第05話「浅倉純一の苦悩」
とりあえず机の前に座りノートを広げてみた。
自室でこうするのは、ひょっとして中学の時以来ではなかろうか。
厳密には今のここは俺の部屋じゃないけど。
「わくわく」
「お姉ちゃん、ジュンイチの邪魔をしてはいけません」
「アヴィだって見てるくせに」
「わたしはアドバイザー的存在だからいいんです」
「じゃあわたしもそれになる。アドバイザー。なんか格好良くない?」
めちゃくちゃ気が散る。
「ええい、うるさい!」
「な、何よ~ジュンイチのくせに」
「お姉ちゃん、行きましょう」
マモンは悪態をつきながら、アヴィはそれをなだめながら、渋々俺から離れた。
それからソファに座りテレビをつけた。
ダンジョンなのにテレビが映るらしい。芸人が喋っている声が聞こえてきた。
もう一度ノートに向き合う。
うーん。しかしどうしよう。
お宝を考えようとノートを広げたものの、まったく何も思いつかん。
「あ、そうだ」
帰ってくるときに本を買ってきたんだった。
他のダンジョンのお宝をとりあえず見てみよう。
日本最大の悪魔のダンジョンは、東京の新宿駅地下にその入口を構える。
日本初の政令指定ダンジョン、そして日本で最も有名なダンジョンだ。
現在の階層は80階を超えるらしい。通称、新宿ダンジョン。
とりあえずそこのお宝リストを見てみよう。
一般公開されているのはごくわずかだが、参考になるだろう。
【魔女の口紅(No.不明)】
1.この口紅をつけていると男性からモテるようになる(効果絶大)。
2.口紅が消えると効力も消える。
【「人生」(No.不明)】
1.読む者のこれまでの人生が全て載っている小説。
2.見たいページを不思議とすぐに見つけることができる。
【外部脳媒体(No.不明)】
1.体に突き刺して使う。
2.過去7日間の記憶をコピーして取っておける。
3.他の人に差し込むと記憶を共有できる。
なるほど。
たしかにこれはお宝だ。
お宝は基本的に自由に使うことを許されていない。
面倒な手続きを何回もして、ようやく使用ができるのだ。
だが、それでも人はダンジョンに夢を求める。
何故なら、現実ではできないことを実現できる不思議な力があるから。
口紅はともかく、他の二つは現実では絶対に実現できないし、これを求めてダンジョンへ潜る人間は多くいるだろう。
「なあなあ」
ソファでゲラゲラ笑ってる二人に声をかけた。
マモンはテレビに夢中になっているらしく、アヴィだけこちらにやってきた。
「なんですか?」
「ここに書いてあるのはどれくらいのポイントで作れるんだ?」
アヴィが俺の肩の上から本を覗き込んだ。
「これですか。ええっとぉ。詳しくはお姉ちゃんに訊かないと分からないですけど、20000ポイント以上はかかると思いますよ」
「そんなに?」
「はい。使用者は3秒後に死ぬという条件をつければ3ポイントくらいで作れますよ」
「それはもういいから」
うーん、たった100ポイントで何が作れるんだろう。
「何か思いついたの~?」
マモンがやってきた。ちょうどコマーシャルがやっていた。
「いや、まだ全然。っていうかポイントが足りなすぎるよ」
「ポイントなんて気にしないで、好きな風に考えてみればいいんだよ」
「うーん」
「ジュンイチは欲しい物とかないの?」
「欲しい物かぁ」
最近財布がボロくなってきたから買い替えたいとか?
我ながらショボい。
「じゃあじゃあ。将来の夢とかは?」
「夢かー」
ごく普通の人生を送れればいいなと、漠然とそんなことを考えてるものの、俺にはこれといった夢がない。
「どうしたの? ジュンイチ」
「あ、ごめん」
実はちょっとだけコンプレックスだったりする。
内緒だけど。
「あ、待てよ」
「ん?」
「今何かヒント的なものが――」
その時扉が叩かれた。
「お兄ちゃん、ご飯できたって~」
妹の声がした。
俺は「コンプレックス」とノートに書いてから、部屋を出たのだった。