだと言われても、ああそうですか、と納得できるはずがない。人の命はそんなに軽いものじゃない。
それでも、こうして静かにエスカレーターに乗っているボクたちは異常だと思う。もっと叫んだり、慌てふためいたりしてもよさそうなものだ。雰囲気に飲まれているのか、頭が麻痺しているのか。
一階のテーブルを囲み、全員が口を開けずにいた。それでも、共通していることがあった。少なくとも、イベントの参加者であるボクたち四人には。この謎を解決することでどんな願いだって叶う。とてつもなく困難な問題だと思うし、リスクだって高い。それなのに、ボクたちはわかってしまっている。誰一人逃げ出すつもりがないこと、警察に連絡する気がないことを。
人として過ちを犯してでも叶えたい願いがある。ボクには、それが一番恐ろしかった。




