第46話
朱雀王はすぐに再び動いた。彼の左手が和人のまわしをしっかりと掴み、今度は左上手出し投げを仕掛けた。その動きは速く、鋭い。
「あっ、今度は朱雀王、左上手出し投げ!」
アナウンサーの声が会場に響く。和人の体が一瞬揺れた。朱雀王の力が和人の体に重くのしかかる。
(くそー!、負けないぞ!)
和人は必死に踏ん張る。和人の足がまるで土俵に根を張り、朱雀王の強力な技を懸命にこらえているようだ。崩されかけた体勢を力の限りで持ち直した。
「佐藤、残す、さすがです!粘りが違いますね!」
アナウンサーが興奮を抑えられない様子で叫ぶ。
客間で観戦していたおかみさんも声を上げた。
「稽古の成果が出ているわね!ほんとうにすごいわ!」
おかみさんは和人が日々の稽古で磨いた粘り強さを身近で見ているだけに、感心しながら言った。
しかし、朱雀王は再び攻め込む。和人の背中が土俵際に迫る。
「朱雀王、寄る、寄る!」
アナウンサーの声が響く。
「和人くん!」
菜月が小さな声で叫ぶ。彼女の応援は、和人を応援する観客たちの想いを代表しているかのようだ。
和人の体は一気に寄り切られそうになる。だがその時、和人はまたも見逃さなかった。朱雀王の動きにほんのわずかな隙が生まれた瞬間を。
「ここだ!」
和人の全身に再び力が入り、土俵際から反撃に出た。朱雀王の力をうまく利用し、またも首投げを仕掛ける。和人は身体全体を使って、朱雀王の重心を崩そうとした。
「佐藤、連日の捨て身の首投げだ~!」
アナウンサーが興奮した声で伝える。
両者が土俵下に倒れ込んだ瞬間、会場は一瞬静まり返る。どちらが先に落ちたのか?緊張感が張り詰めた中、行司が倒れ込んだ二人を見つめる。
行司は手を挙げ、軍配を和人に上げた。
「軍配は、佐藤に上がった!」
その時、土俵下の五人の勝負審判たちの一人が手を上げ、物言いがついた。勝負審判たちと行司による土俵上での協議が始まった。
「どっちだ?どっちが勝ったんだ?」
潮見部屋の客間でも、プロヴァンスの店内でも、商店街の店先でも、国技館の潮見親方たちも、もちろん和人も、朱雀王も勝負の結果を固唾を飲んで待つ。
土俵上での協議はまるでいつまでも続くかのようだった。
そしてついに五人の勝負審判たちと行司が土俵を下り、審判長がマイクを持って館内の観客たちに説明を始めた。
「ただ今の協議について説明いたします。行司軍配は佐藤に上がりましたが、二人が同時に土俵下に落ちていて同体ではないかという物言いがありました。
しかし、協議の結果、朱雀王がわずかに早く土俵下に落ちており、行司軍配通り佐藤の勝ちといたします」
勝敗が確定した瞬間、会場全体から大きな拍手と歓声が巻き起こった。
「わーーーーーー!!!!!」
激しい闘いを繰り広げた両者は土俵上で一礼し、勝者となった和人は蹲踞する。
「さと~う~」行司の勝ち名乗りの声が響く。
そして和人は土俵を離れる際にも一礼し、花道を歩いて退場する。
(よっしゃあ!)
顔と体全体に土がつき、汗が流れている。はぁはぁと肩で息をしながらも、勝利の実感が少しずつ胸に広がっていく。
(勝ったんだ…)
「やったああああっ!!」
潮見部屋の客間では若手力士たちが思わず立ち上がり、土俵を映すテレビに向かって両腕を突き上げた。座布団が跳ね、誰かが感極まって声を震わせながら泣いている。
「すごい…ほんとにやったよ…!」
おかみさんは胸元でぎゅっと手を組み、瞳を潤ませたまま小さく頷いた。
「佐藤くん、立派だったわ…」
その目には、我が子を見るような慈しみと、弟子への誇りが浮かんでいた。
部屋中が熱気と涙と拍手で満たされ、祝福の渦に包まれていた。
「勝ったぞおおおおお!!!」
八百屋の池中さんが両手を広げて大声をあげた。店先に集まっていた町内の人々から、一斉に拍手と歓声が上がる。
「見た!?あの一瞬の返し技!いやあ、やるねえ!!」 「関取だろ、もう関取だ!!」 「佐藤くん、最高!!」
魚屋の菊田さんがエプロンのまま大きく手を叩き、笑った。
「こりゃ、今日は大売り出しだな!!祝いだ祝いだ!!」
商店街はまるで祭りのような盛り上がりを見せ、通りすがりの人々までもが拍手を交わす。その輪の中心に、確かに「佐藤和人」という名前があった。
一方、プロヴァンスでは、
「勝った…!」
柚は息を呑んで画面を見つめたまま、手で口元を押さえた。やがて目に涙が浮かび、ついには声をあげて泣き出してしまう。
「よかった…ほんとによかった…!」
椿はそっと柚の肩を抱き、翠も目を潤ませながら微笑んだ。
「やったね、柚ちゃん…和人くん、本当に勝った…!」
樹は、誰よりも早く立ち上がり、拳をぎゅっと握って叫んだ。
「よっしゃあああああ!! 佐藤ーッ!!」
美音も思わず立ち上がり、ハンカチで目頭を押さえながら声を上げた。「和人‥本当に、すごいよ‥」
店内の常連客たちも拍手を送る。柚のお父さんがカウンターの奥でこっそり目頭を押さえながら、静かにコーヒーカップを磨いていた。
「こりゃ、うちの看板メニューに“和人スペシャル”作らんといかんな」
笑いと拍手と、温かな涙。
そのすべてが和人の勝利を祝っていた。




