NoNoKa's 片思いの苦悩
恋にきっかけがあると、誰が決めたんだろう。
それとも、そう思っていたのは私だけだったのか。
私、桜田ののかの恋に、きっかけなんて無かった。
私の耳は彼の声だけを聴き
私の目は彼の姿をさがした。
今日も、あなたに片思い。
ドキドキする。
「ほんとごめん。大丈夫だった?」
私の方を見てすまなそうに謝るのは、私の大好きな人。柏木翔太くん。
ただ廊下で肩がぶつかってしまっただけなのに、そんなに謝らなくたって私は怒らない。
「ううん。大丈夫だから……こっちこそ、ゴメンナサイ」
私は柏木君と目を合わせないように頭を下げた。
「悪いのは俺だから。ごめんね、じゃ!」
そう言って私に背を向けた。
終わってから後悔する。
(もっと明るく接すればよかった……! あれじゃ、柏木君絶対気を悪くしたよ。目だってロクに合わせられなかったし、下向いてばかりだった……! 私、最低)
同じクラスだから、教室に戻って謝ることもできるけど私にはそんな勇気も無い。そんなことを考えながら教室へ向かう。
柏木君は、きっと部室に向かったんだ。
彼はテニス部の部長だった。引退した今でも後輩の朝練を頼まれて見てあげているらしい。高校3年生。もう、残りの学校生活も四ヶ月を切った。
今までに彼と交わした言葉は全部「ごめん」という言葉だけ。
仲良くしたことなんか一度も無い。私は、なんて根性なしなんだろう。
教室に入るとみんなが挨拶してくれる。
「ののか! おはよう」
「相変わらず早いね、おはよ」
このクラスの女子は、ほかのクラスなんかとは比べ物にならないくらい良い子ばかり。私には自慢のクラスだ。
私は乱れた髪を整えるために、お気に入りの黒ぶち眼鏡をはずした。眼鏡はどんなものでも似合うと自負している。
「ねえ、やっぱりののかは、目鼻立ちがはっきりしてるし、きれいなパッチリ二重だし
眼鏡取ったほうが絶対可愛いよね。美人さんだよ」
友人の、深森友里が言った。
「なんで、眼鏡はずさないの?」
「だって、コンタクトなんて怖いじゃん。私、眼触れないの。
昔、コンタクトの練習してて、目玉触ったら貧血起こしちゃってさ」
うそ、と友里がけらけら笑う。
「それでそれで?」
「眼科の先生にベットに運んでもらって、寝てた。
倒れるなんて、滅多に無い。コンタクトは、もっと大きくなったらでいいんじゃない? って言われた」
あれは高校一年生の頃。
友達が出来なくて、イメチェンしようと考えていた。
きっと、眼鏡がいけないんだって。そう思ってた時期。
「まぁ、今となっては、眼鏡大好きだけどね」
……でも。
眼鏡が好きなのは、なんでも眼鏡のせいに出来るから。
きっときっと、私が柏木君に振り向いてもらえないのは、眼鏡をかけてるから。
眼鏡を取ったら、きっとみんなが振り向いてくれる。
眼鏡だからだよって。
言い聞かせられる。
柏木君は、いつも誰かに話しかけられていた。
人気者。誰にでも分け隔てなく接して、みんなを気にかけてくれてて。話題にも退屈しない。頭も良いみたいだし、テニス部部長――スポーツもできる。
こんな完璧な人、嫌いな人なんていないはず。
私も……
「ののか、おはよっ」
遅刻ギリギリで来たのは、仲良しの谷村由乃ちゃん。
優しくて真面目な友里とは違い、由乃ちゃんは不良娘。髪は明るいし、ピアスは両方合わせて5つも開いてる。でも、大人っぽくて、さばさばしてる子。
友里と私と三人で仲が良いのは、きっと釣り合いが取れてるからだろう。
「由乃ちゃんが遅刻しないで来るなんて、珍しいねえー」
「でしょう? まあ、あと数ヶ月のクラスだし。欠課時数が多すぎて、卒業できなくなったら困るからさあ」
由乃ちゃんは、そう言って席に着いた。
担任の山崎が、軽く連絡事項を言うだけで朝のHRが終わった。
先生が教室を出て行くと、柏木君が教卓に立った。
「ちょっと話があるんで、聞いて下さい」
ざわついていた教室が少し静かになる。
「えーっと、何人かと話し合ったんだけど、先週の文化祭の打ち上げをやります。後ろに詳細と出欠書く紙貼っとくから、今日中に書いて下さい。なるべく参加するように!」
柏木君が話し終わると、騒がしくなる。
「どーする、ののかは行く?」
由乃ちゃんが言った。
「由乃ちゃんたちは?」
「あたしと友里は行くよ。柏木と計画立てたの、あたし達だし。幹事っぽくなっちゃったからさ」
由乃ちゃんは、めんどくさそうに言った。
「いつの間に……」
「文化祭終わってからさ」
由乃ちゃんが言った。
「そうそう。ののかったら、帰るの早いんだもん」
友里は苦笑いした。
ああ。あの時か。
用事はなかったが、早く帰りたい気分で一人で帰ってきてしまった。
心の中で後悔する。
(どうして、帰っちゃったんだろうっ)
「谷村と深森は行くよな」
柏木君の声が聞こえて顔をあげた。すぐそばに、柏木君がいる。
「もちろんよ」
由乃ちゃんが答える。
「だよな。幹事なんだから」
柏木君が笑う。
――すごく、かっこいい。
じっと見つめていると、視線に気づいた彼が笑うのを止めた。
「……桜田も…来るでしょ?」
柏木君が顔を少しだけ赤らめていたのは、私の気のせいかな。




