第二話 本が好きな人に悪い人はいないよね?
短いですがやっと二話目です。
オリジナルは難しいッスよ
図書室は昔からお気に入りの場所のひとつだった。ここへくる人達は、みんな読者か勉強かに集中していて、誰が来ても気にならないからだ。「天才ヴァイオリニストを弟に持つ凡人の兄」という特殊なポジションにおさまっている翔にとって、そんな図書室の環境は、周囲の目を気にする事のない最高の逃げ場所だった。
しかし、一人暮らしを始めてからはあまり来る事はないと思っていたんだが、ここ数日は完全に図書室に入り浸っている。というのも……
「やらかしたな……」
あの「ヴァイオリンなんかなくなっちまえばいいんだ事件」(命名もちろん俺)から三日、
「藤崎、お前の中学時代の事も知らずに勝手な思い込みで吹奏楽部への入部を勧めてすまなかった」
翔が謝る前に担任教師が謝ってくれて面倒な事にはならなかった(みんながうちの家庭事情を説明してくれたらしい)のだが、教室で先生に対して怒鳴りつけたという事実は消えず、結果的に俺には問題児というレッテルを貼られてしまったのだ。
おかげで周囲からの視線の痛いこと痛いこと、授業中はいいけど、休み時間は針のむしろだった。ある男子からは「俺達のグループにに入らないか?」 と、不良グループには誘われるは、女子に至っては話しかけるだけで「ヒッ!」と短く悲鳴を挙げて挙動不審を起こすと、自業自得とはいえ、勘弁してほしい状況だ。
この状況、授業が念仏なら、休み時間は苦行というところかな……。
学校という環境は聖者様でも育てようとでもしてるのじゃないかと疑ってしまうぜ。
あいにく、翔の心は周囲の痛い視線に長時間耐えられるほど図太くはないので、放課後は他の生徒が部活への移動を終えるまでの間、「心のオアシスに避難している」というわけだ。まぁ、もともと本が好きだっていうのもあり、この学校の図書室には翔好みのジャンルの本がかなりあるのというのも入り浸る理由のひとつだ。
「もうこんな時間か……」
腕時計で時間を確認すると、思った以上に時間が経っていた事に驚きつつ、隣に置いておいた鞄を手に取り椅子から立った。
「あら藤崎君、その本、借りてかないの?」
「えぇ、もう読み終わりましたからね」
本をカウンター前の返却済みのコーナーに戻していると、澄み切った声に振り返った。
そこには、ここ数日ですっかり顔なじみとなった図書委員の近江弥生先輩が声をかけてきた。
整った顔立ちと背中まで伸びた黒髪が純和風を印象付ける先輩に、ちょっと身構えると、近江先輩は、翔が鞄を片手に持った姿に「もう帰るの?」と聞いてきたので、
「えぇ、やる事もないですからね」
肩を竦めてから答えた。
「退屈な日常ね、少しは青春を謳歌する気はないの? 部活動とか……って、ごめんなさい。迷惑だったわよね」
「いえ、心遣い嬉しいですよ」
会って数日、温厚ながら言いたい事ははっきりと言ってくる近江先輩に気を使われるとは、噂はかなり広まっているらしい。
近江先輩の気遣いに礼を返した
「顔、怖かったわよ」
しかし、無意識に表情に出ていたようだ。気を付けないと
「今、『気を付けないと』って思ったでしょ?」
「近江先輩、あなたは超能力者ですか?」口許まで出かかったその言葉を、翔はすんでのところで抑えた。
「別に超能力なんかじゃなくて、ただ顔にそう書いてあっただけよ」
「それは気をつけないと。」
どうやら、今の出かかった言葉も彼女には読まれていたらしい。
ポーカーフェイスを身につけよう。必ず……翔はそう心に誓った。
「それじゃ、失礼しますね」
「そう、じゃあ、またね」
これ以上、話し込んでいると近江先輩にも迷惑かと思い、雑談を切り上げると、持ってきていた鞄を肩にかけて図書室を退散した。
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