第9話
親方の話が進むにつれて、部屋の空気には自然と緊張感が高まっていた。父親は手を膝の上に置き、親方の言葉を一つ一つ噛みしめるように聞き入っている。静かな沈黙が一瞬訪れ、父親が口を開いた。
「和人は毎日毎日相撲のために頑張ってきましたから…こうして認めていただけるなんて嬉しい限りです。ありがとうございます。さて、和人はどう思ってるんだ?」
その言葉に促され和人は静かに前を見据え、父と親方の両方を見つめた後、決意を込めて口を開いた。
「…僕、行きたいです」
和人はゆっくりと静かに答えた。親方は深く頷き、和人に微笑みかけた。
「おお、和人くん来てくれるか。嬉しいよ」
和人は力強く頷き、親方に向かってしっかりと目を合わせた。
「はい。よろしくお願いします!精一杯、頑張ります!」
親方はその言葉に満足したように笑みを浮かべ、続けた。
「お母さん、不安な気持ちは当然あると思いますが、私の妻であるおかみさんも含め、生活面でも身を引き締めて指導いたします。どうか彼を安心して預けてください」
和人の母は涙をこらえきれず、目元をぬぐいながら深く頭を下げた。
「はい…どうか…どうかよろしくお願いします…」
親方は母親に優しい表情を見せ、ふと和人に視線を戻す。
「和人くん、東京にはお姉さんがいらっしゃるそうだね?」
「はい。大学に通っている姉がいます」
「それならはじめての東京でも心強いね。家族が近くにいるのは大きいよ」
「はい…たぶん大丈夫…だと思います」
親方はしっかりと和人の肩に手を置き、深く目を見つめて語りかけた。
「10年後の11月、九州場所で君は角界の頂点に立っている。その時ご家族にその姿を見せるんだ」
和人の目に決意と希望が一気に輝き出した。
「はい!!僕、頑張ります!!」
その瞬間、家族全員の思いがひとつに繋がり、和人は大きな一歩を踏み出す覚悟を決めたのだった。




