11話 「覚醒」
彩音の苗字が“桜”だった事に少々驚いたが、それよりも彼女が急に転校してきた事の方が何十倍も衝撃的だった。
彼女は良の通っている高校よりも学力の低い高校に通っていたはず。学力の上の高校に転校することはできるのか。
答えはイエスでなければならない。
何故なら、今目の前に桜彩音が転校生として立っているからだ。
「よろしくー!」
と言いながら隣の席に座った彩音は今日一日、やらかしてくれた。
英語の並び替えではマイクをミケと読んだり、現国では漢字を盛大に読み違えたり、ここまで馬鹿だとは思ってもみなかった。
そのおかげでクラスに溶け込むのは早く、自分よりもクラスに馴染んでいるような気がする。
同時に羨ましい気もした。
自分がどれだけクラスに溶け込めていないかを実感した。
もうこのクラスとはあと数ヶ月でお別れだし、今更そんな事を気にしていてもしょうがない。
そう決め付けて、彩音とは極力接触せずに放課後まで過ごした。
放課後になると、彩音に書道部の部室まで一緒に行こうと言われる。
断る理由も無いので、一緒に女王の部室に赴いた。
その最中の廊下を歩いている時に転校の経緯について聞いたのだが、納得できるような回答は得られなかった。
ノックをして入ろうとした矢先に、彩音がずかずかとドアを開けて入って行ったので、彼女の後を追いかけるように部室に足を踏み入れた。
部室にはシャーロットとその使用人、そして、八崎の姿もあった。
一人黙々と本を読んでいたシャーロットは本を閉じる。
教壇の上に立って黒板に何かを描いていた八崎は後ろを振り返って声を上げた。
「よぉ! これでメンバーは揃ったな!」
適当に座っといて、と言われたので、文字通り、黒板と五メートルくらい離れた席に座る。
あんまり前に行き過ぎると黒板が近すぎて逆に見づらい。
黒板に描かれていたのは地図なのだろうが、地図とは呼べないほどの汚さ。
「じゃあ、今から十億円の懸賞金の掛かった“キンジョウ”をみんなで捕まえよう大作戦の概要を説明すっから」
作戦名はそれで決まりなのかというツッコミを入れようと思ったのも束の間、八崎は説明を始める。
「まず、俺の魔法で魔界の幽霊のいる地域の治安維持局に行く。この前、良と彩音がいた場所な? そんで、“キンジョウ”と繋がってる内通者を見つけ出す」
八崎の言葉にやっぱりそうかと納得する。
良は“キンジョウ”という骸骨と会話をした時にそうなのではないかと思ったからだ。
シャーロットと彩音は会話などしていないので、納得できていない。
「どうして、内通者がいるとお分かりになられたの?」
「“キンジョウ”は彩音ちゃんが治安維持局にいる事をあらかじめ知っていたらしい。彩音ちゃんはあの日、治安維持局に行く予定なんてなかっただろ? だったら、どこからか情報を漏らしているヤツがいるってのが妥当な考えだ」
「治安維持局の内部にいるとは限らないんじゃなくって?」
「局内にいなかったとしても幽霊の中にはいるだろう。幽霊の土地は霊類全体の土地でもある。そう簡単には骸骨は立ち入れない」
八崎はいつもよりも真剣な面持ちで会話をしている。格好はだらしないままだが。
「んで、内通者にやってもらう事は二つ。彩音を狙う理由を吐かせる事と、“キンジョウ”と連絡を取ること」
「私を狙う理由は多分、復讐だと思うよ!」
「“キンジョウ”と会話した局員の話によると、それは違うっぽい。まあ、私怨で動くタイプでもなさそうだしなぁ」
ならば、自分のこともそんなに恨んでいないんじゃないかと、ほっと胸を撫で下ろす。
その場面を見ていた八崎は安心するな、と言ってきた。
「そういうタイプじゃないのは確かだが、良、お前はヤツの恨みを買ったのは間違いない。次にお前と会ったときは確実に殺そうとしてくるだろうな!」
一種の脅迫のようなものを目の前の教師は笑顔でニコニコしながら話してくる。
その笑顔に不快感を抱かないものなどいないだろう。
「どういった連絡を?」
「それはだな……――――」
八崎はそれから一時間くらい、きっちりと作戦について話をした。
いつもはダルそうにしているだらしない教師でも、命の懸かった仕事ともなると、いつものようには振舞わない。
そして、作戦の中ではやはり自分は囮にしか使われない。
彩音も良と同様に囮だが、戦闘には加わる。良は加わらない。
武器を取りに行っていた八崎は、教室に戻ってくると、黒い刀を彩音に手渡し、銃と銃弾を良に渡した。
「銃なんて効くのか? てか、使い方知らんし」
「威嚇にはなるから持っとけ。使い方は、ほれ。こうして、こうして、こう、な? 簡単だ。やってみ」
八崎の見様見真似でやってみるとできたが、実践でできるかはわからない。
「じゃあ、行くぞ。魔界」
使用人たちの声の揃った「いってらっしゃいませ」を聞く前に目の前の光景がぐにゃりとひしゃげる。
瞬きした内にその光景は大きな建物の前に変わっていた。
そして、建物の入り口から見慣れた人物が出てくる。
「八崎さん。元気そうじゃの」
「お久しぶりです。局長さん。お陰様で元気にやっています」
八崎が頭を下げているのはスーツを着た赤ん坊だ。
その後ろには元幼稚園の先生だが、組員のような男もいた。
勇者を恨んでいるような発言もしていた幽霊が何故、勇者に協力してくれたのか。
それは彩音と八崎の存在が大きいらしい。
彩音は幽霊を“キンジョウ”から救って英雄と呼ばれていたらしいので、納得できる。
八崎はそんなにすごい人には見えない。
でも、空間移動の魔法が便利なのは確かだ。
「空間移動の魔法とか俺でも使えるわけ?」
無視される覚悟でシャーロットに聞いてみると、案外、あっさりと答えてくれた。
「あなたには無理でしょうね。魔法は一人につき一つの能力が基本よ。願望とかイメージしやすいものが、自分の魔法になるの」
八崎は移動がだるいから、空間移動の魔法が扱えるようになったのだろう。たぶん。
「じゃあ、その願望とかイメージしやすいものが複数あったら何個も使えるんじゃねえの?」
「人によって容量があるの。あなたに話しても理解できないから、話さないわよ」
理解できる自信ないがないは、確かだからこちらからもお断りである。
今からやることは内通者を特定すること。
その方法は魔力の多い幽霊の中から見つけ出すらしい。
魔力が有る無いとか多い少ないとかは慣れたら、誰でもできるようになるというが、良はまだできない。
本当に囮になる以外は何もできなさそうだ。
建物内を歩き回って、局内にいる幽霊に会って、八崎が魔力を確かめていった結果、三人の幽霊に絞られる。
「まあ、三人に絞ったのは殆ど俺の勘だけど」
だらしないおっさんの勘で無実の人が疑われると思うと、なんとも気の毒な話だ。
表情で思っていた事を八崎に見透かされた。
「おい、良! 三人の中に無実のヤツは多分いねえよ。じゃあ俺は三人と話してくっから。シャーロット。作戦通りに頼む」
そう言って八崎は目の前から消えてしまった。
内通者は一人とは限らないと言いたかったのだろうか。
今となってはもうどうでも良いことなので大人しく八崎を待つ事にする。
「何をぼーっと突っ立っているのかしら?」
こんなことを聞いてくるのは勿論、シャーロットしかいない。
「別に何もやる事ないんだからいいじゃねえかよ」
「やる事ならありますけど?」
そういう彼女の手には長い縄がある。
何かのプレイでも始めるつもりなのかと思って、幻滅するような目で彼女を見る。
すると、そんな良の表情を見て、彼女はニコリと笑って一言。
「変態」
「いっ……てぇ……」
鈍い痛みが頭に走った。
鈍器で思いっきり頭を殴られたかのように、頭がぐらんぐらんしている。
身体はうつ伏せの状態で頬に地面の冷たさが伝わってくる。
両手は後ろで金属製の何かで拘束され、足も同様に拘束されている。
「どこだ……ここ……?」
目を開けても閉じている状態と変わりはなく、真っ暗なままで何も見えない。
今の自分がどうしてこんな状態になっているのか分からない。
一時的な記憶喪失なのだろうか。頭が痛いのは確かだ。
一つずつ振り返っていこうとしても、頭痛がその邪魔をしてくる。
「くそ……」
身体を起こそうとしても、うまく力が入らなかった。
(どうしてこうなった? なんでこんなとこいるんだ?)
答えは出てこない。
探しても探しても光はなく、闇だけだった。
そして、目が覚めてから数分が経過して、やっと、光が差し込んだ。
眩しさのあまり目を瞑ってしまい、何が起こったのか分からなかったが、すぐに状況を理解する。
「自分からやって来るとはマヌケなモルモットだ」
身震いするほど、威圧感のある低い声。忘れるはずもない。
光に慣れた目が捉えたのは髑髏。
「“キンジョウ”……!」
「名前を知っていると言う事はやはり、“そういうこと”か」
何かに納得した言い方をすると同時に、髑髏が笑っているように見えた。
「作戦は失敗だ。お前らは俺をなめ過ぎた」
骸骨の手に握られた黒いものが良に向けられる。
それは彼のうちポケットに入っていたものだ。
「こんな物じゃ俺はもう死なないが、お前と後ろにいるヤツは違う。その頭に一発撃ち込むだけで幽霊になって魔界の住人だ」
後ろに誰かいるのか、と振り返ってみると、まだ眠りについている彩音がいた。
そして、自分がいる場所がコンテナのような金属でできた大きな箱の中である事も分かる。
(いや、まだ、魔法を使えば……!)
そう思って、目の前の骸骨を燃やす為に魔法を使う。
白い炎が骸骨の足元から湧き上がり、体全体を包み込む。手に持っていた銃は投げ捨てられ、骸骨の纏っていた黒い布は一瞬で灰になった。
炎が効かないなんて嘘じゃないか、とそう思った。
だが、彩音の言うとおりだった。
白い炎が消えても、そこには平然と骸骨が立っていた。
「まだ、お前の拳の方が痛かったな」
そう呟きながら投げ捨てた銃を手にとって、再度、銃口を良に向けた。
「俺も流石にあれは恨まざるを得ない。油断した自分と――――お前を」
銃声が鳴り響くのと同時に一斉に鳥ではない変な生き物たちが大空に舞う。
周りは木々の生い茂った森だった。
その事実に良は気づく事もなく、ただ、痛みに悲鳴を上げる。
「っ……ああああああああああ!!! ぐ……がぁああああ……!!!」
撃たれたのは右足の脹脛。
その場所を確認する前に、骸骨は再度、引き金を引いた。
左足の脹脛。
右足の太もも。
左足の太もも。
弾を入れ替えた骸骨の手は休まらない。
その内に声すらも出なくなって、地面には血溜まりができていた。
「ラストか」
そう言って最後の一発を脳天に撃ち込もうとした時、引き金を引こうとした指が急に動かなくなる。
指が凍っているのを確認したその瞬間、骸骨の後ろに金髪の美少女が現れる。
「作戦完了よ」
彼女が息を吹きかけると、骸骨は完全に凍りついた。
「大丈夫か? 良! すぐに手当てさせるから!」
シャーロットが血だらけの良に近づくのと同時に後ろから八崎の走ってくる姿も見えた。
普通ならばここで安堵するはずの良だったが、彼だけは気づいていた。
口をぱくぱくと動かしながら、凍りついた骸骨の方を睨みつける。
「き……を……つ……け……ろ……」
シャーロットがその言葉を読み取ったときにはもう遅かった。
一瞬の内に骸骨と彩音が三人の視界から消え失せ、良の倒れているコンテナの周りを数百人の骸骨が取り囲んでいた。
「作戦完了……どこが?」
良の視線の先、シャロットと八崎の背後に“キンジョウ”がいた。その足元に彩音は倒れている。
「俺は同じ能力のヤツをやる。シャーロットは他の骸骨をやれ」
「無理です! 数が多すぎますし、私の魔法の方が分が悪いです! それに彩音が!」
口ではそう言ったがすぐに周りにいた数十人の骸骨を凍らせる。
「彩音は俺が! 良は隙を見て精霊の元に連れてくから!」
そう言うと、八崎は目の前から消える。
良はその光景をただ、見ている事しかできない。
もう体のどこも動かす事もできず、瞼も重くなっていく。
骸骨が眠ったままの彩音を担いで去っていく背中が見える。
彼女は自分を守ってくれた恩人だ。
「ぐ……ぞ……ぢぐじょう……」
目は段々と、その姿を捉えられなくなっていく。
暗い闇の中に消えていく。
(ダメ……なのか……?)
闇を見つめていた。
刹那、小さな青い炎が見えた。
目の前が急に明るくなる。だが、青いのに変わりはない。
目を開けると、先ほどまで見ていた光景が薄く青みかかっている。
その時の良はまだ気づいていなかったが、彼の瞳の色は黒から青に変化していた。




