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死亡フラグは既に立っている  作者: 刹那END
1章 「始まり」
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07話 「妄想癖炸裂」

「お前は勇者か? あんな奴らに拘束されるところをみるにまだ初心者。あいつらまだ、人数を増やしているのか。まるでモルモットだな」


 (つかさ)は瞑っていた目を開けて、あっけらかんとした顔で髑髏を眺める。

 何か言われた後、すぐに殺されるかと思っていたからだ。それほどまでに目の前の骸骨の威圧感というか殺気が凄まじかった。骸骨という外側の威圧感に気圧されたというのもあるが、それよりも深い、内側からとてつもない何かを感じ取っていた。

 全てを吸い込んでしまいそうな目玉のない黒い穴をじっと見つめていると、己が飲み込まれていく感覚に陥る。


「小僧。お前は何に恐怖してる? この骨だけになった肉体が怖いか?」

「ど、どうでしょう……?」


 やはり、外見じゃない。もっと根底にある何かが怖い。そして、骸骨のその低い声を聞いてすぐにわかった。

 自分を何かに利用しようと考えている。そして、利用できないとわかれば、殺す。


「勇者は二人一組で行動してると聞くが、お前のパートナーは女か?」

「は、はい。そうです」


 良が頷くと、数秒間何かを考えるように黙り込み、その後髑髏の顔は笑みを浮かべたような気がした。それはたぶん、気のせいではない。利用できる手段を思いついたのだ。


「今、外にその女がいる。俺もこのタイミングで起きるとは思わなかった。ネズミが俺に報告した後に精霊にでも頼んで治療してもらったようだ」


 彩音が起きたという骸骨の言葉を本当は信用していいわけがないのだが、心の底から安心している自分がいる。当たり前だ。自分のせいで彼女は大怪我を負ったのだから。

 それよりも気にするべきは彩音が怪我を負っていることをこの骸骨が知っていたということだ。

 幽霊の中の“ネズミ”が情報を漏らしているのか。それとも、幽霊ではない何者かが幽霊を見張っているのか。

 ただ分かるのは今の状況で考えるべきことではないし、言い方が悪くなるかもしれないが、彼にとっては幽霊がこれからどうなろうと、裏切り者がいようと、どうでもいい。

 勇者は信用できないとか何とか散々言われた挙句に拘束までする。そんな連中がどうなろうと。


 しかし、何かが違う。自分の思い描いていた勇者とは何かが違うような気がする。

 なんで勇者になりたかったのか。それは悪を消し去りたかったからじゃないのだろうか。正義を貫き通したかったからじゃないだろうか。

 自問自答していくうちに抜けられない落とし穴にはまってしまった。

 この落とし穴に抜け出すよりも先に今の現状を打破しなければならないだろう。


「その女が俺たちにとって厄介だ。だが、お前はその女とパートナー。つまりは……分かるな?」

「……多分、俺に人質の価値なんてないと思いますけど……彩音ともまだ会ったばっかだし」

「お前の意見など聞いてない」


 感情のこもっていない低い声でそう告げるのと同時に、ベッドに良を縛り付けていた拘束具から黄色い炎が上がった。


「あッつ!?」

「お前は大人しく俺と来い。それだけでいい」


 拘束を解いてくれたのは良しとして、燃やす以外に方法がなかったのかは疑問だ。熱いと感じたところは火傷はしていなかった。

 久しぶりに体を起こしたように思ったが、本当のところどうなのかはわからない。起きた時に空腹感があったことからここにきて十時間は経っていそうだ。


 骸骨は良に背を向けて、出入り口の方に足を進める。

 その様子を窺いながらベッドの上から降りて、足元にきれいに揃えてあった靴を履く。そう言えば、ここに来る前に来ていた制服を今は着ておらず、病院の入院患者のような水色掛かった服装だった。

 このままの状態で家に帰ったら親に怒られそうなので回収しておきたいが、目の前の骸骨はさせてくれないだろう。

 だが、このまま何の拘束もせずに外に連れ出すつもりならば、隙を見て逃げるチャンスがあるかもしれない。

 そう思っていたのも束の間、骸骨の真っ黒な目が良に向けられた瞬間、さっきと同じような黄色い炎が骸骨の掌から伸びて、抵抗する間もなく、両手をその黄色い炎によって拘束されてしまった。

 両手を拘束する黄色い炎は骸骨の手と繋がっており、骸骨が歩き始めると、その黄色い炎に手を引っ張られてしまう。

 これでは逃げることなどできない。加えて、骸骨は「抵抗すれば手を燃やす」と言ってきたため、何もできない。


 勇者になってから散々なことしかない。

 思い描いていたのは気持ちよく敵を倒していく、そんな勇者だ。人質になる勇者など想像もしていなかった。

 正義を貫き通す。そんな事などどうでもよくて、敵を一掃する最強に憧れていただけなのだ。

 魔界に来るまでは順調だったような気がする。獣の攻撃を空高く飛んで避けたり、彩音を負ぶって走っても全く疲れなかった。

 あの手術のせいで身体に何かしらの変化が起きているのかもしれない。それにモルモットと言っていた骸骨の言葉も気になる。

 このまま何もしないで骸骨の言うことに従っていたら、用済みになったら殺されるのだろう。ならば、生き残る道に賭けた方が良いに決まっている。

 ここで死んだとしても塩屋のような幽霊になるだけだ。



 だったら、何かしらの能力(ちから)が自分にはあると、そう思い込んで目の前の骸骨に抵抗しよう。



 骸骨から伸びる黄色い炎に引っ張られて歩いていた足を急に止めると、逆に骸骨が引っ張られて足を止めざるを得なくなる。

 ゆっくりと後ろを振り向く骸骨の目が捉えたのは、真っ直ぐ自分を見つめてくる良の姿だった。


「燃やされたいのか?」

「いや、燃やされたくないっす」


 じっと睨みつけるように、眼球のなくなった黒い二つの空洞を良に向けた後、すぐに前を向いて何事もなかったかのように歩き出す骸骨にまたついて行く良。

 怖気づいた訳ではなく、機をうかがっていただけで、骸骨が廊下の角を左に曲がったその瞬間に良は動き出す。

 両手を勢いよく自分の方に引き、今度は右に素早く動かした。

 良のその行動によって曲がった角から良の視界にまた現れると、両手をその場でぐるりと回転させて、良を拘束している黄色い炎と骸骨とを繋ぐ細長い紐状に伸びた黄色い炎を巻き取ってその長さを短くする。そして、骸骨に背を向けて、背負い投げの要領で頭の上から勢いよく両手を自らの足元にまで持っていった。

 すると、骸骨の身体は宙を舞って天井を掠った後に、激しく地面に叩きつけられた。

 骸骨が何の抵抗も見せずにやられっぱなしだったのは多分、黄色い炎が自分と繋がっている限り、すぐに燃やすことができるからだ。

 どうにかして外す事はできないかと力を入れるが、外れない。


(どうすりゃいい……? このままだとマジで燃やされる! 誰かに外して貰うしか……!)


 そう思い立って、骸骨を引きずりながら全速力で建物の中を走り回って、黄色い炎の拘束を外してくれる誰かを探す。だが、それまでの間、ずっと骸骨が大人しくしているはずがなかった。

 数秒後、黄色い炎で拘束された良の手に変化が訪れる。

 炎の色が段々と薄くなって、白色に近づいたその瞬間、熱さを通り越した痛みが両手に走った。

 声も出ないくらいの痛みに地面に伏した良を見下ろす骸骨。その手にはもう既に良を拘束している黄色い炎との繋がりはない。


「若くて威勢が良いのは構わないが、それが原因で死ぬのは何とも滑稽な話だ。勝手に押し込まれた魔力の使い方も知らずに、ただ、勇者であることに淡い期待を抱きながら死んでいく」


 今自分の手がどうなっているのか怖くて見ることもできない。手首から先がちゃんとくっついているのか分からない。

 骸骨の言葉は耳を素通りし、痛みだけが良の中の全てを支配していた。

 ただ、このままだと痛みと同時に恐怖が襲い掛かり、その後、死が待っているだけだ。

 そんな結末を望んで、抵抗しようと思ったわけではない。当たり前だ。

 痛みを必死に堪えながら立ち上がり、自らの両手を恐る恐る見ると、涙が溢れるくらいに痛みが増した。

 手首から先は問題なく存在していたが、手首の部分は地面にボタボタと滴り落ちるほど出血しており、皮膚は爛れて、黒く焦げている部分さえある。

 指をゆっくりと動かすと、その度に激痛が走って、良の顔は歪んだ。

 冷静になったからか、素通りしていたはずの先ほどの骸骨の言葉が頭の中から湧き出てくる。

 溢れる涙を肩で拭いて、深呼吸する。痛みはまだあるが、動かさなければ耐えられる。

 骸骨はその間、良の様子を興味深そうにまじまじと見つめるだけだった。


「魔力が押し込まれたってどーゆーこと?」

「この魔界には魔界の者しか存在できない。それを克服して魔界に存在する為の方法として発見されたのが、人間に魔力を埋め込んで、幽霊と似せる存在にすること。だから、お前ら勇者は魔界に存在できる。ただ……――――いや、やめておこうか」


 いつ魔力が押し込まれたのかは分かりきっている。あの手術の時以外にはあり得ない。

 骸骨は何かを付け足そうとしていたが、今はそんなことを気に留めている余裕などない。

 一定の間隔で落ちていく雫は彼の足元に大きな血溜まりを形成し始めている。このままいくと失血死する可能性だってある。


「俺はその魔力の使い方なんて知るわけねえ」


 アドレナリンが分泌されることを願い、痛みを堪えながら、手を握り締めて拳を作る。その拳を目の前に突き出して骸骨を睨んだ。

 ボクシングなんてしたこともないし、人を殴ったこともないが、今はそんなこと言っていられない。それに、こんな体勢になったまでは良いが、殴るという考えなど毛頭なかった。


「でも、死んで地獄を見るようなお前にできるなら、俺にだってできる!」


 魔法を今使えるようになることに賭けるしかなかった。

 骸骨は何も答えず、骨だけの細い掌を良に向けた。

 次の瞬間には目の前に薄い黄色い炎が迫ってきていた。

 避けるにはもう遅い。その炎を何もできずに燃え尽きるか、魔法を使って相殺するか、その二択。

 彼は自らの構えた右拳を近づく炎に向けて勢いよく振るった。



 刹那、振るわれた拳から真っ白な炎が噴出して、骸骨が放った炎を無効化した。



 骸骨は見た目どおり、目を見開いているようで、一瞬動きを止めた。しかし、良はそうではなかった。

 即座に骸骨との間合いをつめて、今度は左拳の方を骸骨の腹目掛けて放った。

 ボフンッというような小さな爆発音と共に骸骨の身体は後方に吹っ飛ばされて、激しく壁に叩きつけられる。そして、地面に倒れこんだ。

 アドレナリンが出ているのか、痛みも忘れて自らの両手をグー・パー・グー・パーと開いたり閉じたりする。

 笑いがこみ上げてくるほどに魔法が使えたことへの実感が気分を高揚させた。

 つまらないと決め込んだ今までの人生の中で、生を実感できた一番の瞬間だった。

 魔法を使うのは簡単だった。頭の中で思い描いて、力を込めれば使えた。


「魔法は鮮明に想像しなければ使えないはずだ……お前は妄想癖でもあったのか……?」


 骸骨は呆れるように呟いて、立ち上がる。良は自らの首を縦に振って、その言葉を肯定した。


「勇者になりたいって教師の前で言うくらいだし。現実じゃ起こらない事ぐらいフツーに想像できるぜ!」


 堂々と胸を張って言える事ではないが、今はそれができる。そして、今なら目の前の骸骨をボコボコにしてやれそうな気もした。


「後悔させてやるよ、ここで俺と出会ったこと!」


 大きく広げた右掌に白い炎の球を作り出すと、骸骨に投げつける。しかし、さっきは驚いて油断した隙にやられた一発だったので、今度はそうはいかない。

 良との間合いをつめながら、炎をするりと避ける。

 建物の中というのもあって、狭くて動きづらいがそれは骸骨も同じこと。後方へと下がりながら、今度は大きな白い炎の壁を目の前に作り出した。

 急に目の前に現れた白い炎の壁だったが、骸骨の方は冷静だった。

 骸骨のほうから良が見えないということは逆も然り。そして、良の逃げた方向の廊下はただ一直線に伸びており、他に道はない。骸骨は間合いをつめることをやめて、右手に魔力を集めだす。次の瞬間、骸骨の手から直径一メートルの白い炎の柱が床と平行に一直線に伸びて、炎の壁を突き破った。


「うぉあ!」


 良の変な叫び声と共に白い炎の壁は小さくなって、床と壁に少しだけ残り、骸骨の手から伸びていた炎は消える。

 すぐに良を始末しようと走り出した骸骨だったが、骸骨の目が捉えたのは誰もいない廊下だった。


「どこへ――――!?」


 そう言って、辺りを見回そうとしたとき、良の血の跡が目に入る。

 いつもであればすぐに気が付いたはず。それほど、良に乱されているのかと思うと骸骨の胸中は穏やかではなかった。

 床に点々と付着した血の跡を追いかけて、自らの横の壁を見ようとしたその時、壁に残っていた炎が消えて、そこから良が姿を現した。

 良が白い炎の壁を作り出したあの時、炎の壁の近くの、廊下の壁のできるだけ下の方に穴を開けた。そして、その穴の中へと身を隠し、穴が分からないように白い炎で覆った。

 骸骨が攻撃を仕掛けた瞬間に変な声を上げて、白い炎の壁を消して、少しだけ床や壁に白い炎を残せば、完成。



「俺の――――勝ちだ!」



 低い体勢から地面スレスレに動いていた右拳はそのまま白い炎を纏ながら振り上げられて、骸骨の顎に命中し、骸骨の身体を天井を突き破って吹っ飛ばした。

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