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死亡フラグは既に立っている  作者: 刹那END
1章 「始まり」
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02話 「職業:勇者」

 あんなどうでもいい発言で最後を締めくくらせた彼女への恨みは彼の意識が飛んだ後の夢の中で噴き出し、このまま死ねば怨霊になって彼女を呪いかねないと思っていたがそんな事はなく、彼は生きていた。


 しかし、彼は一命を取り留めたことによって、現実世界で悪夢を見ることになる。


 その悪夢というのは少し頭を動かせば分かる事だった。

 彼の受けた傷は化け物の大きな鉤爪で右腕と背中の肉を深く抉られたもの。そして、背中には身体を動かすのに重要な神経が走っている。

 そんな背中の肉が深く抉られたということは、身体のどこかが動かせなくなってもおかしくはないのだ。

 その事実を彼は自分自身で導く事はできなかった。





 ゆっくりと目を開けると真っ白な天井が映り、彼はすぐに自分のいる場所がどこなのか理解する。


「……病院だ」


 入院の経験などなかった彼でも消毒液のにおいなどで判断できた。

 病院に入院しているという今の状況に新鮮さを感じながら、少しだけ彼の気持ちを高ぶらせる。何故なら、こうやって入院していれば彼は勉強もせずにただ、ダラダラと寝て過ごすだけで生きていけるのだから。

 どんな幸せな生活が待っているのだろうと笑う彼だったが、その表情も長くは続かなかった。

 自分のベッドの横で椅子に座ってじっと彼の顔を見ている人物を見て、その表情が固まる。

 その人物は鬼のような形相で彼を睨みつけていた。


「あ……えっと……ごめんなさい?」


 咄嗟に謝ったその行動は自分でも訳が分からず、語尾に疑問符とつけてしまう。

 毎日顔をつき合わせている母親の顔はいつにも増して怖かった。

 床を蹴るようにして椅子から立ち上がった母親は自らの右手を振りかぶって彼の頬を勢い良く叩いた。

 バチンという音は病院の全ての病室に聞こえたのではないかというほど響いて、彼の左頬も赤く染まった。

 さっきまでは鬼の形相だけだった母親の目に、涙が浮かんでくる。

 母親の気持ちも分からなくもないので、反省しないといけないと思った彼だが、母親の第一声を聞くと、その目を大きく見開かせた。


「どうして自殺なんかしようとしたの!」

「……はい?」


 何を言ってるんだこの人は、と彼が思ったのも仕方がない。彼は自殺しようとは考えていない。

 人を助ける為に怪物に突っ込んだと言うのは自己犠牲の何物でもないので、その行動を自殺と言われてしまえば返す言葉も無いが、最終的には彼は生きようとしていた。


「いや! 俺自殺しようとしたんじゃなくて! 人を怪物から助けようと――――」

「何言ってるの!? ビルから飛び降りて自殺しようとしたんでしょ!」


 母親の言葉にますます頭が混乱してくる。

 何を言っている、と大きな声で言いたいのは彼も同じだった。

 あの住宅地の周辺には飛び降りれそうな高いビルなどなく、また、彼自身そんなところに赴いた覚えもない。

 しかし、母親の眼差しは真剣そのもので冗談を言っているようには思えなかった。


(ちょ……どーゆーことだよ……?)


 どうして母親は彼が自殺しようとしたと思っているのか。それは多分、誰かにそう言われたからだろう。

 その誰かと言うのはあの現場にいた二人の人物のどちらかなのか、それとも別の誰かなのか。

 全くその誰かがどんな意図でそれを行ったのかもわからない。

 誰かにその意図を説明してほしいと願うが、生憎、病室には彼と母親の二人しかいない。


 まずは、母親の誤解を刺激しないように解かなければと釈明し始めた瞬間、病室のドアが開き、彼の見たことのない男が入ってきた。

 男はいかにも真面目そうな細い顔をしており、黒髪で眼鏡を掛け、黒いスーツに青色のネクタイをしていた。人生の全てが上手くいってそうな、そんな男だった。


「お! 目が覚めたんですね! 良かったです!」


 嬉しそうににっこりと笑う男のその表情は詐欺師のような巧妙な作り笑いにしか見えない。


「この度は本当にありがとうございました。こんな息子を助けていただいて……」

「いえいえ。当然のことをしたまでですよ」


 全く知らない男に対して、母親は深々と頭を下げる。

 息子が自分の事を訝しげな表情で見ている事に気が付くと、息子に説明する。


「ビルから落ちたあんたを救急車が来るまで必死に手当てをしてくれた恩人よ! この人がいなかったら死んでたって救急車の隊員の人も言ってたんだから!」

「それは……どうも……?」


 中途半端な感謝の言葉を述べてしまったものだから、母親は自らの拳で彼の頭を軽く殴って、「すみません」ともう一度、男に頭を下げた。


「ちゃんとお礼言いなさい! 私はお父さんに電話してくるから!」


 母親はそう言って病室を飛び出して、他人同士の二人が病室に取り残された。

 尚も笑顔を振りまいている男に対して、彼もぎこちない笑顔で返そうとした時、男の表情が一瞬にして真剣な無表情に変わる。


瀬口(せぐち)(りょう)。君には二つの選択肢しかない」

「あの……(りょう)じゃなくて(つかさ)って読むんですけど……」


 その訂正を聞いた時、男は一瞬だけ口を動かすのを止めたが、謝りもせずに続け始めた。謝らせる為に彼も訂正したわけではないので、問題はないのだが、母親がいた時とは明らかに態度が違うことに関しては少し、頭にきていた。


「死か実験体か。どちらを選ぶ?」

「は……あの……誰なんですか?」


 母親曰く彼を助けたと言われて現れた挙句に、自分には二つしかないという選択肢を示してきた。

 その二つの選択肢と言うのも何ともおかしな二択だった。死ぬと言うのは単純かつ絶対に避けたいものだが、実験体と言うのは曖昧だ。それはなんの実験なのか。実験体なれば死ぬことだってありえたりするのではないか。つまり、どちらにしても彼は死ぬと言うことだ。

 そう考えると「死ね」と言っているようにしか男の言葉を捉えられず、ますます頭にくる。

 それでも平静を装いながら敬語で男の正体を尋ねかけてみたが、男はその質問に答えることなく物騒なものをスーツの内ポケットの中から取り出した。


「質問しているのはこっちだ。死か実験体か。君はどちらを選ぶんだ?」


 漫画やゲームの中でしか見たことのないそれを片手に持った男。

 その正体は銃で、男は何の躊躇もすることなく、引き金に手を掛けたまま銃口を彼の額に押し付ける。

 それを押し付けられた彼は無意識のうちに両手を頭の上に上げようとするが、右手に激痛が走り、それも断念した。

 男のいう実験体になって苦しい思いをして死ぬのなら、今ここで死んだほうがいいと思った。


「い、痛いのとか嫌なんで……死でお願いします」

「もうこの世に未練は無い、か?」


 一瞬、頷くのに躊躇った。化け物に襲われそうになった時に生きることに執着した自分が頭にこびり付いている。

 しかし、男は彼の返答を待たずして、物騒な黒い物を彼の額から離して、スーツの内ポケットに片付けた。


「いや、死ぬのが嫌なら死ななくてもいいんだ。最初から実験体っていう選択肢しかないからね。それが嫌だって言うんなら、話は別だけど、それは多分ありえない」


 ほっとしたような表情で話す男だったが、男よりもほっとしているのは彼の方だった。

 いきなり銃を突きつけられたのだから無理もない。


「もうそこまで緊張しなくてもいいよ。君を試しただけなんだ。あそこにいたということは一般人の可能性も低いから敵かもしれないってね。敵であれば銃を突きつけた時点で反撃されてただろうから。まずは一安心だよ」


 自分を試したと言う男は勝手に胸を撫で下ろしている。

 男が何をしたいのか分からなくなっている彼は怒りも消えて戸惑っている。

 最初は彼を助けたと言われ、その後彼を殺そうとし、最終的に殺そうとしたのは試しただけ。

 どれが本当のことなのか。分からない。

 ただ分かっているのは目の前の男が彼の味方ではないと言うことだけだった。


「試すようなマネをしてすまないが、こっちも仕事なんだ。この案件は色々と大変なんだよ。君が出会ったのは世間に知られてはいけない存在なんでね。さて、ここから話すのは君の処遇のことなんだが、それよりもまず――――下半身は動かせるかい?」


 唐突の質問に彼は「逆に動かせないの?」と思った。

 当たり前だ。昨日まで動いていたのだから、下半身に影響を与える事をされない限り、今も動くに決まっている。

 しかし、その下半身に影響を与える事に思い当たる節があった。化け物につけられた背中の傷だ。

 恐る恐る彼は自らの膝に力を入れようとするが、力は入らず、膝は上がりもしない。

 そして、寝た状態から身体を起こそうとしても起こす事はできなかった。


「脊髄を傷つけてしまったんだ。だから、下半身を動かせなくなった。これで晴れて君も障害者の仲間入りだ」


 余計な一言によって、彼の眉間にしわが寄っていることに気づいた男は慌てて彼を(なだ)める。


「ごめん! 君を怒らそうとしてるわけじゃないんだ。僕たちはそんな君の下半身を動かせるようにする。その代わりに実験体になってもらいたい。嫌なら、下半身はそのままだ」

「実験実験ってさっきからそればっかり言いやがって……何の実験なんだよ!? てか、何の実験か分かったとしても俺はお前に協力する気なんてさらさらねえ!」


 丁寧な言葉遣いも忘れて怒鳴り散らした。

 男も汚い言葉遣いで返してくるかと思いきや、そんな事はなく、言葉を紡いだ。


「分かった。また明日来るよ。それまでに考えておいてくれればいい」


 彼に背を向けた男はそのまま病室を去ろうとしたが、ドアの取っ手に手をつけた状態で動きを止めた。


「言っておくけれど、僕も以前、下半身が動かせなかった。その時は本当に――――地獄のようだったよ」


 その言葉を言い残して、男は病室からいなくなった。

 言葉の真意は分からなかったが、彼はすぐにその真意を理解する事となる。





 翌日。

 予告どおり、男は病室に現れた。

 上半身を起こしている状態の彼の選択はもう既に決まっていた。


「俺の下半身を……治してください。お願いします」


 頭も下げて懇願した。

 昨日味わった現実はまさに地獄だった。しかし、それはまだ、地獄をほんの少し見ただけだろう。これからもずっと下半身不随のまま生きるならば、昨日以上の地獄が待っているに違いない。

 彼が昨日体験した地獄と言うのは、尿意も便意も感じられずに、便は他の人の手によってかき出されなければならず、また、それが定期的に決まった時間に行われるということ。そして、医師からの説明によると、これから毎日リハビリを繰り返して、車椅子に自分で乗れるように、車椅子からベッドに乗り移れるようにしなければならないということ。

 昨日、一度だけその練習をしたが、到底そんな事はできるようにならないと思った。


「何回も練習すればできるようになるんだけどね。それまでは本当に地獄だったよ」


 昔のことを懐かしく、だが、もう戻りたくはないような複雑な心境で語る男。

 そんな男の苦労が身に染みて分かった彼は少しだけだが男を見る目が変わった。


「実験についての説明は後にしよう。まずは早急に君の下半身を治さないとね」


 男が指をパチンと鳴らした瞬間にぞろぞろと白衣を来た人々が病室に入ってきて、彼は何も言えないまま、手術室に運ばれた。

 つまりはこれで男の言う実験体にならなければいけなくなったのだ。

 手術が終わってからの二週間、足を動かすためのリハビリと、男の言っていた実験体の説明を受けた。


 今、彼の生きている世界とは別に魔界と言う世界が存在する。

 その魔界には龍、獣、霊の三種類の生物が存在し、彼の遭遇したのは龍だった。

 二つの世界の中間地点が、先日彼が迷い込んだ、人のいない住宅地で、危険な生物と相対するかもしれない為、人が誰も住んでいないという。

 男の属している組織はその中間地点よりも先にある魔界へと赴き、魔界にだけ存在する珍しいものをこちら側の世界に持ってくる仕事を請け負っているらしく、その為の人材として彼に働いてほしいとのことだった。

 しかし、その仕事は魔界の珍しいものである利益(リターン)だけでなく、魔界の生物による攻撃である危険(リスク)も伴う仕事であった。加えて、魔界のことは世間に知られてはならない。

 実験体と言うのはこの危険(リスク)を排除して、利益(リターン)を得る仕事のことだった。


「今、各国が国をあげて魔界の利益(リターン)を得ようとしてる。最近、話題になっている人間並みの人工知能を持ったロボットもこの利益(リターン)によって作られたものらしいんだ。それに、君の下半身を治した技術もまた利益(リターン)だ。そんな夢の技術を得ようと外国も躍起になってるんだ」

利益(リターン)を集めてくるのが、下半身治してもらったことのへの謝礼ってことですか?」


 彼の質問に男は首を横に振った。


「それは前提の契約金とでも考えておいてくれ、この事実を公開しないことのね。利益(リターン)を得た時の報酬はまた、別の話だよ。ちゃんとした仕事なんだ。名前も実験体なんかじゃなくて、“勇者”っていうのがあるんだ。仕事に見合った報酬は与えるつもりだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、彼は笑い出しそうになるのを必死に堪えた。

 渡りに舟とはまさにこのことを言うのだろう。


「なんでそこまでして勇者がほしいんですか?」

「各国の競争が激しいのもそうだけど、一番の理由はこの頃、魔界からの危険(リスク)が増え始めているんだ。その原因はまだ突き止められてない。加えて勇者の数も減少している。今、僕たちは猫の手も借りたい状況なんだ。それに君にとってもこれは悪くない話だ。勇者になれば、高校を卒業して大学にも行かず、どこにも就職しなくても苦労はしないだろうからね。それほど報酬は多い」

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