第25話
そして3日後、春風と和人は再び喫茶店「プロヴァンス」を訪れていた。店内はいつもと同じ落ち着いた雰囲気だが、二人の表情はどこか元気がない。
「春風さん、佐藤さん、なんだか元気ないですね?」
カウンターの向こうから柚が心配そうに声をかけてきた。春風は気まずそうに笑いながら、
「まあ、いろいろあって…」
和人も苦笑いしながら頷くだけだ。柚は心配しながらも店の奥に下がった。店の奥では、コーヒーを入れていた柚のお母さんがにやりと笑って声を掛ける。
「ねぇ、ねぇ、潮見部屋のあのお二人さん、あなたたちに気があるんじゃないの?」
と冗談めかして言った。
「な、なに~!?」
驚いた声を上げるのは、椿の横で調理をしていた柚のお父さんだ。
「まさかぁ!二人ともただコーヒーが好きなだけだよぉ!」
柚は慌てて笑い飛ばす。しかしお父さんは少し考え込んで、
「いや、母さんの勘は当たるんだ!」
と言い張る。お母さんは笑いながら、
「椿はどう思う?」
厨房で料理をしている椿に問いかける。
「えー?そんなことないと思うけどねぇ?」
椿は考えてから首をかしげた。それに柚がすぐに反応した。
「春風さんはわからないけどねぇ?」
柚はからかうようにニヤニヤしながら返す。
その時、お母さんがふと真面目な顔になって、
「そういえば、柚と椿に頼みがあるんだった!」
「ん??どうしたのー?」
「おじいちゃん、大の相撲好きでしょ?こんど二人と一緒に潮見部屋の稽古を見たいんだって」
「わっ!やったぁ!行く行くー!」
柚は大喜び。
「うん、楽しそう」
と椿も嬉しそうに微笑んだ。
「行ってくれる?」
お母さんが確認すると、離れていたお父さんが急に声を上げた。
「な、なんだって!」
「あなた、そんなに目くじら立てないの」
「そうだよー?おじいちゃんのためなんだから!」
柚も続けた。
「そ、そうか…」
お父さんはしぶしぶ納得しながら、ぽつりと言った。
「早く帰ってくるんだぞ!」
「心配しすぎだよー?」
柚はお父さんの心配を笑い飛ばす。そこに柚たちの祖父、芝野清志が入ってきた。このプロヴァンスの初代店主だ。
「お義父さん、この子たちが潮見部屋の見学についていってくれるって」
「おお、柚、椿、明日一緒に来てくれるか、ありがとうな。相撲の稽古は朝早いからのう」
「うん!楽しみ!」
柚は元気いっぱいに答え、椿も静かに笑みを浮かべていた。
そして翌朝、柚と椿は早起きし、祖父の清志とともに潮見部屋の見学に出発する準備をしていた。清志は相撲が大好きで、孫娘たちに稽古の熱気を見せたいとずっと楽しみにしていた。
「おじいちゃん、おはよー!」
「おはよう、二人とも。では行くかいの」
祖父は気合いを入れるように声をかけた。
「うん!お姉ちゃん、なんかおしゃれしてない?」
柚が椿を見てニヤリと笑う。
「そんなことないわよ」
椿は軽く肩をすくめたが、恥ずかしそうに微笑んでいた。(カッコいい相撲記者が来るのよね)と心の中で期待している椿。
「わぁ!私、見学するの初めて!」
興奮気味の柚。そして3人は潮見部屋に到着し、ドアを開けると相撲部屋特有の緊張感が漂ってきた。土俵からは力士たちがぶつかり合う音が響いてくる。
「こんにちは~」
清志が元気に挨拶すると、おかみさんが出迎えた。
「あら、清志さん!お久しぶりです!」
「こんにちは。今日は孫たちも連れてきたんですよ」
「まぁ、あなたはお孫さん?」
「はい!柚といいます!よろしくお願いします」
柚は元気よく答えた。清志が笑いながら続ける。
「わしのかわいいかわいい孫娘たちじゃ。こっちが姉の椿じゃ」
「柚さんも椿さんもよろしくお願いします。さあ、みなさん、どうぞどうぞ」
とおかみさんが優しく案内する。
「失礼します、わぁ…」
柚は初めて見る相撲部屋の迫力に驚きながら、奥へと進んでいく。おかみさんが座敷で力士たちを指導していた親方に声をかけた。
「親方、清志さんたちがお見えよ」
「清志さん、ご無沙汰しております」
「なあに、親方。今日は孫たちを連れてきたんでな」
清志が返す。力士たちが土俵の上でドスドスとぶつかり合う音が響き渡る中、柚が挨拶する。
「はじめまして。孫の柚です」
「椿です」
「はじめまして。これはかわいらしいお孫さんたちですな。良かったらうちの力士たちをじっくり見てやってください」
「はい!今日は祖父と一緒に見学させてください」
柚の言葉に、椿も控えめに微笑みながら頷いた。
こうして、柚と椿は潮見部屋での相撲の稽古を見学することになり、その真剣な力士たちの姿を目の当たりにすることとなった。
土俵では春風が稽古の真っ最中だった。柚はすぐに彼の姿を見つけて、興奮気味に声を上げる。
「あっ!春風さん!」
ちょうど春風は沖縄から来た新弟子の島袋と組んでいた。力強く組み合いながらも、島袋は素早く体を翻し、春風を土俵の上に豪快に投げ飛ばした。
「くそっ!」
と悔しげに声を漏らす春風。
「春風さん、大丈夫…?」
柚は心配そうに見つめた。その瞬間、親方の鋭い声が飛んだ。
「次は佐藤、いけ!」
「はいっ!」
力強く返事をした和人だが、島袋の技に圧倒され、和人も力強く投げられてしまった。
「うっ!」
和人はあっけなく土俵に転がった。
「2人とも、なにをやっとるのだ!」
親方が怒鳴り、周囲の空気が一瞬張り詰める。
「はいっ!」
和人と春風は声を揃えて返事をしたが、投げられた悔しさがこみ上げてくる。島袋が軽く笑いながら挑発的に言った。
「春風さん、佐藤さん、たいしたことないっすね」
「くそ~…!」
春風と和人は歯を食いしばり、悔しさを抑えきれない様子だった。見学していた柚と椿もハラハラしながらその様子を見守っていた。
しかし春風と和人はその後も負け続け、何度も土俵に投げられていた。




