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あなたの打ち込んできたものはなんですか?  作者: 共作 群青の海 シエリ
第9章 関取への大一番②
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第44話

翌日、秋場所千秋楽、いよいよ決戦の日が訪れ、潮見部屋は独特な緊張感に包まれていた。空気は重く、けれどその中には和人に対する期待と信頼が含まれている。


「はぁ…いよいよね…」と、おかみさんがそわそわしながらつぶやき、稽古をしている力士たちを見つめる。

潮見部屋の誰もがピリピリとした緊張感を抱えていた。


親方は稽古場で最後の指導を終えた後、和人に向かってしっかりと目を合わせた。

「佐藤、次の相手も強敵だが、おもいっきりお前の相撲を取ってこい!相手の胸を借りるつもりで全力で行けば大丈夫だ」と力強く言った。

「はい!」

和人は拳を握りしめ、親方の言葉を心の中で繰り返す。

「ふだんの稽古の成果を出せば、それでいいのよ。自信を持って!」と、おかみさんも温かい声で和人を励ます。

「はい!ありがとうございます!」

和人は深く頷き、決戦に向けて気合を入れた。


14時を過ぎ、潮見部屋の客間には再び弟子たちとおかみさんが集まり、テレビの前に整然と座っていた。昨日に続き、和人の取り組みがテレビ中継される。そして今日は新十両昇進を懸けた、まさに運命の一番だった。


「みんな、気持ちを一つにして応援しましょうね」おかみさんが部屋を見回しながら落ち着いた声で呼びかける。若手力士たちは黙って頷き、正座を崩さず、息をひそめるように画面を見つめていた。


一方、商店街でも小さなテレビが八百屋の店先に設置され、近所の人々が三々五々集まってきていた。八百屋の池中さんがテレビの前に箱を並べて簡易ベンチを作り、そこに魚屋の菊田さんやパン屋の奥さんらが腰を下ろしていた。


「こんな大一番が見られるなんて、わしは本当に果報者じゃ…」

プロヴァンスでは柚の祖父、清志がしみじみとつぶやいた。

柚、椿、そして翠、樹、美音、菜月ちゃんと常連のお客さんたちは、プロヴァンスの奥のテーブルに並んで座っていた。店内のテレビには、大相撲中継の映像が映し出され、常連客たちもそれぞれ飲み物を前にして静かに時を待っている。


「和人くんをこんなにたくさんの人が応援しているんだ…」

柚は座席をそっと見渡しながら、胸の中でつぶやく。自分の手のひらが少し汗ばんでいることに気づき、ハンカチでそっとぬぐった。

「和人くんの力士人生の大事な一戦だね」

樹が言うと、翠が頷き、そっと柚の手を握った。

「きっと和人くんなら大丈夫だよ」

柚の手を握るその指には、微かに力がこもっている。不安に押しつぶされそうな柚の胸の中に、少しだけ温かさが戻ってきた。


国技館の支度部屋では、今日も和人が準備して、親方、南浜、青の海、春風が控える。


潮見部屋では、おかみさんがテレビに目を向けながら、静かに自分に言い聞かせるように言葉を漏らす。

「きっと、大丈夫…」

その言葉に、周囲の弟子たちも表情を引き締めた。


その時、時計が15時を告げるチャイムを鳴らした。

「15時ね。そろそろ始まるわよ!」


それぞれの場の空気がすっと張り詰める。今日も和人は十両取組に上がって相撲を取る。テレビには黒まわしに身を包んだ和人の姿が映っていた。表情は真剣で、ぎゅっと口を引き結び、土俵に片足をかけている。


対する朱雀王の風格は圧倒的だった。堂々とした構え、その肩の動きひとつにすら重みがあり、画面越しにも威圧感が伝わってくる。


「和人くん…!」

柚は画面を見つめ、声にならない声でつぶやいた。


両国国技館はこの大一番を前にして緊張感が一層高まっていた。幕下3枚目の和人にとって新十両を懸けた重要な一番だ。観客の期待と興奮が会場全体に満ちている。


「さあ今日は秋場所千秋楽、幕下の佐藤はこの一番に新十両を懸けます!対戦相手はベテラン、朱雀王です!」

実況のアナウンサーの声が響き渡り、場内の視線が土俵に注がれる。


和人は支度部屋から花道をゆっくりと土俵へ向かって歩き出す。道中、周りの応援の声やざわめきが耳に入ってくる。

背筋を伸ばし、一歩一歩を踏みしめる。土俵の方に視線を向けるが、その先にある勝利の光景だけを見据えているようだった。

土俵が近づくにつれて、緊張感で胸が締め付けられるのを感じながらも、和人は心の中で言い聞かせる。「ここまで来たんだ…自分の力を信じろ。絶対に負けるもんか!」


観客席に広がる熱気と拍手の中、朱雀王が先に土俵に立つ。その姿は威圧的で、彼の長い相撲人生と経験を物語るような風格がある。和人が土俵へと続く階段を登り、朱雀王と向かい合うとその緊張感はピークに達した。


「佐藤!」

親方の低く力強い声が背後から聞こえてくる。思わず和人は拳を握り締め、胸に力を込めた。和人は深く息を吸い、土俵で蹲踞した。

周りの声援はもう耳に届かない。ただ朱雀王との一瞬一瞬に集中することが全てだ。和人の目の前に立つ朱雀王は、実力も経験も遥かに上だとわかっている。それでも、和人には自信があった。


「俺には、応援してくれるみんながいる。何があっても、勝つんだ!」


行司が立ち合いの合図をかける。会場全体が静まり返り、しばしの緊張の後、行司の声が響く。

「みあってみあって…」


戦いの前の一瞬の静寂。和人と朱雀王が睨みあう。取組の緊張感がさらに高まる中、両国国技館は水を打ったように静まり返り、観客全員が和人と朱雀王の一瞬一瞬に集中している。大きな期待とプレッシャーが2人を包み込む。


「はっけよーぉい、のこった!」


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