第16話
「よし、春風と佐藤、いけ!」
南浜の掛け声が飛ぶ。
二人は入門以来稽古でぶつかり合ってきた。実力が拮抗している二人は毎回激しい戦いを繰り広げている。
土俵の周囲には兄弟子たちが集まり、じっと二人を見守っていた。和人は緊張しながらも負けたくないという強い意志が胸の中で燃えていた。
和人は春風をじっと見据えながら仕切り線に手をついた。春風も同じく、鋭い目つきで和人を見返す。お互いにこの稽古で何かを掴み取ろうとする強い決意が表れている。
立ち合いの呼吸ののち、二人は同時に激しくぶつかり合った。強烈な衝撃が土俵全体に響き渡る。和人はすぐに春風のまわしを掴もうと手を伸ばしたが、春風も素早く身を翻して応じる。
「くっ…!」
和人は力を込めて押し込もうとするが、春風も同じく力を入れ押し返してくる。体がぶつかり合うたびに土俵の上で砂が舞い上がり、二人の息遣いが緊張感を高めていた。
「押せ、押せ…!」
和人はさらに力を入れて前進しようとするが、春風も一歩も引かずがっちりと立ちふさがる。
二人の体力と技術が拮抗し、一進一退の攻防が続く。和人は春風の腕を掴もうと試みたが、春風も同時に和人の動きを読み取り、まわしを深く掴み返した。
「ぐっ…!」
互いに膝を折らず、腰を落として耐えながら相手の隙を探る。
一瞬の隙をついて春風が力強く和人を押し込んだ。
(押し切るぞ…!)
春風が力を込めた瞬間、和人は咄嗟に体を少し横にずらし、春風の勢いを利用して逆に攻め込んだ。
「よし…!」
和人は春風のまわしをがっちりと掴み、今度は自分が優位に立とうとした。しかし春風もすぐに体勢を立て直し、再び押し返す。
二人は互いに一歩も譲らず、土俵の中央で激しく押し合い、緊張感が最高潮に達した。周囲で見守る兄弟子たちも、それぞれを応援しながら二人の取り組みを見つめていた。
「ぐっ…このまま…!」
和人は最後の力を振り絞り、一気に春風を押し倒そうと体全体で攻め込んだ。だが春風も同じく全力で耐え、再び押し返そうとする。
「うおおお…!」
和人と春風は最後の力を出し切り、激しくぶつかり合った。そしてついに和人が春風を押し切り、土俵際に追い詰めた。
「よし…!」
和人は勢いをつけて春風を土俵の外に押し出すかと思ったその瞬間、春風が素早く身を翻して逆に和人を押し返してきた。
「ぐっ…!」
和人は驚いたがすぐに体勢を立て直し、最後の力を振り絞ってもう一度攻め込んだ。今度こそ和人は春風を土俵際に追い詰め、そのまま一気に押し出した。
「はぁ…はぁ…春風…ありがとう…」
和人は息を整えながら春風に手を差し伸べた。春風も笑顔で手を握り返し、二人は互いの健闘を称え合った。
「やるな、佐藤…次は負けないからな!」
春風が笑顔で言うと、和人も笑って頷いた。
「俺も負けないさ!」
その時緊張感と充実感が漂う稽古場に親方の重々しい足音が響いた。親方が現れるとその鋭い目つきが一瞬で場の空気を変えた。
「おはようございます!!」
和人を含め全員の力士たちが一斉に声を揃え、親方に向かって挨拶をした。
親方は周囲を見渡し、静かに彼らの顔を見つめた。
「みんなおはよう!今日も厳しく稽古をつけるからな!」
「はい!」
親方はとても厳しいが、力士一人一人を観察し的確に指導してくれる。観察力や指導力は和人が出会ったこれまでの指導者の中で一番だと感じていた。
しばらくすると、親方とともに後援会や地域の方々も稽古場の座敷に入ってきた。おかみさんが笑顔で迎え入れ、彼らに席を案内した。
「どうぞこちらへ」
おかみさんが手を差し伸べて後援会の方々を誘導する。
「おかみさん、ありがとうございます」後援会のメンバーたちは軽く頭を下げながら入った。
席に着くと、おかみさんが和人に視線を向けながら紹介を始めた。
「あの子が新弟子の佐藤和人くんです。」
「おお、いい体格をしている。楽しみじゃなあ」
一人の後援会メンバーが嬉しそうに和人を見つめた。
「真面目で実直な、とてもいい子です」
おかみさんは誇らしげに和人の人柄を説明する。
「これは春風も負けていられんぞ」
後援会メンバーの一人が笑いながら春風の方にも目を向けた。おかみさんも微笑みながら、
「2人で、ライバルとして成長してくれると思います」
「うむ。ただ相撲界は厳しい世界じゃからのう。関取になれる力士は一握りじゃ。大半の力士は関取になれず相撲界を去る」
「そうですね…」
「でも、2人とも期待しておるぞ」
後援会メンバーたちは和人と春風に向かって温かい目を向けた。
潮見部屋には力士たちの激しくぶつかる音と気迫あふれる声が響いていた。
さあ次回からは第3章に入り、和人の大相撲デビュー、初土俵の様子が描かれます。ご期待ください。




