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第8話

 それから数日間は、道場生の中ではピリピリとした空気が漂っていた。残り2人の指名はキョウイチに任してある。近頃は緩やかな住み分けが始まったとはいえ、実質的な仲間内のリーダーはキョウイチだという認識がある。逆に、テツがリーダー面したところで、従う者は少ないだろう。特に、血の気の多い男はキョウイチを支持している。


 考えることが少なくてありがたい、と心から思う。戦、なんて格好つけたいい方だが、要は殺し合いである。他人の世話をしている暇はないだろう。第一に考えるべきは、自分が生き残ることである。


 団内はにわかに活気づいてきている。まるで自分の宿命を思い出した騎士のように。テツは彼らの一面しか知り得ていなかった、ということだ。戦いこそが、彼らの生きる世界なのだ。


 今回の参加にあたって、与えられた剣と盾を確認する。剣は片手で扱えるショートソードだ。取り回しに長けたものを選んだ。盾は木製だが、飛んでくる矢くらいは防げるだろうし、まともに受けなければ剣戟も少しは耐え切れるはずだ。


 心配なのは防御面だった。動きやすいように改造した道着に、申し訳程度のレザーアーマーをまとっている。これでは剣でばっさりやられること間違いなしだ。一撃でももらったら終わりだと考えておいた方がいい。


 幸か不幸か、足の速さが殺されない装備ではある。機動性をもって生き残るしか手は残されていない。やばくなったら、すぐに逃げよう、と固く誓う。戦況が悪くなって逃げたとしても、あの団長なら問答無用で背中から斬り殺してきたりはしないはずだ。何より合理的に動く思考を持ち合わせているから、無理に特攻をかます方が彼の意にそぐわない行動といえる。


 「緊張してるの?」


 「『まさか。武者震いだよ』とかいえたら格好いいんだけどね」


 青白い顔のスイに向かって、緊張してる、と付け加える。


 出征の準備は整って、あとは団長以下4名の団員と4名のお手伝いがその号令を待つのみである。夜は意識が高ぶってなかなか寝付けないし、気が張っているせいか、早くも気疲れし始めている。


 けれども、そう弱音を告白した幼なじみをスイは責める様子はなかった。


 「今回の戦、わたしも参加する」


 「……」


 別に不思議なことはない、と思っただろう。以前の世界では。


 「能力が使えなくなったのは理解してる?」


 「ええ、もちろん。だからって、なめて見られるわけにはいかない。わたしたちは、力のない女であるだけじゃない。男にだって負けないんだ」


 そうよね、と誰にいうのでもなく彼女は呟く。


 「それにキョウちゃんだって参加するんだもの。わたしだけが留守番なんて真っ平ごめんだわ」


 彼女が一度決めたら梃子でも動かないのは、幼なじみであるテツはよく知っている。だから文句をいうつもりはなかった。誰にだって譲れないものがあるのだ。彼自身、彼の信条に従っていままで生きてきた。


 今回の戦への参加も、殺人への禁忌から自ら進んで参加を表明する者は少ない。特に女子はその傾向が顕著だ。腕のよさでいえばミコトの方が格段に上だが、彼女は全く刀を振るうつもりはないようだった。その中で、スイは異色ともいえる。


 女子仲間は思いとどまらせようと説得したようだが、成果はなかった。ミコトでさえも、最後には根負けして「死なないでね」と苦い顔をするしかなかった。


 中でも一番反対したのはキョウイチだった。半ばいい争いになったのは周知の事実である。


 こうして雁首並べてテツと話しているのも、キョウイチとは顔を合わせづらいからだろう。


 彼女は遠慮がちに口を開いた。




 


 「あんたは、反対しないのね」


 「スイが戦死したら、墓くらいは造ってあげるよ」


 「笑えない冗談だから、それ」


 口元を引きつらせていった。


 「少しくらいは心配してくれてもいいじゃないのよ」


 「心配はしてるさ。でも、死ぬかもしれないのはぼくだって同じなんだ。その意味でいえば、ぼくらは対等だろ。さっき『守られてばかりじゃない』っていったのは君だ。なら、心配すべきは、スイ、君がきちんと働くかだ」


 いつになく饒舌なテツを見て、スイは気を使われていることに気づいた。この陶片木はあまり多くを語らない。黙ってむっつりしているのが格好いいとでも思っているのか、道場内でも人と話しているのは稀なことだった。唯一、ミコトとは例外のようだったが。それなのに普段の5割増しで言語を話すのは、彼なりの優しさなのだろう。


 その男は慣れないように長文を吐き出すと、アゴの駆動ネジの調子を確かめるようにモゴモゴとしてから、口をつぐんだ。


 不器用なりに励ましているのだと気づいたスイは、悪くない心持ちになった。


 こちらの世界に飛ばされても変わらないテツの様子を見ると、感心さえしてしまう。能力者は押しなべて気を扱えなくなって、相対的に強者となった彼だが、態度は寸分も変化しない。


 見返してやろうとか、威張ってやろうとか思わないのだろうか、と不思議に思う。道場内で彼は軽んじられていた。スイだって、彼を見下していた、とは少し違うかもしれないが、そんな目で見ていたひとりだ。


 幸か不幸か、異世界でいままで馬鹿にされてきた者たちを見返せるチャンスに恵まれたというのに、なんら気にもしていない。信じられないことだが、テツは虐げられてきたことを根にもっていないようだった。


 感心すると同時に、理解できない彼は恐ろしくも思えた。まるで感情をもたない宇宙人を相手にしている感覚だった。


 冷たいようで、たまに優しくもある。冷徹であって、気遣いも見せる。掴みどころのない人間だった。


 いつからテツがわからなくなったのか、スイには思い出せない。昔はいつも一緒だった3人が、いつの間にか関係を変えていたのだった。


 スイは黙りこくったテツの隣に腰をおろす。


 「あんたって、遠見テツよね」


 「……? 頭でもぶった?」


 「別に。テツか。うん、遠見テツに間違いないわよね」


 ベルトコンベアーで流れてくる基板を検査するみたいにじっと見ると、


 「気持ち悪いな、本当に。なんだっていうんだ」


 「なんかさ、こうしてゆっくりテツを眺めたことなんて久しぶりだなぁ、と思って」


 「人を田園風景みたいにいわないで欲しい」


 スイは不満顔の男の隣に近づいていった。肩がくっつきそうな距離だった。テツは文句をいったが、「別に気にすることでもないでしょ」と黙らせる。彼はキョウイチのことを思っていったのだろうが、それには及ばないと思った。


 「わたしとキョウイチとテツ」


 3人だ、と本当に久しぶりに考える。わたしたちは3人だったのだ、と。


 「やっぱり、幼なじみがひとりでも死んじゃうのは悲しいよね」


 「うん。ぼくもそう思うよ」


 心からそう思う、とテツは少し間を置いてから呟いた。


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