忠犬
短く気軽に読める長さであると思います。
初作品なので、お見苦しいところもあるかもしれませんが、ぜひ感想を述べていただきたいです(今後の勉強に)
地方に住む男が一人いた。太田哲史、五十代。
小さな会社の社長をしていたが、生活は人並みである。
ただ、一人暮らしであった。
若いときに妻に先立たれ、男手一つで育てた2人の息子も上京し、年賀状もよこさない。
世間の人は「孤独な人だ」などというかもしれないが、本人はそうは思っていなかった。
彼はサブという犬を買っていた。
彼の生活には、常にサブの支えがあったといっていい。サブがいるおかげで太田は孤独を感じることは無かった。
サブは雑種犬だったが、賢かった。
朝七時、太田は忘れ物に気づく。取りに帰ろうとする。すると向こうからサブが走ってくる。口には忘れ物をくわえている。
太田が金に困ったとき、サブが宝くじを一枚くわえてきたこともあった。そしてその宝くじがあたり、20万円になったのだから驚きだ。
もちろん、「お手」「おすわり」などは当たり前。しかし、太田はサブが自分の言う言葉を理解しているように思えてならなかった。
りこう、という言葉では済まされないのかもしれない。サブをテレビに出せば一躍有名になるだろうし、大金が手に入るだろう。そんなことは太田も分かっていた。でも実行に移す気などまったく無かった。
自分は今のままで十分幸せだし、何よりサブに負担を掛けることになる。サブを盗もうとする輩が出てこないとも限らない。今のままでいいのだ。サブが一緒にいてくれれば・・。
太田とサブの関係は飼い主と飼い犬の関係をはるかに越えていた。
太田の会社に転機が起こった。太田自ら何年間も、力を注いできた新商品の開発に成功したのだ。
なかなかの優れもので、人気商品になることは明らかであった。
しかし、大田の会社が特許をとる前に、K産業が大田の会社が開発したはずの商品の特許をとってしまったのだ。
情報が漏れていたのである。犯人は分かっていた。太田が親しくしていた友人、江守という男である。
江守はK産業の社員であった。太田は彼に気を許していたため、商品についても包み隠さず話してしまっていたのだ。
とはいえ、江守がやったという証拠が無い。
太田は心も身体も悪くし、社長の座も他人にゆずり、自宅での療養生活が始まった。
「サブ・・・」
太田は布団の中からサブを呼ぶ。つぶやくくらいの小さな声であったが、サブは太田の所にやってきた。
「サブ・・・お前には迷惑をかけるなぁ・・」
サブはクゥーンと鳴く。
「サブ・・俺はもうお前のそばにいられないのかもしれない・・。」
太田は自分の死が近いことを悟っていた。
「あぁ・・俺はあの江守が・・憎い。こんな気持ちは初めてだ・・。
なぁ、サブ・・俺の変わりに復讐してくれるか・・?って・・さすがに無理に決まってるか・・」
太田は目を閉じ、もう何もしゃべらなくなった。
その数分後。太田の家の前に救急車が止まった。誰が呼んだのかはわからない。
ただ、可能性があるとすれば・・。
太田は死んだ。寂しく、孤独な死だった。
その数日後。太田哲史の葬式。
さすがにこの日は二人の息子も出席し、表面だけだったが、父親の死を嘆いた。
その後二人は、父親の遺品の整理をした。
「親父の遺産はこの家と土地くらいだな・・。売って金を半分半分でいいな?」
「ああ、異議なしだ。あとのものは全て処分しよう・・。」
「んん?」
「どうした?」
「確か・・親父、犬飼ってなかったか?」
「あぁ、あの汚ねぇ雑種犬か・・。死んだんじゃないのか?」
「・・そうだな。」
二人はそのまま遺品の整理を続けた。
そのころ、とある会社に一人の新入社員がやってきた。
中年の重役らしい男が、社員を集め、新入社員の紹介をする。
「みんな、今日からここの部で働くことになった、犬井サブローくんだ。」
「よろしくお願いします」
痩せ型の男が礼をした。
拍手が起こる。
「じゃあ、犬井くんの世話は江守君にお願いしようかな・・。」
「はい。」
一人の男が前に出た。
「犬井君、江守君は優秀な社員なんだよ。わが社のあの人気商品を開発したのは彼なんだ。」
「よろしくお願いします・」
犬井が江守にお辞儀をした。
「では犬井君、色々教えることがあるから、ついてきてくれ。」
「はい。」
江守は歩き出し、その後に犬井は続いた。
犬井は江守の背中をじっと見た。なぜか手にはカッターナイフが握られていた。
そして犬井はもう一度江守の背中を見る。その目からはこれから始まる仕事に対する希望や期待、緊張などはまったく感じられなかった。その憎しみや復讐の念を込めて見るようなその目は、まるで動物の目のようであった。(完)