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あなたの打ち込んできたものはなんですか?  作者: 共作 群青の海 シエリ
第8章 関取への大一番①
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第41話

秋場所が始まる少し前、両国の街は一層の活気に包まれていた。とくに潮見部屋の若手力士、佐藤和人が新十両昇進に挑むという話題が街中で持ち上がり、住民たちの期待は高まっていた。両国の市場でもその話題はあちらこちらで聞こえてくる。


休日の昼下がり、柚はいつものようにプロヴァンスの仕入れに出かけていた。活気のある市場を歩きながら、親しみのある店々に顔を出した。

「潮見部屋の佐藤が新十両になるかもしれないって、すごい話題になってるねえ」


八百屋の店先で、池中さん夫婦が大根を並べながら話している声が聞こえた。池中さんは大根を手に取りながら、隣にいる奥さんに話しかける。奥さんも「ほんとにねぇ、期待の力士だからねえ」と頷いている。柚はそのやり取りを微笑ましく聞きながら、八百屋に近づき、元気よく挨拶をした。


「こんにちはー!」

「おお、柚ちゃん、いらっしゃい!」

八百屋のご主人の池中さんが振り返り、にこやかに声をかけてくれる。彼は柚にとっては昔から馴染みのある市場の顔で、いつも明るく迎えてくれる。

「今日は何をお探しだい?」

池中さんが尋ねると、柚はカゴを持ちながら市場を見渡す。

「今日はちょっといいカツオがあればって思ってるんですけど…」

ちょうど隣の魚屋に立派なカツオが並んでいるのが目に入った。魚屋のご主人、菊田さんがタイミングよく笑顔で声をかけてきた。


「柚ちゃん、こんにちは。今日はこれだよ、カツオが新鮮で脂が乗ってるよ!どうだい?」

カツオの鮮やかな色と艶に目を奪われた柚は、思わず声を上げた。

「わぁ…すごく新鮮ですね!じゃあ、それいただきます!」

すると、すぐに八百屋の奥さんが嬉しそうに笑って声をかけてきた。

「それなら、うちの生姜はどうだい?カツオにピッタリだよ!」

「ふふ、じゃあ生姜も一緒にお願いします!」

柚は笑顔で答えながら、両手を広げてカツオと生姜をカゴに入れた。


ちょうどその時、魚屋の奥さんもニコニコと近づいてきて、追加の一品を勧めてくる。

「そういえば、いい蒲鉾もあるんだよ。カツオと一緒に出したらお客さんにも喜んでもらえると思うよ!」

柚は考えてから、にっこりと笑って答えた。

「じゃあ、蒲鉾もいただきます!もぉ、みんな商売上手だなぁ」

市場の雰囲気はいつも温かく、自然と和やかな会話が生まれてくる。そして、話題は再び和人のことに戻っていった。


「それにしても、佐藤には本当に関取になってもらいたいよな」

池中さんが期待を込めて話すと、菊田さんのご主人も力強く頷きながら、魚をさばく手を止めて答えた。

「そうだな。あの子は将来有望だよ。これを食べたらきっともっと力が湧いてくるさ!」


その時、小さな女の子の声が響いた。

「和人くんは必ず新十両になるわ!」

その声の主は近所に住む小学5年生の菜月ちゃん。両国の街の顔とも言える小さな彼女は、周りの大人たちと同じようにお相撲が大好きで、特に潮見部屋の力士たちを熱心に応援している。菜月ちゃんは自信満々の表情で、誇らしげに言い放つ。


「菜月ちゃん!」

柚が笑顔で振り返り声の方向を見ると、可愛らしい姿の菜月ちゃんが手を振りながら駆け寄ってくる。彼女は小さな両手を広げ、いかにも自慢げな様子で続けた。


「私が目をかけた力士はみんな大成するんだから!」

その言葉に柚は思わずくすっと笑い、目の前の小さな応援団に微笑みながら答えた。

「ふふ、そうだよね!南浜さんも、青の海さんも、みんな菜月ちゃんの応援で強くなったもんね」

「うん。だから和人くんも大丈夫!柚お姉ちゃんも応援してるでしょ?」


菜月はそう言うと柚のスカートの端を掴み、嬉しそうにくるくるとその場で回った。彼女の無邪気な笑顔に柚の心も温かくなる。両国の街全体がまるでひとつの大きな家族のように感じられる瞬間だった。

「ふふ、菜月ちゃんは本当にお相撲が好きだね」柚は優しく答えながら菜月の小さな頭を撫でた。菜月はその言葉にさらに嬉しそうに頬を緩め、もっと甘えるように柚に寄り添ってくる。

その光景を見ていた八百屋のご主人、池中さんがにこやかに言った。


「まったく、菜月ちゃんには頭が上がらないねぇ。あの南浜関や青の海関も、菜月ちゃんに応援されたら力が湧いてくるって言ってたもんな」

「ほんと、菜月ちゃんは我が街の小さな応援団長だよね!」

魚屋の菊田さんも笑顔で応じた。


菜月ちゃんの純粋な思いが、和人への応援の輪をさらに広げていくようだった。両国の街は相撲とその力士たちへの温かい応援で満ち溢れている。心から和人の成功を願い、彼を応援する気持ちがますます強くなっていく。


柚と菜月ちゃんが街を歩きながら和人のことを話していると、菜月が急に興奮した様子で声を上げた。

「柚お姉ちゃん、今は15時で稽古は終わってるけど、今から潮見部屋に行ってみない?」

興味津々な顔をして柚に問いかける。


「そうだね。和人くんたち、どうしてるか見に行ってみようか?」

柚も考えてから微笑みながら答えた。

その時、菜月がさらに声を上げた。


「あ、柚お姉ちゃん、あそこ見て!」

菜月が指差す方向を見つめると、商店街の先に大きな体格の男たちが6人ほど立ち並んでいた。まるで壁のような存在感に、柚は驚きながらも目を見張った。

「ん?本当ね…大きい…背格好はお相撲さんみたいだけど…」

柚が戸惑いながら言葉を続けた。

「もしかして、近くの羽村部屋の人たちかしら…?」


目を凝らすとそこには関取の白虎王(びゃっこおう)朱雀王(すざくおう)、そして彼らの2人づつ計4人の付け人たちが一緒にいた。白虎王と朱雀王は羽村部屋の看板力士であり、ベテランとして知られている。


「ほら、菜月ちゃん。あれ、白虎王さんと朱雀王さんじゃない?」

柚がささやきながら教えると、菜月の目はさらに輝いた。

「ほんとだ!2人とも経験豊富なベテラン力士ね!」

「そうね…雰囲気もすごいわ…。圧倒されちゃう」


柚は彼らの圧倒的な存在感に息を呑んだ。大男たちがゆったりと商店街を歩く姿は周囲の目を引き、商店街の空気が一瞬で変わるほどの迫力があった。

その時、白虎王が仲間に向かって低い声で話した。「朱雀王、幕下にいきのいい力士がいるようだな」

朱雀王が落ち着いた様子で頷きながら答える。

「我々はもうベテランだが、まだまだ若い力士には負けられん」

その言葉に付け人たちも真剣な顔つきで彼らの話を聞いていた。柚と菜月もその会話をこっそりと聞きながら、改めて大相撲の世界の厳しさを感じ取る。


そんな中、菜月は胸を張って自信たっぷりに言った。

「でも和人くんもすごいよ!きっと負けない!」

その言葉に柚もふっと笑みがこぼれた。

「ふふ、そうよね。和人くんも負けてない。菜月ちゃん…ありがとう」

柚は和人への応援を胸に力強く頷いた。両国の街が、そして周囲の人々が皆、和人の新十両昇進を心から願っている。そう思うと柚は自分ももっと応援しなければという気持ちが強まってきたのだった。


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