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あなたの打ち込んできたものはなんですか?  作者: 共作 群青の海 シエリ
第5章 未来へ
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第29話

翌日、プロヴァンスはいつものように忙しくも穏やかな空気に包まれていた。柚も椿も店の手伝いに精を出している。常連客たちが和やかにコーヒーを楽しむ中、入り口のベルがカランコロンと鳴った。


「いらっしゃいませー!」


柚が明るく声をかけると、そこに立っていたのは潮見部屋の力士たちだった。和人と春風、そして他の力士たちも一緒にいる。相談しようと思っていた和人の来店に柚は心の中でガッツポーズをしながら、笑顔で席へ案内する。


「和人くん、春風さん、こんにちは!いつもありがとうございます」

和人は照れくさそうに微笑み返しながら、柚に軽く会釈をした。

「こんにちは、柚ちゃん。今日はみんなで来たよ」

「嬉しいです!今日も暑いですね。おじいちゃんが昨日も稽古の見学に行ったみたいで…和人くんたちが頑張っていたって笑顔で話していました」

「そうなの?照れるな…うん、毎日大変だけど生活や稽古には慣れてきたよ。でもまだまだもっと強くならなきゃって思ってる」

「そっかぁ、和人くん、すごいね。たいへんそうだけど頑張ってるんだね」

「こいつは頑張ってるよ。俺も見習わないとね。まぁ、ちゃんこが美味しいから元気は出るけど!」

春風の話にみんなが笑い、店内がさらに和やかな空気に包まれる。


柚はその光景を見ながら和人たちをいつもの席へ案内した。

「どうぞ、こちらです。今日はなににしますか?」

和人たちはメニューを見ながら談笑し、潮見部屋の力士たちでわいわいと実に楽しそうにしていた。


柚はカウンターに戻り、和人たちにお冷を準備しながら一息ついていた。すると入り口のベルが再びカランコロンと鳴り、30代くらいの男女の2人のお客さんが来店した。柚はすぐに笑顔で声をかける。


「いらっしゃいませ!」

「こんにちは」

男性が頭を下げて挨拶し、女性も笑顔で続ける。

「こんにちは。いい雰囲気のお店ですね」

「ありがとうございます!こちらがメニューです。お決まりになりましたらお呼びくださいね」

「はい」


二人は礼儀正しく答え、席でなにやら名刺を交換し始めた。柚がちらっと目をやると、男性の名刺には「日本相撲協会広報部 伊藤」と書かれているのが見えた。


柚と一緒にそれを見ていた椿が、カウンターの奥から小声でこそこそと声をかけてきた。

「柚、あの人、相撲協会の人だよ!」

「えっ?ほんとだ…!」


柚は女性の名刺にも目をやる。「墨田区役所 文化観光課 浜田」と書かれていた。

「女の人も観光課の人みたい…」と驚きを隠せない柚。


一方和人と春風も気づかれないように小声で話し合いながら、ちらりと様子をうかがっていた。

「こりゃちょっと大事な打ち合わせだな…」

春風が小声で言い、和人たちも頷きながら

「邪魔にならないようにしよう」

と返し、さきほどまでわいわいとはしゃいでいた和人たちも静かになる。


しばらくして、女性が注文を決めたようで手を上げた。

「コーヒーでよろしいですか?」

「はい。このお店のコーヒーは評判がいいんですよ」


柚がお冷をお盆に乗せ注文を取りに向かう。柚がテーブルに着くと、いくつかの資料が並べられていてその横にさきほど交換したであろう名刺が置かれていた。


「お決まりですか?」

「では、今日のおすすめのホットコーヒーを2つお願いしますね」

「本日のホットコーヒーですね!少々お待ちください」

柚は急いで注文を受け、カウンターへ戻った。


プロヴァンスの店内は和やかな空気に包まれながらも、柚は打ち合わせを進める伊藤と浜田の二人の姿に緊張していた。彼らの会話がふと耳に入ってくる。


「こんどの9月の秋場所では、当協会といたしましてはこのようなイベントを計画しておりまして…」

伊藤が真剣な表情で話している。目の前の浜田もメモをとりながら打ち合わせが続いている。

「すごい…本格的…」

こういった場面を見るのは初めての柚は感嘆の声を漏らしながら、そのプロフェッショナルな打ち合わせの様子に圧倒されていた。


「墨田区といたしましても、そのイベントに賛同し、このような観光施策を連携して進めていきたいと考えています」

浜田も資料をいくつか出しながら続ける。タブレットでも説明しているようだ。


そんな様子を見ていた椿が、小声で柚に話しかけた。

「ほら、柚、興味あるならちゃんと見ときなさい。こういう場でどうやって街づくりや観光の話が進んでいくのか、勉強になるわよ」

「そうだよね」


柚はあらためて、両国という街が観光や相撲でどう活気づいているのかを感じ取る。東京都は観光業も盛んだが、特に両国は相撲というスポーツが根づいている街なので、観光業、街づくり、イベントにもそれらを盛り込んでいるのだ。


一方で奥の席にいた春風も、和人に向かってポツリとつぶやく。

「いろんなお客さんを呼び寄せるお店の力って、きっとあるよな」

「プロヴァンスは、そういう雰囲気を持ってるよな。人が集まってくる場所なんだ」

春風と和人はお気に入りのこの店が、そういう場所だということに少し感動した。


柚が和人たちにお冷を持ってきてくれる。力士たちのために、大きなピッチャーに入れておかわりが自由に飲めるように置いた。

「柚ちゃんいつもありがとう」

「いえいえ」

「俺たちも本日のコーヒーをお願いしてもいいかな?」

「かしこまりました!少々お待ちくださいね!」


カウンターへ戻った柚に、椿がコーヒーカップがのったお盆を差し出した。

「本日のホットコーヒーはブルーマウンテンよ。さあ、柚、お願いね」

そのお盆を受け取りながら、柚は背筋を伸ばし、コーヒーを確認した。

「はい!」

柚は笑顔で返事をし、ブルーマウンテンの入ったカップをお盆に乗せてテーブルへ向かった。


「お待たせしました!本日の珈琲、ブルーマウンテンです!」

「まあ!素晴らしい香りだわ!」

話し合いをいったん中断した浜田が感動しながら香りを楽しむ。伊藤も続いて、

「さあ、いただきましょう」

と静かにカップを持ち上げた。

「ほどよい酸味とコクが深い味わいになっています」


柚は丁寧に説明しながら、ドキドキしていた。果たして気に入ってもらえるだろうか…?プロヴァンスのコーヒー豆は祖父の清志や両親、姉の椿がこだわって買いつけているもので、どの銘柄も素晴らしい。とくにこのブルーマウンテンはやや高級だが、他のお店や市販のものよりも香りが深いと評判だ。


浜田と伊藤はブルーマウンテンをゆっくりと口に運び、その豊かな味わいを堪能していた。浜田がうっとりとした表情になった。


「素晴らしいわ!」

感嘆の声を上げると、伊藤も満足そうにうなずきながら、

「本当に美味しい」

と感心している。その表情に自然と柚も椿も頬が緩む。


「ありがとうございます!」

柚は満足げな二人の姿に胸を撫で下ろしてカウンターへ戻り、椿と目くばせをして笑顔で頷いた。


浜田と伊藤はコーヒーを楽しみながらしばらく打ち合わせを続けていた。二人の会話は順調に進み、相撲協会と墨田区のコラボレーションについて熱心に話し合っているようだ。柚は遠くからその様子を見守りながら、こっそりと耳をそば立てていた。しっかりとした打ち合わせを目の当たりにするのは初めてでワクワクしてしまう。


「そしてそのプロジェクトのタイミングで、当協会といたしましては来年1月の初場所の際にこのようなイベントを…」

伊藤が続ける。


「墨田区といたしましてもそのイベントに賛同し、来年にこのような案内や観光施策を展開していきたいと思っています」

浜田も同意し、話がまとまりつつあった。そしてついに打ち合わせは無事にまとまったようで、二人は笑顔で軽くうなずき合った。浜田が席を立ち、感謝の意を込めて微笑んだ。


「こちらのお店、また来ますね。素晴らしい場所です」

「ありがとうございます!いつでもお待ちしております!」

柚は嬉しそうにお辞儀をして、2人を送り出した。


「すごい話!こんな近くで聞けるなんて思わなかったなぁ」


店内には和人たちだけが残っている。柚は感激して和人たちに話しかける。

「俺たちも驚いたよ」

と和人が笑いながら答える。

「なんか、ワクワクしちゃうね。初めて両国の役に立てた気がする!」

柚は笑顔を浮かべ、窓の外の遠くなる伊藤と浜田の背中を見つめた。

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