プロローグ
てっきり警察署に呼び出されるのかと思っていたのに、刑事はわざわざボクの家までやってきた。せっかくだから買ったばかりのコーヒーを淹れてあげたものの、彼らは感想を口にしてはくれない。ボクには、それが一番悲しかった。
「鍛冶さん、あなたの証言が正しければ、彼ら五人を殺害したのは浅原明である可能性が高いということになりますね」
「少なくともボクはそう思います。これでも必死に考えたんです」
そう。本当に、あの建物にいるときも、そこから脱出した後も考えた。五人を殺害したのは浅原という男で間違いないのだ。共に脱出した二人に確認しても、同じことを口にするはずだ。
「今ではもう、あの建物は崩壊してしまっています。つまり何の証拠も出てこないかもしれない。そうなると、あなた方の証言だけが頼りになります。嘘をついていないと誓って頂けますか?」
「誓いますよ。こんな言葉が何の役に立つのかわかりませんが」
二人の男が、ボクの目を見続けている。嘘をついていないのは事実だ。それを理解してもらえるだろうか。証拠なんてどこにもない。あの状況を撮影していたわけじゃないし、五人の遺体がそのままの状態で出てくることもないと思う。この事件を警察がどうやって終息させるのか見物だ。
「・・そうですか。またお話を伺うかもしれません。申し訳ございませんが、ご協力をお願い致します」
「しばらく仕事を休むつもりですし、いつでもどうぞ」
二人は頷いて立ち上がり、丁寧に頭を下げた。その表情を見る限り、とても納得してはいない様子だった。
「失礼致しました」
二人が玄関から出ていくのを見ながら、この一週間のことを思い出していた。あの奇妙な円柱形の建物のこと、そこで起きた殺人事件のこと。そして、未だに見つかっていない恋人のことを。
あの日々が、ボクにとって唯一のチャンスだった。あそこでのゲームに勝てば、彼女の行方を突き止めることができたはずだった。でも、現実はこうまでも無様だ。すぐ側で人が殺され、十分に推理する時間もあった。それなのに逃げ出すことが精一杯で、真実へと繋がるチャンスも失ってしまった。これが自分の限界なのだとわかる。わかるからこそ、悔しさに押しつぶされそうになる。
麻耶子はまだ見つかっていない。生きているのか死んでいるのか、それすらもわからないまま。あの建物での謎を解き明かすことができれば、彼女に近付けたのに。
こうしてうじうじしていても仕方ない。諦めてリビングへ戻りながら、もう一度事件について考え直してみることにした。タイムリミットは過ぎてしまったけれど、真実がわかれば認めてくれるかもしれない。全てを諦める前に、もう一度頭を働かせよう。
なぜ彼らは手脚を切断されたのか、と。