『みじかい小説』065 / ふたりのみかん
一月も中旬を過ぎた。
「早いねぇ、こないだお正月を迎えたばかりだったっていうのに」
こたつに半身をうずめながら芽衣子が言う。
「本当だねぇ。つい昨日まで、本当に正月だったのにねぇ」
夫の健太が繰り返すようにつぶやく。
外は雪。
ここ北国にあって、こんな日は外に出て雪かきと相場が決まっているが、70歳を超えた二人にとってそれは現実的な選択ではない。
子どもたちは東京に出て所帯を構え、正月と盆くらいしか顔を見せない。
息子も娘も、こないだの正月に帰ってはきたが、三日を待たずに東京に帰ってしまった。
「よく、降るねぇ」
二重窓の外を眺めながら、芽衣子が言う。
「本当、よく降るねぇ」
健太が繰り返すように言う。
芽衣子は、腰の曲がった上半身を持ち上げると、こたつの上にあったみかんをつまみだした。
「いる?」
と、芽衣子が問う。
「うん、いる」
と健太が答える。
二人でもぐもぐ、一心にみかんを食べる。
「おいしいねぇ。甘酸っぱくてさ」
「うん、おいしい」
二人だけの、静かな午後である。
これでどちらか一方だけでもおしゃべりであるなら話は違ってくるが、芽衣子と健太は二人とも寡黙な方であった。
会話はぽつぽつとしか進まない。
すると、ぶっと、芽衣子の尻から音が出た。
「おっ、威勢がいいな」
と健太が言う。
ぶっと、健太も尻から音を出す。
「もう、やめてよはしたない」
芽衣子がしわだらけの顔を更にくしゃくしゃにして笑う。
「最初に放ったのは誰だろうね」
と、健太も笑う。
「老人ホームに入っても、忘れないでね」
こないだの正月、健太が老人ホームに入ることが家族会議で決まった。
「うん。芽衣子の方こそ、僕がいなくて泣くんじゃないぞ」
「そんなの分からないわよ」
「そうか」
それきり会話は途切れた。
あたたかい部屋の中で、芽衣子と健太は静かにみかんをつまんでいる。
外は雪。
二人で過ごす最後の時間が、一分、一秒と刻まれてゆく。




