第18話
翌日の4日目、次の相手は和人より年上で21歳の新弟子だった。身長も体重も和人を大きく上回る相手が土俵に現れると、その迫力に和人は一瞬息を飲んだ。相手は自信ありげに土俵に上がり、和人をじろりと見下ろした。
(大きい…けど、これまでの稽古がある。やれるはずだ…)
和人は冷静に相手の動きを観察しながら戦略を練っていた。相手は明らかに和人を見くびっているようで余裕の表情を浮かべている。これはチャンスだ。最初から激しい突っ張りを仕掛けて相手に隙を与えないようにする。力では勝てないが、スピードと攻めの姿勢なら負けない。
「はっけよい、のこった!」
行司のかけ声と同時に和人は全力で突っ張りに出た。相手の大きな体に立ち向かうように、両手で激しく相手の胸を突き、勢いをつけた。相手は和人がこれほど速く攻め込んでくるとは予想していなかったのだろう。一瞬バランスを崩した。
(よし、効いてる!)
和人はさらに勢いを増して突き続けた。相手は何とか踏みとどまろうとするが、和人のスピードに対応できず少しずつ後退していく。体格差があっても相手が態勢を崩していて和人は勝勢だった。
「ぐっ…!」
相手は和人の突っ張りに耐え切れず、土俵際まで追い込まれた。しかしここで和人は慎重に動いた。突きだけではなく、一気にまわしを狙いに行く。張り差しである。相手が反撃しようとする瞬間、和人は素早く相手のまわしを掴み、一気に引き寄せてから右に体を捻った。
「うおっ…!」
相手はバランスを崩し、その巨体が一気に土俵外へと押し出された。和人が勝った。
和人は荒い呼吸のままその場に立ち尽くした。自分の手で勝利を掴んだという実感がじわじわと湧いてきた。土俵の外で倒れ込んだ相手が悔しそうに起き上がるのを見て、和人は手を差し出した。
相手も和人の手を取り、軽く頭を下げた。
(やった…!)
潮見部屋の仲間たちの拍手と歓声が和人の耳に届く。
さらに翌日の5日目、和人の最後の相手は18歳。和人よりも大きな体格をしているが、なによりも和人がその相手を知っていたのだ。相手は和人が中学に入学した時に入れ替わりで卒業して高校生になった南中学の先輩で、相撲部で一緒に稽古をしたことがある。
(まさか、ここで先輩と当たるなんて…)
先輩も和人に気がついているようだったが表情を一つも変えず、ただ静かに土俵の真ん中に立っている。
「はっけよい、のこった!」
行司のかけ声とともに和人は全力で前に出た。相手もすぐに対応し、二人の体が激しくぶつかり合う。体格的にはほぼ互角だが、18歳の先輩はすでに和人よりも経験があり、その力強い押しに和人は少しずつ後退させられた。
(くっ…先輩、やっぱり強い…)
和人は必死に相手の動きを見極め、体勢を整えようとした。だが先輩の押しは確実で、力と技がしっかりと結びついている。和人は一瞬相手のまわしを掴もうと手を伸ばしたが、その動きを見透かされたかのように先輩はすぐに身を引いて対応した。
「ぐっ…!」
必死の攻防が続く中、和人は必死に踏ん張り押し返そうとした。しかし相手の動きは隙がなく、和人の攻撃を受け流しながらじりじりと土俵際に追い込んできた。和人は土俵の縁に足がかかるのを感じ、最後の力を振り絞って反撃に出ようとしたが、先輩の圧力に耐え切れずついにバランスを崩してしまった。
和人は土俵の外に転がり落ちた。悔しさがこみ上げてくる。勝てなかった…。
その時和人の前に大きな手が差し出された。顔を上げると、無表情のままだった先輩が優しく手を差し伸べている。
「和人、よく頑張ったな」
和人はその手を取り、立ち上がりながら小さく「ありがとうございます」と言った。
先輩は微笑んで和人を励ますように言った。
「一緒に頑張ろうな。これからまだまだ長いぞ」
その言葉に和人は深く頷いた。大相撲の世界でともに戦う仲間として、またライバルとして。和人はこの敗北を胸に刻み、次の取組に向けて気持ちを切り替えた。
そして6日目、次の取組は難なく勝利することができ、和人は無事に初土俵となった前相撲を終えることができた。春風もまた、3勝1敗で初土俵を飾っていた。




