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第27話

 なんだか変な事態になっているな、とテツは苦虫を噛み潰した心境になった。眼前には、視界に入り切らないほどの巨体がある。そこから放たれる殺気は並大抵のものではない。いまだって膝が笑ってしまっている。


 遠見テツは、セブンス傭兵団の団長と対峙していた。その目的は、無論剣を合わせるためである。


 場所はマーソン伯の居城、その中庭である。周囲を石壁に囲まれていて、小さなグラウンド程度の広さがある。城に勤める兵士が修練に使う場所だそうで、見物人も少なくない数を見受けられる。


 こめかみから伝う汗を感じながら、テツは昼頃の出来事を思い出す。それは城に泊まっていた団長が戻ってきて、テツたち数名を伴ってとんぼ返りすることから始まった。






 何の脈絡もなく、「城に行くぞ」と団長が挨拶代わりにいうのは平常運転である証拠だろう。昼過ぎにマーソン伯の城から帰還を果たした大男は、尻も据えないうちに再び登城を果たすとのたまった。


 それに不平不満をもらさず行動に移る団員たちは、非常によくしつけられていると考えていい。行動にいちいち理由を求めるのも無粋である。しかしながら、何も考えずに条件反射で団長に従えるほど道場生組は訓練されていなかった。


 それでも穴を穿ちそうな視線を向けられては従わざるを得ない。テツやミコトら、以前に城へ行ったことのある人間が動き始めると、


 「今回は全員だ」


 「ぜ、全員ですか?」


 団長の言葉に素頓狂な声を上げる。テツが後ろを振り返ると、その面々も呆気に取られた顔をしていた。


 全員ということは、怪しいフード2人組や他の女たちも含まれることになる。城に行けるとわかったシンシアたちは嬉しそうにしている。一方で、フードの奥からは、何の言葉も打ち返してこない。


 テツには、この城への訪問の意図するところが全く掴めなかった。前回の経験から学んだことは、自分らは置物以上の役割にはなれないということだ。それなのに人数が倍になったところで、何が変わるというのだろう。


 団長はこれ以上口を開くつもりはないようで、腕を組んで荷馬車の移動準備を眺めている。その表情は毎度おなじみの鉄仮面である。鉄仮面とはいっても、少しでも触れれば大口を開けてかみ殺しに来る物騒なものだった。


 この場所に留まっても邪魔にしかならない。テツは後ろ髪を引かれる思いで、自分も準備の手伝いに向かう。


 朝から昼にかけて昨夜の乱痴気騒ぎの後始末を行っていたので、比較的スムーズに移動準備を完了することができた。


 馬を操って大通りを行く。先頭を威圧感のある大男が務めるものだから、それに恐れをなした人間が奇声を上げて飛び退いている。おかげで傭兵団は前方を注意するまでもなく悠々と進んで行けた。


 まるで大名行列だな、と最後尾につけるテツは思った。荷馬車や傭兵団員の格好はみすぼらしいが、まとうオーラともいうべきものが普通ではない。武人でなくとも感じられるほどだ。


 向けられる奇異とも畏怖とも取れぬ視線が居心地悪くて仕方がない。小さくため息をつき、先を行く馬の尻でも眺めて気を紛らわすほかなかった。


 苦行ともいえる行程を走破し、堅牢な城の目前に荷馬車をとめる。中から顔を覗かせたシンシアたちが「おおー」と歓声を上げていた。


 城の衛兵は困惑した表情で近寄って来た。団長は彼をつかまえると、静かな調子で要件を伝えている。この巨体の大男は、体格に似合わず物静かに喋るものだから、テツは口を開閉するマンボウを思い出さずにはいられない。彼が無表情の魚顔であるのも一役かっているのだろう。


 しばらく待たされたあと、現れたのは件の陰険な男だった。迷惑千万の札でも張っていそうな顔である。口元を引くつかせてテツたちを指さした。それから早口に何かまくし立てている。


 団長は一応礼儀だからと、その男の応酬に口を挟む様子はなかった。むっつりと相手のいい分を聞き、ただ黙って睨み返した。


 遠くからでもわかるほど男の腰は引けていた。へたり込まなかっただけでも賞賛されて然るべきだろう。温室育ちの人間には、あの大男は猛毒でしかない。その眼光ひとつとっても体に優しいわけがなかった。


 顔を青ざめさせた男は、すごすごと退散するしかなかった。団長はその後姿を、まるでダンゴムシでも見るかのような目で見送っていた。


 程なくして先程とは違う男がやってくる。心なしか憔悴した様子である。嫌に低姿勢な動きで団長に応対している姿を見ると、テツは憐憫の情を感じずにはいられなかった。


 「テツ、それからおまえ、ついて来い」


 指名されたふたりであるテツとキョウイチは揃って「へ?」と間抜け面を浮かべた。当惑する彼らを一瞥すると、団長はさっさと先に行ってしまう。ふたりは一瞬顔を見合わせ、やがてどちらともなく早足で団長を追いかけていく。


 城の中は二度目だというのに道順は覚えきれていない。テツは以前に記憶した行程と比較しながら小姓のように付き従った。


 辿り着いた部屋は以前と同様の部屋だった。そこには既にガーティが腰を下ろして待っていた。待ち人が訪れたのに気づくと、彼女は若干かたい笑顔で立ち上がる。


 「話があるということだが」


 「昨日の今日で申し訳ない。しかしながら、返答は早い方がいいと思いましたので」


 ガーティにとって色よい返事ではないのだろうな、とふたりのやり取りを見て思う。テツの肌は張り詰めた部屋の空気を感じ取っていた。


 昨夜の宿泊に関する謝辞や答礼のやり取りを終え、団長はおもむろに本題に入る。


 「我ら傭兵団の仕官に関する件ですが」


 「昨日は急かすような真似をして済まなかった。貴君らも仲間内で話し合うべき事柄も多いだろう。じっくり考えてもらっても構わない」


 「我ら傭兵団の意志はそう千差万別ということもありませんのでね。話し合いは一晩もあれば十分でした」


 一晩どころか、話し合ってさえいないのに何をいってるんだというテツの突っ込みは音をなさずに霧散した。


 「ガーティ様のお誘いは非常にありがたいことですが、今回は辞退させて頂きたく思います」


 「……理由をきいてもいいかな?」


 「我らは元来根無し草ゆえ、組織に組み込まれるのをよしとしない者がおります。それにガーティ様の進める組織編成には、我らのような傭兵は適しているとは思えないのです。自ら恥を公言するようで情けないですが、傭兵は最初に自らの命、次に金。そんな思考をしている人間です。主君を守るような騎士には到底成り得ません」


 「そんなことはない。あなたは成すべきことは成す人間だ。それはわたしが知っている」


 ふたりの過去に何があったのか知れないものの、ガーティの目には団長に対する信頼感があった。貴族は傭兵を戦争の駒としか考えない連中が多い中、彼女の言葉は青臭いといえる。それでも、その真摯さは認めるしかないようで、団長も気分を害した様子はなかった。


 「あなたたちセブンス傭兵団は、他の有象無象とは一線を画している。それは誰よりもあなたが理解しているはずだ」


 「お褒め頂き光栄ですが、我らは傭兵。それ以上でもそれ以下でもありませぬ。ご期待に添えず、申し訳ありません」


 「……」


 これ以上しつこく攻めても不利だと悟ったのか、ガーティは悔しげに黙り込んだ。視線を彷徨わせ、右手を唇に当てている。彼女の思案するときの癖なのだろう。


 どうしてセブンス傭兵団に彼女が執着するのか見当がつかない。確かに粒ぞろいの精鋭を抱える集団ではあるが、所詮は弱小勢力である。マーソン伯が保有する領土から徴兵すれば、かなりの人数を集められるはずなのだ。戦争では兵士の人数が最も重要であるから、一介の傭兵団を頼るよりか徴兵制度の充実をはかる方がよほど建設的といえる。それにいまだ主流なのは傭兵の雇入れである。消耗品として数えれば、金の無駄遣いとはならないはずなのだ。


 「叛意させるのは難しい、か」


 そう呟く口調は軽いものであったが、気落ちした様子は隠せていない。ガーティの目尻は、どことなく力を失ったようだった。


 部屋には気まずい沈黙が満ちた。キョウイチはそわそわと落ち着きない。視線で「どうなるんだ?」と訴えかけてくる。そんなことテツだって教えて欲しい。予想はしていたものの、貴族からの誘いを断るのは後々悪影響を及ぼしかねない。特にマーソン伯は得意先であったようだから、関係の悪化が懸念された。


 ガーティの白い指がテーブルを小突く音が聞こえている。「それで」話の話題にでもしようと思ったのか、彼女は初めて団長の背後に佇む人間に視線を寄越した。


 「彼らはどういった人間なんだ?」


 「新しい団員の候補です」


 ほう、と感心したため息を漏らす。品定めするような目になった。ガーティは最初にキョウイチの頭から足まで眺め、それからテツにも同様の行程を行った。


 やや不満そうに、


 「ずいぶんと若いな」


 「我が傭兵団において年齢は重要な要因ではありませんので」


 「なるほど。貴君がそういうのだ、よほど腕が立つのだろうな」


 挑む目付きでいうガーティに、キョウイチはむっとした表情を浮かべる。明らかに挑発されていた。


 これはまずいと思っても諫める手段がないのでどうしようもない。テツは肝を冷やして何も起きぬことを願うしかなかった。


 「ならばどうです? 交友を深めるためにも模擬戦を行ってみては。実力をはかる相手はわたしが務めましょう。そちらの兵士たちもよい経験となるはずです」


 「ふむ、名高い貴君に相手取って貰えるならば、我が兵士たちも名誉なことだろう。それにセブンス傭兵団に認められる剣とやらも見てみたい。どの程度の剣が振るえれば貴君が満足するのかわかるしな」


 どうやら、傭兵団の勧誘はまだ諦めていないようだ。テツたちの剣を、その物差しにしようという魂胆であるらしい。あれよあれよという間に責任が重大になっている。自分たちを連れてきたのはこのためか、とテツは恨みがましい目を向ける。


 団長は涼しい顔を崩さない。「では、城の修練場を借りても構いませんか?」テツからの熱線など、どこ吹く風の彼がガーティにたずねる。


 ちょうどいい時間帯だ、と乗り気な彼女は早速腰を上げた。血色のいい舌で下唇を湿らせながら、


 「わたしの部下にも腕のたつ者がいる。呼んでこさせよう」


 「他の団員を入城させてもよろしいですか? 彼らにも見物させてやりたいので」


 ガーティは快諾した。「では準備があるので失礼するよ」と調子を戻した様子で部屋を退出する。


 それを見送ったテツは団長に抗議しようとし、思いとどまる。いったん決定した以上、文句をいっても意味はない。ならばその目的とするところをきくべきだろう。


 「別に大した意味はない」


 団長はつまらなそうにいいきった。


 「だが本気でやれ。でないと死ぬぞ」


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