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死亡フラグは既に立っている  作者: 刹那END
1章 「始まり」
12/14

12話 「青く染まった瞳」

「変態」


 シャーロットは手に持った縄を使って、(つかさ)の両手足を拘束する。

 結び方が緩いので力を入れるとすぐに外れてしまう。


「ちょっと! わざと外れるようにしてあるんだから、外さないでくれる!?」


 その発言でやっと、彼女が今からやろうとしている事がわかった。というよりも、思い出した。



 内通者は傍受の危険性がある機械はおそらく使わず、魔法によって“キンジョウ”と連絡を取っている。

 だから、魔力の有無や大小で内通者を特定しようとした。

 そして、内通者を見つけ出した後、その内通者に“キンジョウ”に連絡させる。


『良と彩音が局に訪れた。他の局員に見つかる前に、拘束して眠らせてある。引き取りに来てくれないか』


 引き取りに来た“キンジョウ”を捕まえる。



 これが理想の作戦。

 だが、この作戦通りに行くとは限らないので、いくつかのイレギュラーな事態を八崎は説明していた。

 勿論、良の頭の中には理想の作戦しか入っていない。


「ホントに眠らされんの?」

「聞いてなかったの? ただ、眠っているフリをすればいいの」

「ふーん」


 本当にそんなのでうまくいくのか、という疑問はぶつけずにこれから捕まえる“キンジョウ”という骸骨を思い出す。

 低い声で淡々と話す髑髏の姿が頭の中に浮かぶ。


「シャーロットは“キンジョウ”見たことあんの?」

「無いわ」


 その姿を知っているのは、彩音と自分だけ。

 嫌な予感がした。今の作戦は“キンジョウ”の声を聞いた事のない八崎が考えたものだ。

 背筋を凍らせるような低い声を、聞いたことがないのだ。


「もうちょっと作戦を――」


 「――考え直した方が」と続けようとした時、タイミング悪く、八崎と内通者と疑われた三人が急に目の前に現れる。


「三人とも内通者。それに、彩音を狙ってる理由も白状したよ」


 どうやって白状させたのかはここでは聞かないことにする。

 内通者をしていると言うことはそう簡単には自白しないように何かしらの脅迫か訓練か受けているはずだ。

 そんな人たちから白状させたと言うのは、それ相応の事をしたのだろう。

 だから、何も聞かないほうが平和でいられる。


「“キンジョウ”は彩音を捕まえて、獣類と霊類の戦争を起こそうとしてる」


 彩音を縄で拘束していたシャーロットも手を止めて、訝しげな表情で八崎を見る。

 良はただ意味が分からず、ぼーっと八崎を見ていた。


「どういうことでしょう?」

「彩音が霊類……いや、霊王にとっての最重要人物だからだ」


 良がふと彩音の方を見ると、彼女はぎこちなく微笑んだ。

 そして、自分の口からその理由を話した。


「私、霊王の実の娘なんだー」


 霊類の中のトップが霊王で、その霊王の実の娘が彩音。


「じゃあ、アヤネは人間じゃねえの?」

「人間だよ! お父さんも人間だし! 死んで幽霊になっただけ!」


 死んで幽霊になって、霊王になるというのはどのくらいすごい事なのだろうか。

 良はいまいちピンときていない。

 だが、戦争が起こるというのは、なんとなく理解できた。

 実の娘が連れ去られたと知ったら、その娘の父親は黙ってない。


「獣類と霊類が争えば、確実に霊類が劣勢に立たされる。魔界の力バランスが崩れて大変な事態に繋がってしまう」


 勝ち目のない戦いだったら、話は別だ。

 実の娘だとしても切り捨てるしかない。


「いいや。霊王は絶対に戦争を起こす。だってあいつ――――すっげー親バカだもん」


 「えへへ」と照れる彩音。

 娘の為に戦争を起こしかねない父親がいると聞いたので、もう、彼女をバカにするのは極力やめておいた方がよさそうだ。


「まあ、目的も分かったことだし、“キンジョウ”捕まえるか! オー!」


 一人、天に拳を突き上げる八崎。

 良と彩音は縄で拘束されていてできない。シャーロットは完全にスルー。

 一人取り残されたような気持ちになった八崎は切り替えて、作戦に移った。



 内通者に“キンジョウ”と連絡を取らせて、良と彩音を拘束し、薬で眠らせている旨を伝えさせる。

 何の抵抗もせずに三人は八崎の言う通りに動いていた。

 良と彩音は縄で拘束された状態でずっと床に寝転んでいる。

 二人のいる部屋には三人の内通者の内の一人がいて、八崎とシャーロットと残りの二人は別の部屋にいた。

 良と彩音の部屋はカメラによって撮られ、八崎の目の前の画面に鮮明に映し出されている。


「もうすぐ、約束の時間になるけど、“キンジョウ”はどうやってこっちに来る?」

「前回と同じような方法だと思います」


 具体的な方法を聞きだそうとした八崎の頭に過ぎったのは自らの能力だった。

 すると、その瞬間、画面に映っていた三人の人物が画面から消える。



「……あれ……?」


 まだ眠っているフリをしていなかった良が異変に気づく。

 今まで見えていた部屋の景色が暗転したのだ。


「停電……? おーい。やっさ――――」


 縄を自力で外してその場に立ち上がった良だったが、鈍器で硬いものを殴りつけたような鈍い音を聞く。

 同時に身体は前のめりになって、そのまま倒れこんだ。





 白い地面に真っ黒な空。

 八崎はその空間で得体の知れない何かと対面していた。


「お前が俺と同じ魔法が使えるヤツかぁ……なんかショックだわ」


 黒い鎧騎士のような格好をした目の前の何か。

 顔面は金属の塊で覆われていて、その顔を窺う事ができない。

 自分と同じ空間移動の魔法が使えるということは、それがイメージし易く、願望だったということ。

 つまりは、考え方が似ていると言う事なのだ。


(こんなヤツと似てるとか……)


 見るからに周りとは距離を置きたいタイプだ。


「俺も周りとの付き合いは苦手なタイプ……お互い、この世界くらいでは一人になりてえよな」


 八崎が今いる世界は現実の狭間。

 同じ魔法の使える者にしか出入りできない場所だ。

 そして、八崎は目の前の鎧騎士を倒さなければならない。逆もまた同じ。

 何故なら、誰かを連れて空間移動しようとしても、目の前の存在によってそれを止められてしまう為、先に始末するほか、ないのだ。


「一つ質問なんだが、どうして霊類でも人間でも無さそうなお前が霊類のエリアに許可も無しに来れた訳? 結界も張ってあんのに」


 答えてくれそうにない風貌だが、一応質問してみると、言葉が返ってきた。


「助……け……て……」


 それはとてもか細い少女の声のようだった。


「なるほど……その鎧の中に幽霊か人間を入れれば、話は別ってワケね」


 霊類は他の二種類の生物よりも劣っている。

 その為、霊類の住むエリアには強力な結界が張られており、獣類や龍類が立ち入るには許可か、霊類の同行がなければならない。

 体内に魔力を宿した人間は幽霊として扱われる為、結界に阻まれる事なく、出入りする事ができる。

 そして、目の前の存在は鎧の中に幽霊か人間を入れて、同行する事で結界を無力化した。

 空間移動の魔法を使えるものが少ない為の結界の甘さが穴となった。


「ふぅー。やんなっちゃうねぇ……ホント」


 スーツのポケットから煙草を一本取り出して、ライターで火を点ける。


「せっかく禁煙できてたのに――」


 ライターをポケットの中に滑り込ませ、そのままポケットの中で何かを握り締める。


「――スーツに匂いが染み付いちまうよ」


 八崎はポケットの中からナイフを握り締めた右手を露にする。

 すると、その瞬間、黒い鎧に変化が起きた。

 目の前の八崎は何もしていないのに数え切れないほどの切り傷が鎧についていた。

 そして、鎧の前側がボロボロに崩れ落ち、中から少女が傷だらけの姿で出てくる。

 そのまま白い地面に倒れこもうとしていた少女は黒い鎧の目の前から消えて、八崎の足元で横になっていた。


「何が起こってるのか、分かってないみたいだけど……説明すんのめんどくせえから、分からないまま死んでくれ」


 そう言うと、黒い鎧は砂ほどの小さな破片にまで切り刻まれて、地面に舞い落ちた。



 八崎はナイフの刀身だけを黒い鎧の傍まで空間移動させ、切り刻むようにナイフの位置を動かしただけだった。

 しかし、それは目に見えないほどの速さ、高速で行われた為、黒い鎧にとっては八崎が何もせずに自分を切り刻んだように見えたのだった。

 魔力を多く消費し、高速に空間を動かす作業をしていると、ストレスも溜まるので、煙草を吸わずにはやってられない。

 ボロボロの布切れ一枚の少女を見下ろしながら、「可愛そうに」と煙草を白い地面の上に擦り付ける。

 八崎は少女を抱かかえると少女と共にその空間から姿を消した。





 目の前が急に青く染まった。

 青い下敷きを通して景色を見ているようだ。

 変わったのは景色だけではない。



 良の眼自体が、碧眼に変わっていた。



 複数の銃で撃たれた傷が段々と癒えて行くのが分かる。

 手足を拘束していた拘束具が粉々になって崩れ落ち、手足を自由に動かすことができるようになった。

 ゆっくりと身体を起こして立ち上がると、既に傷は癒えきっていて、痛みさえ感じない。

 手首に残っていた傷跡も消えてしまった。

 体中を血液が駆け巡って、青いオーラのようなものが自分の身に纏わりついていく。

 すると、景色は青色から、普段通りの色を取り戻していった。

 だが、良の瞳は青いままだ。


「アヤネ……」


 早く追わなければ、手遅れになる。とは思わなかった。

 “キンジョウ”と彩音が今、どこにいるのか、魔力で分かる。

 彩音を助け出すのは、シャーロットの加勢をしてからでも遅くないとそう思った。



 数百もの骸骨を一人で相手をしているシャーロット。

 彼女の魔法で骸骨を凍らせたとしても、他の骸骨の炎の魔法によりそれを溶かされる。


(数が……!)


 何度凍らせようとも、また、襲ってくる骸骨にシャーロットの疲労は溜まっていく。


「キリがない……!」


 彼女の言葉は自分自身の集中力の低下に繋がってしまう。

 背後から襲い掛かる骸骨に気づくのが一瞬遅れ、地面に倒れこむ。

 彼女に馬乗りになった骸骨は口を大きく開けて、笑みを浮かべたように彼女には見えた。


「いい肉だァ」


 手足を抑え込まれ、抵抗もできない中、迫ってくる複数の髑髏は彼女にとっての恐怖のなにものでもない。


「いやあああああああ……――――」


 彼女は眼に涙を浮かべながら、悲鳴を上げた。

 そんな大きな声を上げたのは、彼女の人生にとって初めての経験だった。

 すると、その瞬間、彼女の周りにいた骸骨だけでなく、その場にいた全ての骸骨たちが粉々の灰になって崩れ落ちた。


「やっ……さん……?」


 八崎が戻ってきて、骸骨たちを切り刻んだとそう思った。


「大丈夫か?」


 だが、そう言って眼に涙を浮かばせている彼女に手を差し伸べたのは良だった。

 そして、良の眼が黒ではなく、青に変わっていることにすぐ気が付いた。


「その眼……?」


 尋ねながら手を取って身体を起こす。


「よくわかんね。てか、涙拭けよ。そんな顔見てられんし……」


 そう言って学ランを脱いでシャーロットの顔に投げつける。

 学ランは血が染み込んでいて、予想以上に重く感じた。

 白いカッターシャツには幾つもの銃痕と、そこから滲み出た血によって、赤く染まりきっている。


「あ、あなた、怪我は!?」

「心配すんなよ。もう治ってるから。それより、アヤネだ」


 その瞬間、シャーロットの目の前から良が消えた。

 空間移動したわけでも、走ったわけでもなく、高速で飛んでいった。



「見つけた」


 彩音を担いで歩いている“キンジョウ”を視界に捉える。

 同時に二人の距離はゼロになり、骸骨の頭を鷲掴みにすると、地面に叩きつけた。

 “キンジョウ”の手から離れた彩音を空中で抱きかかえ、そっと地面に寝かせる。

 骸骨はすぐに地面から起き上がって、良の姿を目視する。


「なんだ、その眼は?」

「さあ? それより、自分の心配した方が良いと思う」

「――――!?」


 その忠告を耳にしたその時、髑髏が粉々に砕け散り、風に乗って、宙に消える。

 頭の無くなった骸骨はうろたえるようにその場でバランスを崩し、何度も足踏みする。


「でも、一つだけ分かんだ」


 骸骨の両手足も首から上と同様に粉々に砕け散り、胴体のみが地面に残った。


「この力、何でもできるみてえだわ」


 そう言って良が笑った瞬間に、残っていた胴体も空中に飛散し、跡形も無くなった。

 良の瞳が青色からいつもどおりの黒色を取り戻すと、地面に寝転がった彩音をお姫様抱っこで持ち上げる。

 そのままシャーロットのいる黒いコンテナまで歩いて戻る事にした。



 良は自分の力が何でも可能だと言う事を直感で理解していた。

 同時に、自分の中に何かがいるとも感じていた。

 そんな自分は古本屋をしている笹屋の言うとおり、“厨二病”をこじらせてしまったのかもしれない。

 だが、確実にその何かは存在していた。

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