第24話
領主に謁見する、と団長はいった。セブンス傭兵団は一介の傭兵団に過ぎない。貴族のお偉方から見れば、そこいらの野盗と大した差はないはずである。地方領主とはいえ、このような大規模な商業都市を抱えるマーソン伯爵との謁見とは驚きである。
衛兵とのやり取りから、只者ではないと確信していたものの、直に拝顔を許されるような関係を築いていたとは思いもしなかった。
疑問なのは、その謁見にテツたちも含まれている点である。団長が領主と対談するならともかく、小間使いの自分たちがいても意味はないのではないか。相変わらず読めない団長の行動には、諦観で答えるしかないのではないかと最近思い始めたところである。
街を見下ろす高台に築きあげられた城は、重厚な石造りであったが簡素な構造で、見た目よりも機能性を追求しているのが見て取れる。この城からも、城主たるマーソン伯の質実剛健な性格が現れているようだった。
団長を先頭に、ガヴァン副団長やポールが続く。団員メンバー全員が一度に行動することは少なく、今回も見張り役が荷馬車と共に駐屯地に残っている。
馬役に愛馬を預けたあと、城内を案内される。外装の実直さは内部にも反映されているようで、テツが思い浮かべた欧州の豪華絢爛な城とは一線を画していた。貴族は頻繁に愚かな人間と描かれがちであったが、このような貴族もいる。これは認識を改めなければならないな、とため息が下った。
接待部屋はうって変わって装飾華美であり、絵画や置物にはとても触れられたものではない。団長はそれひとつとっても値段が付けられなさそうな椅子にどっかりと腰を下ろし、まるで主のごとくぞんざいな調子である。後ろで控えるテツたちは「なんてずうずうしい」と呆れ返るしかなかった。
そんな荒唐無稽な人間にも顔色ひとつ変えないメイドは大したものである。中年のふくよかなメイドは、柔和な笑みを浮かべて茶をすすめる。それに驚くほど優美な仕草で応じる団長は、格好さえきちんとすれば貴族としても十分やっていけそうである。
テツと同様、おまけとしてくっ付いてきたミコトとアリアは、めったにお目にかかれない代物に目を回している。できることなら、こんな恐ろしい部屋から早く退出したいと表情が語っている。
席に座って応対を受けているのは団員の面々で、テツたちは手持ち無沙汰に控えるほかない。荷馬車で留守番している方がよっぽど有意義だった。シンシアなどは、城についていけるテツたちを羨ましがっていたが、この直面している現実を知れば、ついていかなくてよかったと心底思うだろう。
部屋の空気が茶の香りに満たされる頃、扉を開き顔を覗かせたのは、まだうら若い女性だった。
事前に聞いた話では、マーソン伯はいい歳をした男性だということだった。けれど目の前に現れた人物はその情報のどれにも合致しない風体である。団長も想像していた人物と違ったのか、一瞬間を置いて手にしていたカップを置き起立する。
他の団員も従ったので、この女性はマーソン伯の関係者ということなのだろう。彼女に付き従うよう続いて入室する男性がいる。こちらは鋭い目付きと容貌で、ガヴァン副団長と性各を同じくしていそうだった。彼は一言も発しないまま一歩下がって佇んでいる。
優雅な笑みを浮かべた女性は、団長の凶器のような手に臆すこともなく、力強く握手すると、軽やかな仕草で着席をすすめた。着ているのは、ドレスというよりはワンピースに近いシンプルな装いで、趣味のいい首飾りと指輪がアクセントになっている。栗色の髪と、それに合わせるようなブラウンの瞳の光は、この女性の意志の強さを代弁しているかのようであった。
「わたしのような未熟者で済まないが、不在である父の代理とさせてもらうよ」
「ご謙遜を。ガーティ様のご高名は、遠くの地にいても聞き及ぶほどです」
団長のおべっかに、マーソン伯の一人娘、ガーティ・マーソンは満更でもなさそうな顔をした。
「貴君のような強者に持ち上げられるのも悪くないな」
話し方や仕草から見ても、男勝りの性格を匂わせる。はつらつとした雰囲気はミコトのそれを思わせ、このふたりが組んだら手の付けられないコンビが誕生するに違いなかった。しかしながら、この令嬢は背後に控えるテツたちを置物以上に思うこともないようで、全く目を向けない。ありがたいといえばありがたかった。
話の内容は、先の戦のことから周囲の村のことまで、多種多様な域に及んだ。中には、テツたちがいてはまずいのではないかと思える話題もあったが、対談するふたりが気にしていない以上、口をはさむこともない。なんとも微妙な立ち位置である。
それとなく観察してみると、ガーティの背後に控えている男が気になった。無表情を貫きつつも気分を害しているようで、ときおり眉根を痙攣させている。彼は傭兵団の訪問を快く思っていないのだろう。
むしろこの男の反応が正常であるはずなのだ。テツは楽しげな表情で対談する令嬢を見て思う。貴族から見て、ならず者とそう変りない傭兵団を城内に招き入れて接待すること自体が異例なのではないだろうか。いくら有益な存在だとしても、格式や外聞を重要視する名家にとって、傭兵団と懇意にするだけで様々な噂が流されよう。それは街の支配者であるマーソン家に対し有利に働くとは考えづらかった。
居心地の悪い時間は遅々として進まない。部屋の空気に食中りしそうになる頃、話題はようやく核心部分に辿り着く。
それはセブンス傭兵団のスカウト話だった。傭兵団を正式なマーソン家の家臣として迎い入れたいという。この街では常備軍を設立し試験的に運営しているが、歴戦の傭兵に比べると見劣りしてしまう。そこで傭兵団を教導隊として、後には軍の中心的な存在としたいのだという。
ガーティは熱心だった。その様子からは、何とかして傭兵団を迎い入れたいという必死さがうかがえる。対して背後の男は冷笑を覗かせていた。テツでさえ気づくのだから、団長たちが見逃すはずがない。どうやらこの話は、彼女のゴリ押しで進められているようであった。
恐らく断るだろうな、とテツは推測した。団長はガーティから、いかにも興味があるような調子で事細かな条件を聞き出しているが、そのメリットとデメリットを比較しても、マーソン家に服従する魅力は大きくなかった。
2杯目の茶に口を付けながらも、団長は答えを即断せずに、団員で話し合いたいと伝えた。これは傭兵団の未来がかかっているのだから、と。
ガーティ嬢は気分を害した様子もなく、満足気に頷いた。それどころか、団長が真剣に提案の検討をしていることに手応えを得ているようだった。
話し合う気なんてないくせに、と猫をかぶっている大男に向かってテツは毒づく。セブンス傭兵団の方針はひとりの男の独断でいつも決定されている。団員に伝えられるのは、決定事項でしかない。異議を唱えたところで方針が覆ることは殆どないのだ。
その後は当たり障りない内容に話は向かい、頃合いと見たガーティは城に泊まることを提案した。少し考える素振りを見せた団長は、実際には頭の中で素数を適当に数えた時間程度を消費して「それはありがたいです」とアルカイックスマイルを浮かべた。
テツたちは荷馬車に戻ることになった。訪れたときと逆の道程を辿りながら、城内の見取り図を頭の中に描いていく。意味のある行為だとは思えない作業も、後々に思いもしない場面で役立つこともあるのだ。とんぼ返りに城を後にするテツであったが、収穫がなかったわけでもない、ということである。
帰還するのはガヴァン副団長とポールも一緒だった。城を出て途中、テツは「ガーティ様の提案には乗るんですか?」とたずねてみたところ、「おまえはどう思う?」とガヴァンに逆に返された。
人指し指で唇をなでながら、「傭兵団は貴族連中には歓迎されないでしょうから、断る方向なのでは?」見解を述べると、ガヴァンは少し見直したような顔をした。
「貴族というのは、大抵が損得勘定のできない人間なのだ」
そう吐き捨てる副団長を見て、おや、とテツは意外に思った。いつも無表情な彼が感情を顕にするのは珍しいことだった。セブンス傭兵団の副団長殿は貴族がお嫌いらしい。
この話題を続けるのはよろしくないと判断したテツは曖昧な返事をして切り上げた。ガヴァンもむっつりした表情に戻る。
後ろを付いて来るアリアに顔を向けると、彼女は不思議そうに首を傾げた。その様子に小動物の面影を見たテツは、何気なしに手を彼女の頭に乗せてみる。目をしばらく瞬かせた少女は、ややあって、にへら、とあどけない笑みを浮かべた。
殺伐とした会話も嫌いではないが、少女の醸成する清涼な雰囲気には敵わない。テツは理由もなく白旗をあげたい気分になった。