第14話
喧騒が聞こえる。物が乱暴に倒される音。泣き叫ぶ村の人の声。風を切る剣の音。
これは罰なのだ、と少女は思った。いま自分が殺されようとしているのも、村が襲われているのも。そうでなければ説明がつかないではないか。
少女は幼い頃から、人によく容姿を褒められた。親の見栄えは悪くはなかったが、人々はトンビがタカを産んだ、とよく陰口をいっていた。両親は気づいていても、いい返しはしなかった。他ならぬ、彼ら自身がそう思っていたからだ。
妹や弟たちは、少女のようには美しくなかった。まるで彼女のみが選ばれて生まれてきたかのように、そして全ての得難いパーツを母親の中から総取りしてきたかのような完成美があった。
10を数える前に、当然のように彼女は目をつけられていた。領主の館に奉公することが決まったのは、それから間もないことだった。数年後に館に迎えられることを約束し、少なくない金を両親は受け取っていた。わたしは売られたのだ、と感動もなく悟った。
人から嫌というほど聞かされ続けた己の容姿を、うまく利用しようと考えだしたのは、必要にかられてのことだった。
その年は冷害で作物の出来が悪く、彼女の家も食糧不足に陥っていた。空腹に苛まれ、行動しなければ餓死する可能性すらあった。領主からもらった金はあっても、買うための物がなかった。
彼女は家々を巡り歩いた。どの家も同様に余裕などなかったが、哀れな装いで訪ねてくる少女を不憫に思って、少ない食料をわけてくれる家もあった。
こうしてその飢饉は耐え切ることができた。少女は自分の容姿が武器になることを知った。それは相手の同情を誘うものであったり、油断をさせるものであった。
少女はまだ幼かったから、それが何を引き起こすのかわかっていなかった。容姿を武器に渡り合うことは、諸刃の剣だということに気づいていなかった。
幸いだったのは、領主に見初められていたことだ。勝手に手を出して、彼女を傷物にすれば、首をはねられるのは明白だった。ある意味、彼女は領主の保護下にあったといえる。
彼女は両親に大事に育てられた。出荷に出される家畜のように、優先的に食べ物を与えられ、きつい仕事は手伝わなくていいといわれた。
弟たちはそんな姉に文句をいっていたが、両親が黙らせていた。
そして、手伝いを断られるたびに罪悪感を、そして同時に優越感も覚えていた。自分は特別なのだという自負は、いつの間にか大きく育っていた。
ある年、家が困窮すると、幼い弟がいなくなった。両親に行方を聞いても、「病気で亡くなった」としかいってくれなかった。昨日まであんなに元気だったではないか。少女は、彼らが嘘をついていることを見抜いていた。
弟は売られた。それは珍しいことではなかった。他の家でも同じようなことがあった。食い扶持は少ない方が楽になるし、売り払えば収入を得ることができる。
『出荷』されたのが、たまたま弟であっただけだ。わたしも、近いうちに領主様に売られてしまう。
彼女は大人ではなかったが、聡明だった。売られた先でどうなるかは、村の少女たちが話す内容から予想できた。
自分は容姿が整っていたから見そめられたのだ。ならば、買われた花は、その身を愛でられるしかない。
少女は見栄えがよく、器量もよかったから、村の男には人気があった。もしも領主に目を付けられていなかったならば、村の一番の男子といい仲になっていたかもしれない。
領主に歯向かってまで、彼女を手に入れようとする男はいなかった。賢いことだと思う。仮にそんな無謀な男が現れたとしても、その手を握らないことは確かだった。彼女は勇気と無謀との違いをよく知っていた。そして無謀をやってうまくいくのは、ときどき聞かせてもらえる、お話の中だけであることも。
弟は売られ、その金で自分は育てられた。責任は果たさなければならない。
窮屈な身になるだろうけど、それは一種の罰だと思うことにした。弟を犠牲にした罰だ。善意の人から食べ物を騙し取った罰だ。
だが、その罰は、違う形で訪れようとしていた。
村を野盗が襲ったのだ。圧倒的に村人の方が多いはずなのに、刃向かった男の人はあっという間に斬り捨てられてしまった。特に、リーダーであるらしい大男の剣は、ひとなぎで数人の人間を絶命させた。
瞬く間に反抗の牙を折られた村人は逃げ惑うしかなかった。
両親がどうなったのかわからない。残った妹たちともはぐれてしまった。孤独感に耐えながら、膝を抱えて隠れることしかできなかった。
罰だ、罰だ、とうわ言のように繰り返す。だが、もしも自分を罰してくれる存在がいたとして、それはいったいどのようなものなのだろうか。
そう考えて、何を馬鹿な、と思い直す。人を罰するのは、人しかいない。当たり前のことではないか。しかしながら同時に、こうも考える。人は公平でないし、差別したりもする。そんな不完全な人間に、正しく裁くことができるのだろうか、と。
少なくとも、彼女の周りには、自分を含めて不完全な人間しかいなかった。ならば、自分を裁いてくれるのは、罰してくれるのは、いったい誰なのだろう。
完全な存在など、あるはずがないのに。
乱暴に扉を蹴破られ、彼女は見つかった。少なくとも、すぐには殺されることはないだろう。自分の容姿の希少性を知っているゆえに、そう考える。
腕を掴まれ、無理やりに立たされる。抵抗すると酷いことをされるのはわかっていたから、あくまで従順に従った。
家のすぐ前に両親の亡骸は転がっていた。父親は弓を、母親は肉切包丁を手にしたまま事切れていた。勇敢にも野盗に立ち向かった彼らは、無慈悲に殺されていた。
少女は立ち止まって、自分の生みの親を見た。
悲しいほど、心は揺さぶられなかった。ぽっかりとした喪失感と、奇妙なほどの静寂感が彼女の心中に根を下ろしていた。
わたしは失われたのだ、と彼女は痛烈に思い知らされた。だがそうなったのはいつからだっただろうか。領主に売られたのだと知ったとき? 弟が売られたとき? 自分は罪人なのだと悟ったとき?
それとも、わたしがこの世に生まれ落ちたとき?
誰か教えて欲しい。わたしに指し示して欲しい。彼女は渇望する。そして諦観にも似た心境で思う。問題の内容さえ定かではない問いに答えを出してくれる方がいるとすれば、きっと。
―――――おとぎ話に出てくる、騎士のような方なのだろう。