婚約者に浮気されたので婚約破棄された令嬢ですが、隣国の王子に溺愛されながら全部ぶっ壊して復讐します
その日、世界はあまりにも簡単に裏切った。
「リシェル・アルヴェイン。君との婚約は、ここで破棄する」
静まり返った夜会の中央。
煌びやかなシャンデリアの光が、やけに冷たく感じられる。
「理由を……お聞きしても?」
声は驚くほど落ち着いていた。いや、そう聞こえるように取り繕っていただけだ。
私の婚約者――王太子エドガーは、わざとらしく溜息を吐く。
「君が不貞を働いたからだ」
ざわり、と会場が揺れた。
「……は?」
思考が止まる。
今、なんて?
「証拠もある。君が他の男と密会していたと、彼女が証言している」
彼が手を差し出した先にいたのは――。
「ふふ、残念でしたわね。リシェル様」
妖艶に微笑む女。
伯爵令嬢、セレナ・ヴァルディス。
――ああ、なるほど。
全部、繋がった。
最近の妙な噂。
侍女の不可解な証言。
そして、エドガーの冷たい態度。
「……私が不貞、ですか」
「まだ言い逃れする気か?」
エドガーは苛立ちを隠そうともしない。
けれど、その目は――どこか焦っているようにも見えた。
「では、逆にお聞きします」
私はゆっくりと笑った。
「殿下こそ、セレナ様と関係を持っているのでは?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、会場が爆発したようにざわめいた。
「な、何を言う!」
「証拠ならありますわよ?」
セレナが楽しそうに口を開く。
「あなたが男と密会していたように、私たちも“見ていました”もの」
――ねじ曲げられた真実。
完全に、詰んでいた。
この場で何を言っても、もう覆らない。
私を切り捨てるための舞台は、すでに完成している。
「……分かりました」
私は深く頭を下げた。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします」
その瞬間、エドガーの表情がわずかに歪んだ。
後悔か、安堵か、それとも――。
「ただし」
顔を上げる。
「必ず後悔なさいますよ」
静かに告げて、私は会場を後にした。
――その夜。
屋敷を追い出されるようにして、私は街の外れまで歩いていた。
「……全部、終わったな」
呟きが夜に溶ける。
家も、地位も、婚約も。
何もかも、あの二人に奪われた。
……いや。
「奪われたままで終わる気はないけど」
その時だった。
「いい顔だな」
背後から、低い声。
振り返ると、そこにいたのは――。
「誰ですか?」
「通りすがりの王子様、ってところかな」
軽く笑う男。
月光を浴びた銀髪が、やけに目立つ。
「……怪しすぎます」
「はは、正直でいい」
彼は一歩近づいた。
「君、さっきの夜会にいたな」
「……見ていたんですか」
「全部な」
そう言って、彼は私の顎に指をかける。
「いいね。その目」
ぐっと距離が近づく。
「絶対に折れてない目だ」
心臓が跳ねた。
「名前は?」
「……リシェル・アルヴェイン」
「俺はレオン・ヴァルシア。隣国の王子だ」
――やっぱり王子だった。
「で、リシェル」
レオンは笑う。
「復讐、したいだろ?」
「……ええ」
迷いはなかった。
「全部、奪い返したい」
「いいね」
彼は楽しそうに目を細める。
「じゃあ、俺が手伝ってやる」
「……見返りは?」
「簡単だ」
彼はあっさりと言った。
「俺のものになれ」
「……は?」
「もちろん、形式上でもいい」
さらりと爆弾発言。
「でも、どうせなら――本気で好きにさせるけどな」
「……」
なんだこの男。
軽い。軽すぎる。
なのに。
「……悪くない提案です」
私は笑った。
「利用させていただきます、殿下」
「上等だ」
レオンは満足げに頷いた。
「じゃあ、復讐劇の開幕だ」
それからの展開は、早かった。
レオンの後ろ盾を得た私は、瞬く間に社交界へ復帰。
そして――暴露。
「これは、エドガー殿下とセレナ様の密会記録です」
証拠は完璧だった。
私に罪を着せるために動いた証人たちも、すべて裏を取った。
「な、なんだと……!?」
青ざめるエドガー。
「そんな……嘘よ……!」
崩れ落ちるセレナ。
「嘘ではありません」
私は静かに告げる。
「すべて、事実です」
その瞬間。
彼らの地位は、音を立てて崩れた。
――数日後。
「終わったな」
レオンが隣で笑う。
「ええ」
私は空を見上げた。
すべて、取り戻した。
いや、それ以上だ。
「で?」
彼が覗き込む。
「約束、覚えてるよな?」
「……形式上の話では?」
「そんなわけあるか」
即答だった。
「俺、本気だから」
「……」
面倒な男に捕まった。
そう思うのに。
「……仕方ありませんね」
自然と、笑みが零れる。
「少しくらいなら、好きにさせてあげます」
「少しじゃ足りないな」
レオンは私の手を取った。
「一生分、だ」
――ああ、本当に。
全部、ひっくり返った。
けれど悪くない。
むしろ――。
「……退屈しなさそうです」
「だろ?」
彼は楽しそうに笑う。
復讐の果てに始まるのは、甘すぎるくらいの溺愛劇。
それもまた――。
悪くない未来だった。




