始まりの扉
プロローグ
【PM2:00 穂坂市河原付近】
20XX年3月20日。
7年前の今日、私たちはこの河原で約束をした。
離れることになった仲良し4人グループ全員が
また穂坂市に戻ってきた時に
この河原で会おうという約束を。
先日、私のパソコンに1通のメールが届いていた。
懐かしいアドレスから
「3月20日にあの河原で合わないか」という内容だった。
一斉送信されていたらしく
そのメールには私のメアド以外のものが
宛先の部分に縦に2つ並んでいた。
既にアドレス帳に登録されていたので
メアドの前の括弧の中に名前がついている。
ずっと、会いたかった。
百合女子に通っていた3年間の出来事すべて
私がこの世から姿を消しても絶対に忘れない。
まだ少し肌寒い三月の風が
私の髪の毛をなびかせていった。
乱れた髪を手ぐしで整える。
「久しぶりだね」
風に乗って聞こえてきた声で
私は振り返る。
「遅くなってごめんね。
どのくらい私が来るの待ってた?」
申し訳無さそうに
階段を降りてくる彼女に
私は聞こえないように囁く。
ずっと、待ってた。
ブラウンの高い校舎が建ち並び
中央には優雅な噴水、芝生化された地面……
木陰の下の白いアイアンチェアに座り
談笑するセーラー服姿の女子生徒たち。
ここはお嬢様学校として有名な
私立小百合女子高等学校、通称百合女子である。
これは今年の春、進学科に新一年生として入学した4人の女の子の
三年間にわたる女の子同士の美しい恋の物語。
✽NINA SINOZAKI 【AM 8:10 私立小百合女子高等学校到着】
私は着慣れないセーラー服を身にまとい
硬くて歩きにくい本革のローファーを履いた足で
百合女子の校門をまたいだ。
それを歓迎するかのように私の横を二匹の蝶々が抜けて
傍の花壇に咲く色とりどりのパンジーにとまった。
――おはようございます。ご入学おめでとうございます。
昨日のこの時間、この場所で
三年生の生徒会役委員の人に言われた言葉を思い出す。
生徒会の人は私の胸に桜モチーフのペンダントをつけて
B4サイズのクラス一覧表を渡して
微笑みながら「受験大変だったでしょう?入学おめでとう」と
祝いのメッセージを言ってきたっけ。
クラス一覧表に載っている私の名前を探す時も
2ヶ月前の合格発表の時と同じくらい胸がドキドキしていた。
第一学年 B組21番 篠崎仁菜
自分の名前を見つけたとき、自然と笑みがこぼれ落ちた。
B組にはどんな子がいるのだろう
前の席の子や後ろの席の子はどんな子なのだろう?
そんな思いを募らせながら昨日はB組がある四階へと階段を駆け上がった。
けれども入学式の日はみんな緊張していたせいで
周りの席の子と名前を聞き合う程度で
殆どの子が会話をしてはいなかった。
私も前後左右の子とは名前や出身中学校を聞き合ったりしたが
まだ、その子たちの好きなものすらわからない。
昨日はあんなに早く、この階段を登ったというのに
今日は登っても登っても最上階にたどり着かない
永遠に続く階段のように感じた。
ようやく全ての階段を登った私は呼吸を整えるために
ゆっくりとB組まで廊下を歩く。
スクールバッグの手持ちの部分をぎゅっと強く握り締め
左手を教室の扉の取手に当てたが、そのまま硬直してしまった。
中から聞こえてくる賑やかな声が
私の胸の中にある期待を不安でいっぱいにしてしまったのだ。
背後を去っていく人たちの足音と
階段を上がってくる人の足音
それから私の心臓の音が音楽のように交じり合う。
完全に入るタイミングを逃した私は
いつまでたっても動けずにいた。
このままずっとここに居るわけにもいかないと
自分に言い聞かせ、ようやく入る決心をし
大きく息を吸って取っ手を掴んでいた左手に力を入れたとき
ゆっくりと近づいてきていた足音がピタリとやんだ。
そして、それと同時に背中に走った激痛で
私は驚きを隠しきれずに振り向く。
振り返った先には両手を広げた状態で
ニッコリと微笑む女の子が立っていた。
黒縁メガネの奥の切れ長の瞳と黒い短髪
ボーイッシュな容姿に合う背の高さと筋肉のついた丈夫な足。
とにかく女子学生特権のセーラー服が全くと言っていいほど似合っていなかった。
「なんですか……」
人がせっかく決心したっていうのに。
わざと迷惑そうに言ってみせるが
彼女には伝わらなかったようで
また私の肩を思い切り叩き腕を回してきた。
「B組の子だよね?
クラスメイトのサクラです!」
サクラのスピーカーを通したような大きな声が
廊下に響き渡った。
「そっちは名前、なんていうの?」
曇ったような優しい声で尋ねてくる。
「篠崎新菜。『仁』と菜っ葉の『菜』でニイナと読むの。
あなたのフルネームも教えてくれない?」
「アユムだよ。『歩く』って書いてアユム。
苗字は花が咲くの『咲く』と『楽しい』でサクラ。」
へえ、サクラって苗字だったんだ。
咲楽歩……
声に出さずに心の中で呟いた。
数秒間お互い黙って見つめあった後
咲楽さんが「教室入ろうか」と
私が開けるのを躊躇っていた教室の扉を開けてくれた。
咲楽さんに続くように教室に入った私はクラスを見渡した。
女の子しかいない空間が中学時代は共学だった私には、とても新鮮だった。