第24話
席に案内された和人と春風は店の雰囲気を楽しんでいた。目の前にはムードのある内装が広がり、和人の心を少しずつ落ち着かせていく。数人の常連客たちはコーヒーを飲みながら新聞を読んだりパソコンを開いたりしており、静かな店内となっていた。
「こちらです!」
明るい声とともに、柚が和人を笑顔で見つめた。
「あれ?佐藤さん?どうかしましたか?」
柚が和人の様子を不思議そうに尋ねる。
「だ、だいじょぶ…です…」
和人は動揺しながらも、なんとか返事を返す。その時、春風が軽く手を挙げて尋ねた。
「柚ちゃん、そういえば椿さんは?」
「お姉ちゃんは今厨房に入ってますよ。ふふ、あとで呼んであげますね!」
彼女はウィンクしながら続けた。
「えっと、メニューはそちらにありますので、決まったら呼んでくださいね!」
その時、厨房の方から別の女性が顔を出した。春風が嬉しそうに声を上げる。
「おお、椿さん!」
「柚ちゃん、椿さん…」
「ふふ、佐藤さんにもあとでちゃんと紹介しますね」
柚は微笑みながら立ち去り、和人は一息ついて春風にそっと訊いた。
「春風、この喫茶店『プロヴァンス』って看板娘が二人もいるのか?」
「そうだよ。柚ちゃんと椿さんは姉妹なんだ。この店の顔みたいな存在で、常連さんにも人気なんだよ」
和人は納得しながらも、心の中で柚の笑顔が頭から離れなかった。
「ゆ、ゆずちゃん…」
つい口に出してしまい、春風に軽く笑われた和人は慌ててメニューに目を落とし、注文を決めて手を上げた。
「ホットコーヒーを、2つ…」
「はぁい!ホットコーヒーですね」
柚は明るく返事をして、和人たちに笑顔を向ける。
「かしこまりました。すぐお持ちしますね!」
彼女が笑顔で去っていくと、和人と春風はお互いに頷き合い、和人はその後もドキドキしながらこの喫茶店「プロヴァンス」の空気を楽しんでいた。
注文を終えた和人と春風はお店の落ち着いた雰囲気に包まれながら、コーヒーが運ばれてくるのを待っていた。和人はまだ緊張気味だったが、だんだんと楽しんでいた。
「ところで和人、今度沖縄からいきのいい新弟子が来るらしいぞ」
「沖縄から?」
「ああ、めちゃめちゃ強いらしいぜ。入ってきたらいきなりバチバチの稽古が始まりそうだな。なんでも沖縄のアマチュア相撲でかなりの実績があるって話だ」
和人は驚いた様子で春風の言葉に耳を傾けた。
「そうか…。そんな強いやつが入ってくるなら、ますます気合い入れて稽古しないと…」
注文したコーヒーを待つ和人と春風のもとに、明るい声が響いた。
「おまたせしましたー!ホットコーヒーです」
柚が笑顔でコーヒーを運んできた。その香ばしい香りが二人の鼻をくすぐる。
「おお、いい香り~!」
春風が嬉しそうに言いながら手を伸ばす。和人も緊張しながら、
「い、いただきます…」
と丁寧に言ってコーヒーを口にした。香ばしい香りとまろやかな味が広がり、思わず一言。
「お、おいしいです…」
「やっぱりここのコーヒーは最高だな~」
春風が満足げに頷く。その時、ふいに別の声が二人にかけられた。
「あら春風さん、いらっしゃい」
和人が驚いて顔を上げると、そこには柚とそっくりな女性が立っていた。
「つ、椿さん?」
和人が聞き返す。
「こんにちは。はじめまして。椿です。ここの料理人をしてるの」
彼女は優しい笑顔で挨拶した。
「お姉さんですか?」
「そうなの!お姉ちゃんが料理を作ってるんです!」
柚が元気よく返事をした。
「佐藤和人です…よろしくお願いします」
和人はようやく自己紹介するが、頭の中はすっかり混乱状態だ。
「ふふ、佐藤さん、よろしくね。春風さん、今日はコーヒーだけなの?」
「じつは今日はあまり長居できなくて。コーヒーごちそうさま!」
「そうなの?残念…また来てね!」
椿は寂しげに微笑んだ。
「ゆずー、会計お願いね!」
椿が呼びかけると、柚が笑顔でやって来た。
「お会計しますね!お二つで840円です!」
和人は財布を取り出そうとするが、まだ頭がカチンコチンに固まったまま。焦りながらも何とか財布を出し、春風と共に会計を済ませた。
「佐藤さん、春風さん、また来てね!」
柚が明るい声で二人を送り出す。和人は店を出る際、ぎこちない足取りで店を後にした。
「みぎあし、ひだりあし…財布…」
和人の脳内はまだショートしそうな状態だ。春風はそんな和人の様子を見て、クスクス笑いながら肩を叩く。
「和人、今度また来ような!」
和人と春風が部屋に戻ると、すぐに親方の厳しい声が響いた。
「お前ら、どこほっつき歩いてたんだ!」
親方が仁王立ちしながら二人を睨みつける。和人は心の中で(まずい…)と思いながら、春風と一緒に頭を下げた。
「お前らは青の海の付け人なんだぞ!自分の仕事を忘れるな!」
和人と春風は一斉に返事をした。
「親方、申しわけありません!」
するとそこにおかみさんがやってきて、心配そうに尋ねた。
「帰りが遅かったから心配したわ。どこに行ってたの?」
二人は答えに詰まりながらも、なんとかごまかそうとした。
「そ、それは…」
春風が言葉を濁し、和人も黙ってうつむいた。親方は少しの間二人を見つめてから、深いため息をついた。
「まあいい。二人ともしっかり勤めるように!」
「は、はい…」
和人と春風は再び頭を下げ、また稽古を頑張ろうと誓った。




