第47話
和人が両国国技館の支度部屋の扉を開けると、親方や兄弟子たちが待っていた。和人の姿を見た瞬間、みんなが一斉に歓声を上げた。
「やったな、佐藤!」
親方の力強い声が和人を迎え、肩をたたく。いつもは厳しい表情を浮かべている親方だったが、今は笑みを浮かべている。
「ありがとうございます、親方!」
和人は深々と頭を下げたが、喜びを抑えきれず、口元が緩んでいる。
「見事だったぞ。あの捨て身の首投げ、まさに勝負師の技だ。よく隙を見極めたな」
親方が誇らしげに言う。和人は、まだ勝利の重みを受け止め切れていないが、自分がやり遂げたことの意味を感じ始めていた。
「和人、お前、ほんとにやったな!すげぇよ!」
興奮した春風が和人の肩を叩き、満面の笑みで迎えた。
「ありがとう、春風!お前の応援もすごく励みになったよ」
和人は笑顔で春風と握手し、力強く抱き合った。
「お前の勝利に、俺たちも気合いが入ったよ。俺たちも負けてられないぞ!」
南浜も駆け寄り、和人の肩を力強く叩いた。
「南浜関…ありがとうございます!」
「いやぁ、正直、最初はどうなるかと思ったけど…まさか、あそこで逆転するとは!」
青の海も驚きを隠せない様子で、和人の戦いぶりを振り返る。
「ほんとに、朱雀王関の力を感じながら…でも負けたくない気持ちでいっぱいでした。みんなが応援してくれているのも聞こえたし…最後の一瞬に賭けたんです。毎日の稽古で、体力には自信がありましたから」
和人はまだ流れ出る汗をぬぐいながら、あの瞬間の緊張と決断を振り返っていた。
「素晴らしい根性と気合だ。佐藤、相撲は拮抗した取組のときは最後に心の強さがものを言うこともある。お前はそれを見事に証明した」
親方が再び言葉を掛け、その言葉に和人は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、親方…これからも頑張ります!」
和人の声は少し震えていたが、確かな決意が込められていた。
その時、支度部屋の扉が再び開き、潮見部屋の若手力士たちが一斉に駆け寄ってきた。
「佐藤さん、見てましたよ!あれは本当にすごかったです!」
谷川や葉山、島袋といった弟弟子たちが目を輝かせて、和人を囲んだ。
「お前ら、これからもっと稽古に力を入れよう。俺だってまだまだ頑張らなきゃならないからさ!」
和人は少し照れながらも、後輩たちに声をかけた。
「佐藤さん、俺たちも、もっと頑張ります!」
弟弟子たちの熱気で、支度部屋全体が一層の盛り上がりを見せた。
勝利の喜びとこれからへの期待が満ち溢れ、和人はその中心で関取という新しいステージに向かう自信と決意を再確認していた。
国技館を出ようとしていた和人は、まだ熱気の残る館内を歩きながら勝利の余韻に浸っていた。支度部屋での祝福が終わり、部屋に帰りみんなに報告するだけだ。その時、視界の端に朱雀王の姿が見えた。
朱雀王はすでに着替えを済ませ静かに廊下を歩いていたが、和人に気づくと足を止め、少し微笑みながら近づいてきた。
「おい、佐藤」
朱雀王の声に、和人は驚きつつもすぐに振り返った。
「あ…朱雀王関!」
和人は頭を下げ、深く礼をした。
「今日は見事だったな。正直、あの一瞬の首投げは予想できなかったよ」
朱雀王は穏やかな表情で、しかしその目には悔しさも少し滲んでいた。
「ありがとうございます。でも正直言うと、何度も危なかったです。朱雀王関の力強さを肌で感じて…もう倒されるかと思いました」
和人は率直に自分の気持ちを述べた。朱雀王との取り組みは、技術も力もすべてが拮抗していて、負けそうになるたびに心が折れそうだった。
「まあ、そうだな。俺もまだまだだよ。でもお前には素晴らしい素質がある。これからもっと上を目指すなら、今日みたいな一番を何度も繰り返さなきゃならないぞ」
朱雀王は冷静な口調で言ったが、その言葉には後輩への激励が込められていた。
「はい!今日の一番を忘れずに、さらに努力します!」
和人は力強く返事をし、再び深々と頭を下げた。
「それでいい。相撲は一番一番の勝負が次への足がかりだ。俺もお前に負けてられないな。次は俺が勝つぞ」
朱雀王は和人の肩を軽く叩き、ふっと微笑んだ。
「朱雀王関、ありがとうございました。これからももっと強くなって、また戦いたいです」
和人はその場で誓いを立てるように話し、感謝の気持ちを込めた。
「その時は俺もさらに強くなってるからな。次に戦うときも手加減はしないぞ」
朱雀王は少し冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。
会話が終わり、朱雀王は手を上げて帰っていった。和人はその背中を見送りながら、勝負の厳しさと大相撲という世界の奥深さを改めて感じたのだった。
この場所からさらに上へ。和人は新しい目標に向けて、心の中で闘志を燃やし続けていた。




