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死亡フラグは既に立っている  作者: 刹那END
1章 「始まり」
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09話 「キスして回復」

「か、返せよ! 俺のお金!」


 我に返った(つかさ)だったが、未だに動揺を隠し切れない。

 それに対して、二百万円の入った封筒を揺らしながら、フカフカの椅子に座って足を組む彼女は完全に今の状況を楽しんでいた。


「手首の酷い火傷と手と顔の炎症の治療。加えて、家族と学校に対する記憶の改ざん。これらを行なったのは全て、私たちよ。これだけのお金じゃ足りないくらいに私たちは働かせてもらったわ。だから、私たちの望みを一つ聞いてくれてもいいんじゃない? おまけにキスもして差し上げたのに」


 彼女は自らの下唇を小指で撫でながら笑みを浮かべる。その色っぽい仕草に見惚れない男はいないだろう。

 それは男である良も例外ではなく、見惚れている自分に気が付くとすぐに、彼女から目を逸らした。


「何に不満がおありになの?」

「……お前と関わるとめんどくさそうだから」


 その瞬間、拘束された両手が肩が外れるんじゃないかというくらいに後ろに引っ張れ、良は痛みで顔を歪めて声を上げた。

 この頃、拘束ばかりされているような気も彼だったが、それは間違っていない。

 十数秒間、良に痛みを与えた後、満足したのか急に拘束を緩め、その反動で椅子からずれ落ち、四つん這いの姿勢になる。


「そんなに嫌なら私と勝負しない? あなたが勝ったら今後一切、私たちはあなたに接触しないことを誓ってあげる。詳細は後日、連絡するから今日はもう帰っていいわ。さようなら」

「金取られたまま『はい、そうですか』って帰るヤツなんていねえよ!」


 起き上がって彼女に食って掛かろうとした時、急に足元が何かに固定されたように動かなくなる。

 足元を見るとそこには、床と一緒に凍りついた両足があった。



「そう。じゃあ――――私とここでやりたいの?」



 先ほどまでの笑顔はもうなく、良を睨みつける彼女の目は全てを凍りつかせそうなくらい冷たかった。

 一瞬、臆してしまった彼だが、ここで引き下がってしまっては男じゃない。

 それに彼女が凍らせる魔法ならば、炎の方が有利に違いない。


「じょ、上等だよ! やってやろうじゃねえか!」


 良の言葉を聞くとすぐに彼女は立ち上がって、はめていた指輪を外して放り投げる。

 すると、その指輪は段々と大きくなり、子どもがよく遊んでいるフラフープと同じくらいの大きさにまでなった。

 それが床に触れるのと同時に、大きくなった指輪の内部の床が黒く染まる。


「ゆっくり解凍しないと、その足一生使えなくなるわよ。解凍し終えたら下りてきなさい」


 彼女はその黒い穴の中に消えてしまった。

 あの言い方からすると、彼女は良が炎の魔法を使える事を知っているようだ。その上で挑んできたということは負けない自信でもあるのか。

 彼女の忠告どおり、ゆっくりと氷を溶かすイメージをして、魔法を使う。

 その間、部室にいた数人は沈黙を保ったまま、じっと良の事を見ていた。

 逃げないように見張っているのかと思うと、良い気分ではない。


(それにしても……)


 と、時間を掛けて周りを見てみると、男子は自分だけという事に気がついた。

 書道は男子に人気がないのか、それとも彼女のせいで女子しかいないのか。

 考えていた途中で溶かし終えた彼は黒い穴の中を覗き込む。吸い込まれた彼女の姿も、何も見えなかった。


「え?」


 良が思わず声を上げてしまったのも仕方がない。

 急に誰かが彼の背中を押したのだ。部室にいた女子の中の一人が押したとしか考えられない。


(まだ、心の準備が……!)


 心中でそう叫んでいるうちに、黒い穴は良の目の前にまで迫る。瞬時に目を瞑り、息を止めた彼の身体はトプンッと床にあった黒い穴に吸い込まれていった。


 良が目を開ける前に、頭から入った為に硬い地面に顔をぶつけて「ぶっ!」っとどこから出たのかも分からない声を出して倒れこむ。


「いてて……」


 鼻が折れ曲がってないか確認してみたが、そんなに高くない鼻はいつもと同じ形をしていて安心する。

 起き上がって周りを見回す。

 良が落ちた場所は体育館くらいの大きさ部屋だった。窓は一切無く、地面も壁も天井も真っ白。そこにぽつんと金髪の少女が立っている。


 あの指輪によって作られた黒い穴はどうやらワープ装置のようなものらしい。

 開発に成功したとは聞いたことがあるが、まだ実用化には程遠いとも言っていた。なのに彼女がそれを持っているという事は魔界の利益(リターン)によって実用化にまでこぎつけたとしか思えない。


「ここなら周りが壊れる心配なんてしなくてもいいわ。絶対に壊れないから」

「なんでこんなとこ、お前が知ってんだよ」

「だって私の親、魔界の利益(リターン)で開発を行ってる企業の社長なんだもの」


 今さらっと彼女は重大な事を口走ったように思えた。


「え……? ってことはお前の親が勇者を雇ってる社長ってこと?」

「そういうことになるわね。勇者とか魔界の方には関わっていないようだけれど」

「おま、そんな親ならお前が勇者になってる事とか反対しないのかよ! それに、なんでこんな学校に来てんだよ!? 社長の娘ならもっとお嬢様学校とかさ! そういうとこ行けよ!」

「別に反対はしなかったわ。後を継ぐための勉強って言うと、すぐに許してくれた。ただ……」


 普通に良の質問に応じていた彼女の顔が怒りに染まる。


「あなたに学校の事まで指図される筋合いはない。どこへ行こうと私の勝手よ。それと、『お前』って言うのやめてくれないかしら。私にはちゃんとシャーロットって言う名前があるのよ」


 彼女の言い分は正しく、良が口出しして良い事ではなかった。


「私もそんなに暇じゃないから、始めましょうか? 生意気なお猿さんはちゃんと調教してあげないとね」


 不敵な笑みを彼女が浮かべたその瞬間、白い床一面がスケート場のように凍りつく。彼女の後ろには王様が座るような大きな椅子が凍りによって形作られ、腰を下ろして足を組んだ。

 まさしく氷の女王といった感じの彼女だったが、その様子を見て疑問に思うことがある。


「それ……座ってたらスカート濡れんじゃね?」


 時間が経てばパンツまで浸水しかねないと言おうとする前に、彼女の固まった表情を見て、口を閉じた。

 すると、彼女の頭の上から湯気が出ていると勘違いするほど、顔を真っ赤に染めて身体を縮みこまらせた。


「う、うるさいわね! そうなる前にあなたを倒してやるんだから!」


 激しく動揺しているのか口調にも余裕がないように思える。

 意外と可愛い所もあると、彼女に対しての好感度が少し上昇したところで、彼女の魔法による攻撃が始まる。

 天井からしんしんと雪が降り注ぎ始め、室内が急に冷え始めた。

 息は白く、このままじっとしていたら凍え死んでしまいそうだが、その状況は彼女も同じはず。それに、彼女は自ら氷の上に座って、自らの体温を奪うという何とも愚かな行為に走っている。

 加えて、良は炎の魔法が使えるので、いつでも身体を温めることが可能だ。

 彼女がこの調子で何も仕掛けてこないのならば、じっとしていようとも思ったが、それでは彼女の思う壺のような気もする。

 ずっと座っているのは、その状態でも勝てる見込みがあるから。

 だったら積極的に仕掛けていくべきだ。

 前と同様、両拳に白い炎を纏う。そして、足を動かそうとしたその時、ある違和感を覚えた。それはいつもよりも足が重く感じ、明らかに走る速度が遅くなっていた。

 彼女との距離は十メートルもないはずなのに数十秒かけても辿り着けず、おまけに息も上がりきって、膝に手をついた。その時にはもう両手の白い炎も消えていた。

 すると、ガクッと膝から手がずれ落ちて、そのまま凍った地面に手をついた。するとその瞬間、地面に着いた両手が凍りついた地面と同じように凍りつく。


「う、ぐ……」


 氷水に手を突っ込んだ時の冷たさと同時に、ズキズキと突き刺さるような痛みも感じる。


「あなたの攻撃は一パターン過ぎるの。敵に突っ込んで、炎を纏った拳で殴る。そんな攻撃、あなたが勇者になったばかりだと油断した“キンジョウ”には通用したとしても、これからあなたが出会う危険(リスク)には通用しないわ」


 彼女が言葉を発していた最中に先ほどの足と同様にゆっくりと溶かすイメージをしながら魔法を使う。だが、それだけでは意味がなかった。

 床から手が離れると、前のめりに床に倒れこんだ。


「な、ん……で……?」


 どこも怪我などしていない。足が凍らされたわけでもない。なのに、身体が思うように動かせない。

 この雪に何か仕掛けがあるのか、そのせいで体温を奪われて動けなくなったのか。

 一メートル先に目を向ける。そこには氷の椅子に座って、此方を見下ろす彼女の姿があった。


「魔力不足。魔法を扱えるようになったとしても、魔力をうまく調整しながら使いこなしていないと、今のあなたのような状態になるの。魔界だと空気中に魔力が豊富にあるから問題ないけれど、この世界には空気中に魔力なんて無い」

「う……」


 だから、彼女は余裕だったのだ。何をせずとも、魔法を使えば自滅する事を知っていたから。


「そういうのは……前もって、お、しえろよ……」

「あなたが挑発してくるのがいけなくってよ。それに私はちゃんと……」

「く、そ……ピンク……」


 下から彼女の方を見上げていると、彼女の下着が目に入り、思わずその色で罵ってしまう。

 数秒遅れて、その事に気がついた彼女はスカートを抑えながら立ち上がり、良の頭を踏み付けて凍った冷たい地面に顔を押し付ける。


「この変態!」


 力も入らないので無抵抗のまま何度も何度も踏み付けられた。

 Mではない良にとってそれは興奮するものではなく、ただ、痛いだけだった。

 いつまで続くのかと思っていたその時、先ほどまではいなかったはずの第三者の声が耳に届く。


「おーい。そこらへんにしとけよ、シャーロット。マジで死ぬぞ」


 すると、言いつけどおり、良の頭を踏み付けていた足を止めた。

 うつ伏せの状態のまま、頭だけ動かして横を見ると、一人の男がいた。髪の毛には寝癖がついて、髭は綺麗に揃えられてはいない。スーツを着てネクタイはしているが、Yシャツはズボンの中にちゃんと入っていないし、ネクタイの締めも緩く、全体的にだらしがない。


「よぉ! リョウだっけか? 俺は書道部の顧問やってる八崎(やつざき)ってんだ。気軽に『やっさん』とでも呼んでくれ」


 近づいてくると、屈んで目線を少し下げてくれたのはいいが、握手を求められても今の状態ではできないのは明白だ。

 その様子を見ていた八崎という男は手を引っ込めてポケットに手を突っ込んだ。


「おい、シャーロット。早く魔力回復させてやれよ。意地張ってないでさ。身体は俺が起こしてやるから、ほら」


 八崎の言葉通り、良は両脇を支えられながら身体を起こされる。


「い、意地なんて張っていませんわ!」


 赤らめた顔を良に向けると、彼女は身体を屈めて顔を近づけてくる。そして、本日二回目の出来事。なのに全く慣れてはくれず、心臓はバクバクだった。

 唇と唇を合わせて、離した後のほのかな甘い香りと、今度は恥ずかしそうな顔を彼女が見せていて、思わず良の方も顔を赤くする。


「立てるか?」


 男のその声で我に返ると、先ほどまでとは違い、鈍い重みも無く、軽々と立つ事ができた。


「シャーロットがお前に魔力をやったんだ。生憎、この方法でしか魔力は渡せないんでな。シャーロットが嫌なら今度は俺がしてやろうか?」

「いや、遠慮します」


 この方法でしか渡せないということは、彼女は一回目の時も魔力を渡してくれたのだろうか。

 尋ねたかったが今聞くと、彼女の拳が飛んで来そうなのでやめた。


「一先ず、部室に戻るか。話はそれからにしよう」


 そう言って八崎が親指をパチンと鳴らすと、ぐにゃりと光景が捻じ曲がって、良は目を咄嗟に瞑った。目を開けると、そこにはあの白い空間に来る前までいた部室の光景があった。

 部室ではシャーロットがいた時にはじっとしていた女子高生たちが椅子に座ってお茶を飲みながら談笑していた。

 そして、彼女たちはシャーロットが帰ってきたのを確認すると、すぐに一列に並んでお辞儀をする。


『お帰りなさいませ。お嬢様』

「ただいま」


 良がその光景を見て、驚いているのを八崎はきちんとフォローにかかる。


「あれ、全員、シャーロットの使用人だから。気にすんな。ここはあいつの城って思っとけ」


 耳元でこっそりと彼女には聞こえない声で話すと、いつの間にか十脚以上揃っていた椅子と机に良を座らせた。


「先に言っとくけど、お前もうコミュニティに入ってるから」

「……あ? じゃあ、何の為にこいつ……シャーロットと!」

「そりゃあ、お前の実力測る為だろ。知らんけど。おりゃあ関与してねえから、その話は後でシャーロットにでも聞いとけ。んで、俺が今日話さないといけないのはー……っと――――」


 胸ポケットから一枚の紙切れを取り出して、見始める八崎。






「――――十億円の懸賞金の掛かった“キンジョウ”をみんなで捕まえよう大作戦!」

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