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burst  作者: 神崎由紀斗
3/4

鳥人

見当もつかない。

彼ーイクトは”飛翔(とん)”でいた。伸ばされた両の腕を見ると飛行機雲のような線を引いている。あたりを見回す。まるで彼自身が鳥になったようである。

彼は悠々自適に空の旅を楽しんだ。彼の見たかったものはすぐそこにある。山河の連なり…たなびく雲…海岸線に打ち上げる波…そして太陽は…。

太陽の周囲にはあの天使の輪がある。それはゆっくりとした回転を続けている。鳥になった男は、それでやっと、自分の使命を思い出した。

彼は加速した。彼自身が加速したというより、天使の輪にどんどんと引き寄せられているという方が正しいだろう。

加速!加速!目に見える世界は加速度的に過去のものとなる。徐々に目に見える世界は破壊され瓦解し、崩壊してゆく。幾度となく、彼の翼は焔の中を駆けた。


ー止めてくれ!


と、イクトは叫んだ。


ー俺はそこに行きたくない!


しかし、彼の意思とは関係なく、天使の輪は近づいてくる。

その時だ。輪の中心から手が伸びた。

それは両の腕、なびく髪、そして幼顔と出現する。

…彼女だ。とっさにそれを理解した。輪の中から”人間”が生まれたのだ。現実に膜を張る彼女は、手を差し伸べる。彼はその手を取ろうとする…


ータタカエ。


と、脳内に声が反響した。誰かが自分の中に侵入している。途方もない質量で彼を戦わせようとしている。


ータタカエ。


みるみるうちに彼の体は変化していった。体はしなやかでありながら強固な鉄の塊になってゆく…彼は自分の体が戦闘鳥になってゆくのをはっきりと感じた。そうして鉄の塊になった彼は、彼女を破壊するだろう。


ーやめろ!


彼は叫んだ。と同時に、彼は(かいな)で自分の翼をもぎ取った。

浮力を失った彼は終に失墜した。




…………………………………………………イクト。







墜落の最中、彼を呼ぶ声を聞いた…








イクト…………………………………………………









ーここは?

 ぼんやりとした意識の中で、イクトは思った。ふわふわと宙を浮いているような錯覚を覚える。水の中に揺蕩う感覚と似ている。

 彼の意識は漂っている。このままずっと漂っていられたら…それはどんなに楽しいだろう。楽なことだろう。

事実、それは心地いい。

近頃、感じることのなかった心地よさだ。

戦争が始まる前、まだ空に自由があったであろう頃。そう信じていられた頃。彼は学校をサボっては、空を眺めていた。もうあの空は戻らない。

そう、あの心地だ。風の匂い、日向の匂い…そうしたもの。

ーだがここは?

目覚める。見える世界はひどく滲んでいる。目が慣れない。像を結ぶまで、時間がかかりそうだ。

わからない。かすんだ世界を一つの影が覆い尽くす。

 人の影だ。その人影は、イクトの周囲で、忙しのない動きを続けている。

 額が冷たい。何かが頬を伝う。その冷たさは心地いい。


「あ、起きた?起きた!」


そんな声が聞こえる。

煩い、もうちょっと寝かしてくれ…と、イクトは思う。そんな彼の肩を激しく揺すぶる人影。優しく揺すぶっていたのが、だんだんと強くなってゆく…。そして、


「いい加減に起きなさい!」


と、人影は怒鳴りつける。

ーいい加減に…?

いったいどれだけ眠っていたのか。自分は先ほどまで、何をしていたのか?


「ッ⁈」


彼は急に覚醒したように、ばっと飛び起きた。そうして辺りを見回す。

何が何だか…イクトは混乱していた。

ーそうだ。俺は作戦の途中だったではないか!何でこんなところで眠っていたんだ。どのくらい?そして戦闘鳥は?

不意に飛び起きた彼に驚いたのか、人影は尻もちをついてたいそう痛がっている。


「っ痛ぁ…」


「誰だ!」


 彼は腰元からカーボンファイバー製の短銃を構えて叫ぶ。像がうまく結ばない。ぼんやりと見える目標に構える。指先の感覚だけで、そのセーフティーを解除する。

人影がムッとする気配、気まずい沈黙が彼と人影との間に流れた。


「誰だぁ?こんな森の中でぶっ倒れてたの私が見つけて介抱してあげなかったら、あんた本当に死んでたよ!名乗るなら、あんたから名乗りなさいよ!」


 女の声だ。幾らかその迫力に気圧されて、彼は茫然とした。

 ー森?

 …しだいに像は結ばれた。

 見渡せば、目の前には木々がある。清流が流れている。何とも懐かしい光景だ。川のせせらぎ 。森の音。澄んだ空…イクトが求めてやまなかったもの。

だが、それはイクトの知る世界ではない。彼の知る世界はボロボロと荒廃していた。いつか緩慢な死を迎えるだろうクニとその山河であった。

イクトの茫然とした風に、彼女の怒気は治まって、幾分静かな調子でイクトに尋ねた。


「ねぇ、あなたの名前は」


「イクト…キザキ イクトだ」


「キザキ イクト…変わった名前ね。私はリリウム。みんなはリリィって呼んでるけど」


 名前を聞いて、やっとイクトは思考が追いついてきた。

 彼女はニホン人ではないようである。リリウムーリリィは赤毛で、灰色の瞳をしている。


「ニホン語、話せるのか?随分うまいな…」


「ニホン語、何それ?…それに黒い髪に黒い目。…あなた、外から来たんでしょ?」


 外の世界ーイクトはただならぬものを感じていた。自分がどこにいるのか不安だった。

 そんなイクトの不安をよそに、リリィは目を輝かせてグッと顔を近づけてくる。


「ねぇ教えてよ!外の世界のこと」


 いったいリリィの言う「外の世界」とは何のことなのだろう。詰め寄るリリィへ、イクトは警戒心を解いたわけではない。カーボンファイバー短銃はまだ握られたままだ。彼女はそれを見てふふんと不敵な笑みを浮かべる。


「何がおかしい?」


「…あなた、臆病なのね」


イクトは自分が生きようとしているのを、はっきり感じた。



 






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