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荒揶はかなりの辛党です、マイ・ハバネロ常備してます。
会話の中身は伏線だらけですが、全て徐々に分かって行く事でしょう……
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「……それで、三時間も待たされて手に入る情報が『大和田会の連中に恨まれてるから気をつけろ』だ、なんて言わないでくれよ」
日が傾きかける頃、喫茶店「カンパニラ」で遅めの昼食をとる一組の客がいた。
全身を黒で統一したどこか厳かな雰囲気がある男と、チェックの柄のジャンパーを羽織ったごく普通の男の二人である。
「そう言うな、これでも命がけで手に入れた情報だありがたく思え」
口の端に付いたミートソースを拭いながら黒いほうの男が静かに言った。
男はナプキンを綺麗に折りたたんでからテーブルの端にあるタバスコの瓶を開け…………躊躇せずに中身をぶちまけた。
「その程度の情報なら必要なかったよ、元々恨まれるの承知で引き受けたんだ。むしろその後の話をしてほしかったな……掛け過ぎじゃないか、それ?」
もう一人の男……青年はそう言って黒い男の手元を見る。
元々赤み掛ったミートソーススパゲッティが凶悪な色と風味を醸し出している。
「構わん、まだ足りないくらいだ。その後の話というのは、お前がかかわった三人の少女……いや、今は一人か……彼女等のその後ということか?」
タバスコメインとなったそのスパゲッティをなんの反応も示さずに食すと、黒の男はそう切り出した。
「その話は次回にしよう、それよりも貴様の進退のほうが重要だ。なに、手に入れた情報はそれだけではないさ」
すっかりタバスパを平らげた黒い男、荒揶杖幻はコーヒーに角砂糖を注ぎこみながら続ける。
「お前さ……絶対味覚がおかしいって。一度病院に行くことをお勧めする。……で聞こうか、わざわざ坊さんが手に入れた情報ってのを」
青年はブルーベリーパイを切り分けながら荒揶の次の言葉を待った。
「うむ……そうだな、まず貴様のその状況を教えてやろう。貴様は『九龍』を知っているか?」
荒揶はそう言って一枚の写真を取り出した。写真には一人の男と女性が写っている。男は確か……どこかで見たような顔だ。
「まあ、人並みには」
九龍とは中国から発祥した裏社会の総取りみたいなものだ、元々は金さえ貰えば何でもする組織だったのが、いつしか暗殺専門の手だれ集団になっていた。
「うむ……」
そう言ってしばし黙想した後、荒揶は写真に数字を書き始めた。
「榎本芳樹、次の依頼人だ」
「おい!」
すっかり電話番号を書き終えてから顔をあげた神父の顔に正拳を叩き込みたい衝動を抑えながら青年は怒りを示した。
「なんだ?」
「何だ? じゃねえよ、『九龍を知っているか』から情報くれるかと思ったら、人の危機ほっぽり出して次の依頼の話かよ!」
相変わらず、すっとぼける神父に腹を立てながら写真をひったくる様にして奪う。
「ふむ、しかしだな……正直な所、貴様がどうなろうが大した興味がない」
「じゃあ最初の切り出しは何だ!」
「嫌がらせだ」
「嫌がらせか!」
しばしの睨みあいの後、ふうっと息を吐いて青年が折れる。
「あんた僕のこと嫌いだろ?」
「当然だ」
神父は当然のように答える。
「奇遇だな、僕もお前がだいっっきらいだ」
「そうか、それは何よりだ……それではお互い嫌い者同士で仲良くやろうじゃないか」
ギスギスした空気を出す二人をいつしか喫茶店内の客すべてが関わり合いにならないようにしていた。
「地獄に堕ちろ」
「貴様もな、では仕事の話だ。写真の男は榎本芳樹、ベンチャー企業の社長だ表向きは、な」
荒揶は灰皿を取り出して煙草に火をつける。
「裏では最新の麻薬を取り扱うジンケードの一員だ。依頼内容は依頼主の護衛だ」
「それだけ?」
いつもなら、どこどこを破壊しろ、なんて命令も付属で付くのだが……。
「そうだ、近々ブローカーと大がかりな取引を行うらしい」
「……僕に犯罪の片棒を担げって言うのか?」
不満そうな青年に荒揶はこう告げた。
「安心しろ、護るのは警察からではない。『九龍』からだ」
「は?」
聞き間違いじゃないかと思ったがどうやら間違えてはいないらしい。
「どうやら、本省内での縄張り争いで奴等の怒りを買ったらしい。裏で受けた辱めは裏で濯ぐのが奴らの習わしだからな」
中国現地での大麻かケシかは知らないが取り合いになった、どうもそういうことらしい。
「まさか……」
九龍といえば都市伝説級の犯罪集団だ、いかに最近力を付けてきたといっても出来たばかりの赤子同然が怪物に勝負を挑むなど、自殺行為以外の何物ではない。
「そのまさかだ、壊し屋。同じ地域で動くのはせいぜい一~二人が限度だ、それ以上だと目立つ。おそらくだが、依頼主と貴様を狙いに来る相手は同じだ」
青年はようやく神父の意図が見えてきた、この神父は青年の問題と依頼をまとめて片付ける気なのだ。
「奴らのうち一人でもとっ捕まえれば、後はイロイロ……だろう?」
「ハナっからこれが狙いだったのかよ、確かにこういう形でヤル方が慣れてるが……それにしたって……」
榎本という男はよほどの命知らずか馬鹿なのであろう、しかも恐らく後者だ。今更になってこんな外道神父に頼むような奴が裏社会で出張ること自体が馬鹿なのだ。
あげく体を張るのはこちら側なのに。
「案ずるな、いくら貴様が嫌いでも有能な駒をみすみす死なせはしないさ」
「……まあ、いいよ。いつも通りうまくやる。それで? 肝心の敵の情報が一つもないんだが、まさか……分からなかったのか?」
一瞬、神父の目が泳いだのを青年は見逃さなかった。
「貴様、誰にものを言っている」
「分からなかったんだな?」
「うむ……あ、いや待て待て。そのペーパーナイフを置け。……唯一分かったことがある。貴様にけしかけてきた大和田の連中は自分たちが雇った人物のアバンネームを口にしていたぞ」
誤魔化すようにしてまくしたてる神父。
「曰く『氷崩蜂』『氷雪華』だったかな……どうもはっきりとはしない」
結局のところ、分からなかったのか。とか思いながら青年は大和田会の連中を思い出した。
「それもだ、たく……どうして大和田の連中は、たかが大学生相手に殺し屋を雇ったんだ。牛刀を用いて鶏を裂くだぜ」
そんな青年を冷ややかに見つめながら神父が補足する。
「いったいどの口がそう言うのかは知らんが、ああいった手合いは何よりもメンツを潰されるのを嫌がる。すでに奴らは貴様に三度も苦杯を舐めさせられているのにも関わらず貴様の面すら拝めておらん。メンツうんぬんで言えばもはや無いも当然だ、だからこそ後に引けなくなって雇ったのだろう、それこそ親に黙ってまでだ。窮鼠は猫すら噛むさ」
煙草を灰皿に擦りつけて神父はそう並べあげた。
「厭になるぞ、まったく……帰る、支払いは任せた」
椅子に掛けたコートを取って青年は立ち上がる。
伝票はもちろん神父にツケた。
「期間は一週間、今日の深夜から呼びだしだ。金は前払いとしてすでに貰っている、手数料と私の分を除いて残りは貴様の口座の中だ、好きに使え」
ひらひらと手を振ってそれに答えながら青年は店を後にした。
冬の夕暮れの話である。