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死亡フラグは既に立っている  作者: 刹那END
1章 「始まり」
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08話 「女王の部室」

 廊下の天井を突き破ってもまだ、骸骨の吹っ飛ばされた勢いは止まることなく、そのまま次々と天井を突き破っていき、仕舞いには建物の屋根をも突き破って宙に放り出された。

 自分でも、よく飛んでいったと思いながら、天井に開いた穴を見上げるが骸骨は落ちてこなかった。

 怖くなって逃げ出したか? いや、そうに違いない、と決め込んで、そそくさと逃げるようにその場を去った。このままじっとしていたら、また骸骨が自分を襲いかねないと思ったからである。もう反撃する気力は、(つかさ)の中にはこれっぽっちも残っていなかった。

 そして、走る最中にズキズキと傷が両手首の傷が疼き始め、腕も十分に振れなくなってくる。すると、足元も覚束なくなって、床に倒れこんでしまった。


(あれ……? 手首だけじゃねえぞ?)


 違和感を感じた顔と手。顔を確認することはできないので、手の甲を目で確かめてみると、野球のグローブのようにパンパンに腫れ上がっていた。

 指も動かせない真っ赤な手は早く冷やしてやらなければ、今後の生活に支障を来たしそうだが、立ち上がろうにもうまく立ち上がれない。


(血が……足りてねえ……)


 皮膚の爛れた手首からは今もなお、血が留まる事を知らずに流れ続けている。

 この血は勿論、良が辿ってきた道にも垂れており、骸骨が良を追いかけようとすれば、それを辿っていけば難なく良の元に現れることができる。


「くそ……このままじゃ……――――」


 意識も段々と薄れてきたと言おうとしていた矢先に、突然、瞼は重くなって意識はどこかにいってしまった。





 次に目が覚めた時にはどうせまた、ベッドの上で身体を拘束されているんだろうと寝ながら思っていた。だが、現実は違った。


 ピッ――ピッ――ピッ――ピピッ――ピピッ――ピピピッ――ピピピピッ――ピピピピピピピ……――――


 聞き覚えのある不快な音。これは毎朝の安らかな眠りを妨げるためだけに開発された時計の音だ。

 この音を止める為にはいつもならば、頭の上の棚にある時計を叩けばいい。その方法を実行すると、時計はちゃんと頭の上の棚にあり、音も止まった。

 しかし、一つだけいつもと違うことがあった。


「いッてぇーな! クソ!」


 手に激痛が走って、ベッドの上から飛び起きるとそこは毎日見ている自分の部屋だった。

 いつの間に戻ってきたんだ? と疑問を抱きながら、怪我していたはずの両手に目を向けると、包帯がグルグル巻きにしてあった。

 ゆっくりと指を動かしながら左腕だけ包帯を外してみて驚いた。


「マジかよ……」


 手首の酷い火傷は消えて、手の腫れも引いていた。


(ってことは右手も……)


 そう思って、右腕の包帯も外してみると、左腕同様に傷はすっかり消えていた。

 そして、今になって自分の顔にも包帯が巻いてあることに気が付いて、どこかのるろうにの敵のような格好を自分がしていると思うと笑えてくる。

 それにしても、あれから誰が、どうやって、家まで運んでくれたのか。幽霊の中に勇者を助けようとする奴はいないだろうし、彩音がここまで運んでくれた可能性の方が高い。


「まあ、母さんに聞けば分かるかぁ」


 顔に巻かれた包帯を外しながらリビングに向かう。

 いつもどおり、キッチンで朝ごはんの準備をしてくれていた母親に事情を聞いたところによると、こうらしい。


 二日前の放課後に交通事故に遭った瀬口良は病院に運ばれ、一晩だけ病院で過ごして、昨日無事に退院して、今に至る。

 つまり、良が魔界に赴いてから既に二日が経っており、母親の頭の中ではその二日間は誰かの手で改変させられた偽の記憶が埋め込まれていた。

 加えて、偽の記憶の中の自分は今回の交通事故がこの前の自殺の件とは何の関係もないことを弁明していた。


 混乱を避けるために母親の記憶を変えてくれていたのはありがたいが、それならそうと勇者の説明をした時に言ってくれればよかったのだ。

 魔力を勝手に埋め込まれていたということもあるし、どうにも病院に来たあの男の勤めている企業は信用できない。

 病院から渡されたという怪しい塗り薬を無理やり母親から手と顔に塗られて、その上から無造作に包帯を巻かれる。

 顔に包帯を巻いたまま学校に行くのはさすがに恥ずかしいと言って、自分で頬にガーゼを当ててテープで止めた。

 謎の塗り薬の効果もあってか、鞄を持った時の手の痛みは無かった。


 学校に行こうと外に出てすぐに彼の目は見たことのある人影を捉えた。

 真面目そうな細い顔に黒縁メガネをかけて、いかにも通勤途中の会社員のような格好をした男。良を勇者に導いた張本人がそこにいた。


「どうも。容態はどうですか?」


 男は深々と頭を下げると、家の前で立ち止まっていた良に近づいていく。


「おかげさまで。なんか用っすか? それなら、いろいろと説明してくれるとありがたいんっすけど……?」

「いや、今日は時間が無いんだ。見てのとおり会社に行く途中。質問があるなら、君のパートナーにでも聞いてくれ」


 ポンっと目の前に差し出される茶封筒を戸惑いながらも受け取って、首を傾げる。


「なんすかコレ……?」

「君の勇者としての仕事の報酬だ。本当は銀行の口座に入金するんだけれど、君のはまだ知らないからね。できるだけ早めに作って、此方に知らせて」


 文庫本一冊くらいの厚さの封筒に男の話を聞いて、何が入っているのか検討がついてしまったために、開けて中身を確認するのを躊躇する。

 いや。まだ、野口英世という可能性が残っている。それを信じて封筒を開けて、恐る恐る中身を外に出してみる。

 福沢諭吉の束が二個入っていた。


「マジで……?」

「君の倒した“キンジョウ”という骸骨には逃げられてしまったが、倒しただけでも功績は大きい。だから、今回の報酬も弾んでるよ」


(あの骸骨、“キンジョウ”って言うのかぁ……)


 頭の中で何かが引っかかったが、それよりも自分の持っている二百万円の方が気になってしょうがない。


「じゃあ、このへんで失礼するよ。君も早く学校に行かないと遅刻するよ?」

「あ、ちょ、これ……!」


 止める間もなく、その場をさっさと去っていってしまった。

 残されたのは両手に包帯を巻いた男子高校生とその手に握られた大金。

 良はとりあえず、学校に行ってから考えようとそう決断を下した。


 鞄の中に大金が入っていると思うと、誰かがこのお金を狙っているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまい、トイレに行くことすら憚られる。

 それにただでさえ、両腕に包帯を巻いて顔にガーゼまでして、多くのクラスメイトからの視線を浴びているので、より一層警戒心が強まる。

 かといってずっと席に着いたまま、周りに目を光らせていても、それこそ不審に思われるに違いない。


(いつもどおりに過ごしてりゃあ、それでいっか。どうせ誰も、俺が二百万持ってるなんてしらねーよ)


 気にせずトイレに行こうと席を立って教室を出てすぐに、ある人物とすれ違う形になる。

 見るなと言われても自然と目が向いてしまうほどに、彼女は特別なオーラを纏っていた。

 まず、他の学生とは明らかに違う箇所がある。それは髪と目の色だ。

 茶色い馬の中に一頭だけ存在する純白の馬のように優雅な彼女は金色の長い髪を揺らしながら、後ろに数人引き連れて廊下を歩いている。

 同じ一年生のはずなのだが、その佇まいは上級生をも圧倒する。

 綺麗な紺碧色の眼と汚い自分の黒い眼が合った瞬間に速効で目を逸らす。

 制服も彼女だけは学校指定のものではなかった。

 こういうタイプの人間と関わるとロクな事にはならない。

 そう予感して、何事もなくすれ違って胸を撫で下ろしたその時だった。


「ねえ。お金はちゃんと身につけて置いた方が良いのではなくって?」


 心臓が一瞬、止まるかと思った。

 いや、まだ良に対して話しかけていると決まったわけではない。彼女の後ろにいた数人の連れに話しかけたのかもしれない。

 その可能性にかけて後ろをゆっくりと振り返ってみる。


 金髪の少女と目が合った。


 既に数人の連れは彼女の背後に回り込んでいた。


「私はあなたに声をかけたんですが? 瀬口良」

「俺……?」


 自らを指差して確認すると、「ええ。そうよ」と言って、近づいてくる。


「普通、同じ学校に通ってるんだったら、挨拶くらいするのが常識だと思わない?」


 彼女の言っている事が全く理解できない良はその質問に答えることはできずにただ呆然と彼女から目を逸らして、窓の外に目を向ける。


「あなた……本当に何も知らないのね。いいわ。放課後、荷物を全部持って書道部の部室に来なさい」


 命令口調の彼女は長い髪と制服のスカートを翻しながら良に背を向け、また同じように数人の生徒を引き連れて、教室に戻っていった。


 彼女とは同じクラスではなかったのが唯一の救いか、放課後までじっくりと考えられる。

 あの出来事によってすっかり尿意がなくなってしまった良がトイレに行くのをやめて急いで自分の席に戻って鞄の中身を確認したが、封筒はちゃんと入っていた。

 彼女の忠告どおり封筒を制服のうちポケットに入れる。最初からこうしていれば、トイレの心配なんてする必要はなかったのだ。

 まず学年で一位を争う美少女の彼女が何故、今朝貰ったばかりの二百万円の事について知っているのか。具体的に金額を口にしてはいないが、十中八九、内ポケットに入れられた封筒の事に違いはなさそうだ。


(もしかして、俺のストーカー……? だったら、めちゃくちゃ嬉――――……じゃなくて!)


 そんな現実味のない事を考えていてもしょうがない。

 良が報酬を貰う事をあらかじめ知っていたのならば、彼女は勇者という職業に関わっている人間か。

 行かないと後々面倒なことになりそうなので、とりあえず今日の放課後は、彼女の指定した書道部の部室に行くことにしよう。

 じっくり考える時間があると思っていたが、考える頭が無いのでそんな時間は必要なかったようだ。





 書道部の部室。

 どこにあるのだろうと探し回る必要は無かった。校門から教室に辿り着くまでの道のりにぽつりと存在していた。毎日見ていたのに気にも留めていなかったので、気が付くのに時間が掛かった。

 言われたとおり鞄を持って書道部の部室の前に来た良だが、そのドアをノックすることに躊躇いを覚える。

 社長に呼び出された平社員と同じような気分だ。何も悪いことはしていない筈だけれど、呼び出されただけで心配になる。

 今、書道部室のドアの前でじっとしている良は、誰かが通る度に視線を向けられているのが見なくても分かる。

 こんなにも学校が息苦しいと思ったことはない。


 コンコンコン――――。


 二回のノックはトイレの時と聞いた事があったので、咄嗟に三回ドアをノックをする。

 すぐに反応はなかった。すると、無言のままドアが内側に開き、中へと足を進めると書道部の部員がドアを閉めてくれた。

 部室は教室と同じ大きさだが、机と椅子は二個ずつしかない。

 書道の道具は置いてあるが、本当に使っているのかは疑問である。

 そして、部室の中で一際目立っていたのはフカフカの椅子に腰を下ろして、足を組んでくつろいでいる金髪の美少女だった。


「とりあえず座ってくださる?」


 彼女の発言から一秒も経たないうちに部室にいた数人の内の一人によって、彼女と向かい合うように椅子が置かれ、彼は大人しく椅子に座って、鞄を膝の上に置いた。

 すると、その椅子を動かした人物が良の横に来て、鞄を渡せと手を差し出してくる。

 何の疑いもなく鞄を渡した瞬間に、別の人物によって机が彼の目の前に持ってこられ、鞄は机の横に掛けられた。

 それから数秒も経たないうちに机の上にコーヒーとスプーン、砂糖とミルクが置かれた。

 どこからこんな物を用意したのかと辺りを見回す暇もなく、目の前の圧倒的な存在が話し出す。


「あなた、勇者にはコミュニティがあるってご存知?」

「コミュ……?」

「魔界は危険の多い場所。二人一組が一緒になって行動する勇者だけれど、二人だけでは対処できない事案も多くある。なら、勇者同士協力し合うのが効率の良い方法だと思わない?」


 彼女の狙いはそのコミュニティに良を引き入れることなのだろう。そして、彼女の振る舞いを見る限りでは、そのコミュニティの代表が彼女のようだ。

 だが、彼女と関わるとやはりろくなことにならない気しかしない。ここは断るのが無難か、と考えていた。


「だから――――」


 彼女がにやりと笑ったその瞬間、良の両腕は忽然、後ろに引っ張られて椅子の背で両手首を拘束されたような姿勢で動かなくなる。

 コーヒーの乗った机が滑るように横に動かされるのと同時に目の前の少女が立ち上がった。


「な、何を……――――!」


 良が声を上げようとした時には彼女は目の前にまで来ていて、彼女の右手が良の顎に触れた。

 そのままクイっと顎を持ち上げて、彼女と目が合ったその刹那――――





「!!!!!!!!!!!!!?????????????」





 自分の身に何が起きているのか初めは理解できなかった。

 彼女の顔は目と鼻の先にあり、綺麗な黄色い髪を耳にかけると、シャンプーなのか甘い香りが辺り一面を包み込む。


 ――――彼女の唇と良の唇が触れ合った。


 それはほんの一瞬のようで、とても長い時間だったような気がする。

 ゆっくりと彼女が唇を離すと、甘い香りだけが残り、口の中から鼻を通った。

 そして、彼女の手には内ポケットの中に入れていたはずの二百万円の入った封筒があった。

 全ては彼女の作戦だったのだ。廊下ですれ違うときに言った言葉は身につけさせて置く為の布石。

 良とのキスは内ポケットから封筒を抜き取るための手段に過ぎなかったのかもしれない。

 だが、今の良は全くといっていいほど頭が動いていなかった。


「――――入ってくれるよね?」


 彼女は小悪魔のような笑みを浮かべてみせた。

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