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第15話

 受け入れがたい提案は、決まってあの大男からもたらされる。行動を共にしていると、テツはつくづくそう感じられる。


 訃報を届けるのが団長の役割であるかのようだ。テツをはじめとした道場生の非難の視線を受け、けれどもそれがどうしたといわんばかりに、当人は気づかぬ装いだった。


 「仕事だ。準備しろ」


 朝一番に下された挨拶は、近くの村への襲撃命令だった。当然のように頭が働いていない面々はいわれたことが理解できない。やがて脳が目覚めてくると、その言葉の意味に動揺した。


 すでに戦装束にやつした団長は、聞き分けのない子供に説明するように語る。


 先の戦で戦果を十分に得られなかった補填のためだということ。パッヘル侯爵領は当主の戦死を受けて混乱している最中であること。この混乱に乗じて村を襲撃すれば、追っ手もかかりにくいということ。


 考えられる限りの襲撃の利点をいって聞かせる。


 当然、それで納得できるはずがなかった。戦と違い、村の略奪は完全に犯罪だと現代組は考えている。略奪行為の禁止が戦争の守るべき一線だという常識からすれば、とても受け入れられるものではなかった。


 無論、あの団長がそのような戯言に耳を貸すわけがない。参考程度に聞き流すと、「そのような考えもあるな」と少し感心したように呟いたが、彼の方針を転換させるだけの効果は得られなかった。


 中でも、一番に反対の意思を示していたのが、テツ、キョウイチに続いての、最後の道場生男子のひとりだった。彼は正義感が強く、先の領主同士の戦にも頑なに反対していた人物だった。


 彼にとって略奪行為など唾棄すべきもので、およそ認められるものではなかったのだ。


 強硬に反対する彼を見て、人相の悪い大男はさらに顔のパーツを不出来にした。


 面白い、と彼はいった。


 「おまえのいうことはもっともだ。略奪は許されざる唾棄すべき行為だ」


 だがな、と害虫が這いよる様子で、


 「貴様らが腹に収めていた食い物も、他の村から奪ったものだ。小麦も、肉も。ええ、素晴らしいな? 略奪された食料はどんな味だった? 口にできないほど汚れた味がしただろうな」


 言葉に詰まった彼をはじめ、キョウイチたちは複雑な表情だった。いままで彼らの腹を満たしていたのは他所から奪ってきたものだった。だが、それらが彼らを生かしていたのも事実だった。


 食わなければ死ぬ。人間の根幹に関わる、シンプルな条件のひとつだった。どんな正論や綺麗事で取り繕っても、変えることのできない普遍的な人間の問題だ。


 「我らは補給しなければならない」


 繰り返されてきた所為を行うだけだ、とその目は語っていた。


 反対する男子は、まっとうな方法で食料を買えばいい、という。だが「おまえが買ってくれるのか」と返される。男子には傭兵団をまかなえるほどの食料を買い込む金などない。


 そして、忘れがちなことだが、彼らは団長に意見できる立場にない存在だった。元は売られていくだけの囚われの身である。奴隷が反対したところで、ムチを振るえばいいだけのことだ。


 この団長の風変わりな点は、この世界観において珍しいことに、より効率的に奴隷を働かせる術を知っていたことだ。


 恐怖や暴力は即応性を持つが、長いスパンで見ると適した方法とはいいにくい。反抗の芽を生むし、自暴自棄になった者が死を覚悟して刃向かう可能性がある。


 簡単に仕事手を殺してしまう者は、奴隷経営者に向かない。損失を考えていない証拠だ。少ないコストで、最大の働きをさせなければならない。


 だが、それにも許容範囲がある。ある一定のところまでは許しても、それを超えた反抗者をみすみす許すわけにはいかない。彼らと最初に出会ったときのように、見せしめとは非常に重要な儀式である。それによって、あとに残る者の思考、行動を制限する。


 ゆえに、団長はその反対する男子の横っ面を殴った。もんどり打って彼は地面に転がる。自分が殴られたことを理解すると、憎悪のこもった視線で団長を貫いた。


 「おまえのいうことはわかった。認めよう。襲撃には参加しないくてもいい」


 その返答は予想していなかったが、男子は悪魔のような男を甘く見ていなかった。言葉のまま受け取るような真似はしない。何か思惑があるのではないか、と懐疑的な様子だった。


 懸念はまさに、その通りだった。


 「これより先、貴様に参加する資格はない。元のように、手足を拘束されて荷馬車に転がっているだけでいい」


 男子は圧迫感に耐えるように相手の目を見返す。闘志は衰えていなかった。彼の中の正義感は、恐怖には屈しない。


 団長は声をあげて笑った。怖気の走る不快な笑い声だった。


 「いいなあ、小僧ゥ。素晴らしい。貴様のような者に出会えて光栄だよ、わたしは」


 いっている言葉とは裏腹に、いまにも剣を抜き放って、男子の首を跳ばしかねない殺気だった。致死量を超えた死の恐怖にやられて、男子の身体はひとりでに震えだした。この大男には、人間を震え上がらせる原始的な恐ろしさがある。


 ガヴァンが最後まで団長に抵抗した男子を拘束する。手足を縛られ、囚われの身に戻っても、彼は後悔していないようだった。罪もない人間から略奪するくらいなら、死んだ方がましだと無言の抗議をあげていた。


 仲間が捕まる様子を、テツたちはどうすることもできずに見ている。


 「なぜ抵抗しない!」


 その男子は叫んだ。これから犯罪行為に加担させられようとしているのに、抵抗ひとつしないで沈黙する仲間を非難していた。


 「キョウイチ。おまえならわかるだろ? あの男のいいなりになっちゃいけない。犠牲になるのは、罪のない人間なんだぞ?」


 そんなことはわかっていた。キョウイチだって一方的な略奪が許されるとは思っていない。だが、どうしろというのだ。彼のように逆らったとしても、略奪が中止になることはない。キョウイチたち使い走りがいなくなったとしても、食い扶持が減るだけのことだ。


 かつての身に戻れば、待っているのは奴隷として売り飛ばされる未来だけだ。そうなればスイとも離れ離れになるばかりか、誰とも知れない人間に恋人が奪われることになる。


 良心と自己保身。そして恋人への想いが、ないまぜになってキョウイチを襲った。とっさに答えられるわけがなかった。


 言葉に詰まったキョウイチを、その男子は親の敵でも見るようにしている。道場生たちは答えを待っていた。彼らのリーダーたるキョウイチの答えを、だ。


 団長は嫌らしい表情で推移を見守っている。初めからこの状況を待っていたようだった。選ばせるのだ。自ら略奪に加担させて、戻れない位置にまで引きずり込んでいく。


 いまにも泣き出しそうなキョウイチを静かに見守っていたテツは、視線を感じて顔をあげた。


 ミコトが見ている。何かに期待するように。弟が立場的に窮地に立たされている中、彼女は動くべきは自分ではなく、テツなのだと確信していた。


 リーダーとしての役割に徹するならば、略奪に協力するしかない。これは選択肢などない、初めから定められたことだ。ここで拒否すれば、あの男子のように、奴隷扱いに逆戻りする。もちろん、みながそんなことを望んでいるはずがない。


 だが同時に、略奪という反社会的行為に拒否感も感じている。死んでも協力しないとまでいいきった仲間もいる。


 しかしながら冷静になって辺りを見回してみれば、その彼に追従する人間はいないのだ。奴隷になってもいいから犯罪行為はしないという人間は現れない。それはつまり、消極的に略奪への加担を受け入れたことを示していた。


 彼は、キョウイチという青年は、汚れ役に徹するには不適だった。いまこの場に求められているのは、略奪という行為を受け入れるだけの器量を示すことだ。それは褒められた行為ではない。だからこそ、「それは必要悪なのだ」と納得させるだけの口弁が求められているのだ。


 またか、とテツは歯を軋ませた。いつの間にか、自分がしゃしゃり出なければならない状況が造られている。もしもこの懸念が自意識過剰ならば大歓迎だった。キョウイチが追い込まれている中で、その閉塞感を打破してくれる存在がいるなら早く登場願いたい。それは決して自分ではないはずなのだ。


 何が起こっているのだろう。遠見テツという存在は、誰かを率いるような人間ではなかったはずだ。ただ道場の片隅で、竹刀を振っているだけの、無害な存在ではなかったのか。


 せいぜいが幼馴染の相談役で、それも最近はお役目御免となっていただろうに。


 ミコトの期待も、見当はずれこの上ないとテツは思った。彼女は見誤っている。自分のことは、自分が誰よりもわかっている。


 泣きたいのはこっちの方だった。誰が好き好んで団長に意見しようか。あの正義感たっぷりの男子は尊敬に値する。彼のような男こそ賞賛されて然るべきだろうに。


 嫌だ、嫌だ、と内心毒づきながらも、すでに腹は決まっている。声には出さないで、こてんぱんに罵倒する。もちろん、自分のことを。


 「従おう、キョウイチ。そうでないと、ぼくたち全員殺されてしまうかも」


 「こ、殺されるって……」


 青ざめて反復するキョウイチは、団長が無言で剣に手をかけているのを見た。そのままギクリ、と固まる。他のみなもつられて同じような結果を辿った。


 この中で武装しているのはテツだけだ。他の者は、当然ながら抵抗するまでもなく殺されてしまうだろう。素手の人間は斬られるだけだ。その場合、皆殺しという地獄が待っている。


 「従うんだ。ぼくはまだ死にたくないっ」


 「臆病者め!」


 捕えられている男子はテツを罵った。それでも人間か。殺される罪のない人はどうなるんだ。そう途切れなく叫ぶ。


 狼狽した表情を作りながら、無様にテツは叫ぶ。「仕方がないじゃないか!」「ぼくに死ねっていうのか!」「誰だって自分の命は大切だろ!」


 演技をしつつ、団長の反応を見るも、止めに入る予兆はない。このまま続けてもいいらしい。この糞野郎、と吐き捨てて、みなが略奪を受け入れざるを得ない状況にもっていく。


 「みなの顔をよく見てよ。―――――ぼくらに、死ねっていうのかい」


 威勢のよかった啖呵は途切れた。「罪もない人間を殺すよりマシだ」という言葉がのどまで出かけているようだった。だがそうなると、目の前の仲間は死ぬことになる。それはつまり、罪もないのに殺されることだ。彼が提案を受け入れろということは、みなに「死ね」といっていることに等しい。たとえそれが、外部によって強制的にもたらされるものであったとしても。


 彼が人を殺したくないというのなら、道場生のみなにも強制はできないはずなのだ。


 「くそっ……」


 その男子は力なくうなだれた。この世の不条理を心底恨んでいるようだった。


 それでいい、とテツは安堵した。君は口を開くべきではない、とも。


 どのみち、テツたちには拒否権などないのだ。だというのに、正義感や道徳観で惑わすのは遠回りになるだけだ。結局一回りして戻ってこなければならないのだから。ならば最初から考えない方が効率的であろう。


 正義感が間違っているとはいわない。社会正義という観点からすれば、非難されるべきは傭兵団の面々だ。それは間違いない。


 状況が状況なら、反対した彼は正義の人として讃えられる人物だ。脅されたとしても屈しない信念をもっているし、その勇気は類まれな代物だった。


 映画の中の主人公の資質を持っているといっていい。


 惜しむべきは、環境が悪かったことだ。お伽話の中のような、敵と味方がはっきりと別れた世界観なら、彼は英雄として名を馳せたに違いない。あるいは、敵さえも改心させる魅力を発揮したかもしれない。


 君も運がないのだな、と共感せずにはいられなかった。テツ自身も、場違いな感覚を覚えてならないひとりなのだ。


 「さて、他に希望する者はいないか? 奴隷的拘束を」


 ひとりひとりの顔をじっくりと、順番に見ていく。気の弱い女子は向けられる眼光に身体を震わせた。


 団長は観察に満足すると、テツに顔を向ける。あからさまに嫌な顔をした彼を見て、面白そうに鼻をならした。


 「なかなか興味深い喜劇だった。だがおまえには、いまひとつ演技力が足りない」


 その言葉にむすっとテツは黙り込んだ。もしかしなくても、余計なお世話だった。


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