第26話
昼のちゃんこの時間になり、潮見部屋には温かい雰囲気が漂っていた。親方の隣には南浜と青の海の二人の関取が座り、鍋を囲んでいる。力士たちの席は番付の順で、和人と春風は番付が低いため立って兄弟子やお客さんたちの世話をし、後でちゃんこを食べる。
清志と柚と椿もおかみさんの優しい計らいでちゃんこに招待されていた。
「お姉ちゃん、ちゃんこ美味しそう!」
柚が興奮した声を上げる。
「お呼ばれされるなんて嬉しいね」
椿も笑顔で応じる。今日のちゃんこは鶏の味噌炊きちゃんこ。温野菜たっぷりの具材がぐつぐつと煮え、食欲をそそる香りが部屋中に広がっている。
「うわー!美味しそう!私も食べたいなぁ…」
すると、おかみさんがにっこりと微笑んで声をかける。
「みなさん、どうぞどうぞ。召し上がれ」
「いただきます!」
柚と椿も声を揃えた。親方がふと清志に向かって感謝の意を述べた。
「清志さんには昔、たいへんお世話になりました」
その言葉に驚いた柚が思わず目を丸くする。
「え?!おじいちゃんにですか?!」
おかみさんが頷きながら続けた。
「そうよ。清志さんはこの両国の町内会長だったのよ」
「えぇ?!そうだったの?!すごい!」
「わしのおかげで国技館が建ったんじゃぞ」
清志は得意げに胸を張る。
「おじいちゃん、すごい!」
柚は嬉しそうに声を上げる。親方とおかみさんもそんな清志の姿を見てふふふと笑った。
「じゃあ、力士の方たちとも縁があるのね!」
その時、春風と和人が鍋を持ってきた。
「芝野さん、ちゃんこです。今鍋を置きますね」
「わっ、すごい!」
と柚が驚きの声を上げる。和人もその声に反応して顔を上げ、驚いたように、
「あっ、君は…」
とつぶやいた。
「こんにちは!」
柚が明るく挨拶を返すと、和人も照れながら
「こんにちは…」
と返した。一方で春風も椿に笑顔で声をかける。
「椿さん、こんにちは。うちの部屋に来てくれたんですね。」
「ええ。こんにちは」
椿もにっこりと微笑んだ。
親方がそんな様子を見て不思議そうに尋ねる。
「おや、春風と佐藤の二人は知り合いかな?」
「はい!お店に来てくださってるんです」
「そうなのか。プロヴァンスは昔からいい店だ」
親方も満足そうに頷いた。
「ありがとうございます!親方さんも昔、来られたことがあるんですか?」
親方とおかみさんはなぜか嬉しそうな表情を浮かべる。
「私もおかみさんもこの街の生まれだよ」
親方が答えると、柚は感激して声を上げた。
「そうなんですねー!嬉しいね、お姉ちゃん!」
「うん、すごく嬉しい」
と椿も微笑む。
「素晴らしい町よね」
おかみさんも実に嬉しそうだ。
「はい!大好きです!」
柚と椿は声を揃えて答えた。
そしてまた3日後、プロヴァンスの店内は穏やかでゆったりとした時間が流れていた。いつものように柚が笑顔でお客さんを迎えている時、店の入り口のベルの音がカランコロンと鳴った。
「いらっしゃいませー」
と元気よく挨拶をした柚だが、入ってきた人物を見て一瞬驚いた。そこに立っていたのは潮見部屋の力士、関取の青の海だった。
「ここに力士は来てないか?」
青の海が店内を一瞥しながら尋ねた。
「あいつら、どこに行きやがったんだ…」
柚は戸惑いながら、青の海の焦った様子を見つめた。
「どう…したんですか?」
恐る恐る訊くと、青の海はため息をついて答えた。
「オレの付け人がな、サボってばかりいやがって。春風と佐藤っていうんだがな…」
その名前を聞いて、柚はすぐに反応した。
「春風さんと佐藤さんですか?」
「ああ、知ってるんだな?」
青の海は追及するように柚の顔を見つめた。そして店内を見回しながら、
「あ、ここは芝野さんの店だったか」
とつぶやいた。その時、再びカランコロンと入り口のベルの音が鳴り、春風と和人が現れた。
「いらっしゃいませー…」
柚が言いかけたところで、春風と和人が固まった。
「うっ、青の海関!!」
春風が青の海の姿に気づき、すぐに表情が青ざめた。和人も同じように驚いた様子でその場に立ち尽くす。
「おまえら!」
青の海が怒鳴ると、春風と和人は一瞬怯んだ。
「…あちゃー…」
柚は困り果てた顔をしてつぶやく。そこへなんと親方とおかみさんが現れた。
「おまえたち、芝野さんの店で面倒を起こすんじゃないぞ」
親方は二人を鋭く睨みながら静かに注意をした。さらにおかみさんが後ろから言った。
「みんな、部屋に帰るわよ」
「はい…」
春風と和人は肩を落として親方たちに従う。柚は何も言えず、ただ二人を見送ることしかできなかった。
彼らが店を出ると、プロヴァンスの店内は再び静けさを取り戻した。店に漂っていた緊張感が消え、いつもの穏やかな雰囲気が戻ってきたが、柚は出て行った和人たちの後ろ姿を心配そうに窓から見つめていた。
そしてまた3日後、春風と和人は再び「プロヴァンス」の扉を開け、元気よく挨拶した。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ!」
二人はいつものように席に着くと、同時に注文をした。
「今日はアイスティー、ストレートティーでね」
「はーい!少々お待ちください!」
柚が注文を受けながら、二人に優しい笑顔を見せる。春風がふと柚に話し始めた。
「週に一度だけだけど自由時間がもらえたんだよ。親方とおかみさんが今の時代に合わせてくれたんだ」
「よかった…ずっと心配してたんです!」
すると春風がニヤニヤしながら和人をからかい始める。
「こいつがゆずちゃんのこと気にしちゃってさ」
「おいっ、そんなこと…!」
和人があたふたと否定しようとするが、顔が赤くなってしまって隠しきれない。柚もそれを見て驚いたように言う。
「え?!…」
春風はそんな和人に追い打ちをかけるように笑いながら言った。
「ほら和人、ちゃんと言えよ」
和人は一瞬言葉を詰まらせたが、柚の目を見つめ、ようやく決心したように話し始めた。
「柚ちゃん…また、うちの部屋へ僕たちを見に来てほしいな…」
「はい!もちろんです!!」
柚は即答で応じ、嬉しそうに微笑んだ。それを見た和人はさらに気持ちが高まり、続けた。
「そして、僕が…強くなったら」
「えっ」
柚の頬が赤くなる。そして和人は、意を決して告白する。
「つ、つきあってください!」
一瞬、時間が止まったように静寂が訪れた。柚は驚き、少しの間考えた後、照れくさそうに言った。
「………はい………あの…お友達から…はじめませんか?」
「う、うん」
和人は照れながらも嬉しそうに返事をした。二人はその場で連絡先を素早く交換した。
「じゃあ、5月の夏場所にきてよ!」
「うん!いく!…応援してる!」
ちょうどその時、椿が現れて声をかける。
「あら、なにしてんの?」
「つ、椿さん!」
驚く春風が声を上げた。椿は少し困った様子の妹を見て、笑いながら続ける。
「ゆず~、顔赤いけどどうしたの?」
「柚ちゃんと友だちになりました!」
和人が得意げに答える。
「和人、頑張ったな!」
春風も笑顔で続けた。
「もう!お姉ちゃん、あっちいってよ!」
「あらあら。佐藤さん、柚をお願いしますね?」
「はいっ!」
和人は勢いよく返事をした。
そしてそれから和人と春風は稽古に精を出し、勝ち星を重ねていく。親方が力強く二人に声をかけた。
「佐藤、春風、もっと闘っていけ!」
「はいっ!」
二人はその言葉に応え、さらに強くなっていく決意を新たにした。




