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一歩前に

翌日俺は思い切ってクラスのみんなの前で挨拶をする。ある意味の決意表明で、後に引けないようにしたかったのかもしれないな。


「おはようっ!如月さん」


「……おはよう」


彼女は短く、それだけを返してきた。声の調子も、いつもと変わらないそっけない表情で。


————クラスの様子はどうだろう。


視線を向けると大抵の人が俺のことを嘲笑しているようだった。どうせ、話しかけたって無駄なのに……そんな無言の嘲笑が、教室に漂っている。


いつもの俺ならどうだろうか?ここで躊躇う気持ちが出てきたかもしれない。でも————変わりたいと思った。彼女みたいに、誰の目も気にせず、自分なりの道を進みたいと。まずは行動から変えていきたい。そう思ったんだ。


それに、自分がずっと偏見を抱いていたことを、今さらながら痛感していた。一年の頃から浮いていた彼女に、俺は知ろうともしなかった。全ての告白も断り、誰の視線も気にせず、一人を貫いていた彼女の在り方に、皆と同じく「独りよがり」だと思っていた部分もある。


少し話せば分かったかもしれないのにな。


————だから思ったんだ。誰かの噂じゃなくて。俺自身が見た「彼女」と向き合ってみたいと。みんなの奇異の視線を感じる中、彼女と他愛もない話をするのだった。



***



「最近、如月さんに夢中なようだけど……夕真にもとうとう春が来たの!!」


昼休みになるや否や、純夏が嬉しそうに身を乗り出して聞いてくる。


「いや、好きって感情はほとんどないよ。どっちかっていうと……興味?もしくは罪悪感かな」


「興味は分かるけど、罪悪感って何に対して?」


「ほら、如月ってさ。クラスメイトに酷い暴言を吐いたとか、色んな噂があっただろ?」


「……まぁ、あったね」


純夏も、記憶を辿るように少し考え込む。今にして思えば、安城先輩が彼女に振られた直後からそういった噂が流れてきたように思える。


本人が流したのか、彼を好きだった誰かが腹いせに広めたのかは分からない。ただ、その頃から彼女に積極的に関わろうとする人が減ったのは、間違いなかった。


「俺も正直、その噂を信じてた部分はある」


「そんなことないでしょ。夕真は」


そう言って、まっすぐに見つめて断言してくれる。その言葉が、素直に嬉しかった。


「でもさ。事実として、俺は彼女に関わろうとしなかった」


もし、知ろうとしていたら————変えられたことは、きっとあったと思うんだよ。部活動に入っているんだから、先輩とのつながりだってある。それに安城先輩に問いかけることだってできたはずだ。それでも俺は、何もしなかった。


(……ほんとに、一人で抱え込もうとするんだから)


純夏が何か呟いているがよく聞こえなくて、彼女に視線を向けると、彼女は少し呆れたような顔で口を開く。


「それで言うなら私も同罪だけどね」


俯いたように、何かを後悔する彼女の表情を見れ、俺は笑う。


「だろ?」


その表情を見た純夏は警戒したように、半歩引いて俺を見た。


「なんか厄介そうな予感がするんだけど……」


溜め息交じりの声。何かに巻き込まれると分かっているからこそ、警戒しているのが伝わってくる。それでも————彼女が協力してくれることを俺は知っている。だから、頼み込む。


「もしも、如月さんがハブられそうなときがあったら……助けてあげてほしい」


「その場合、私も同じ目に遭う可能性があるとは考えないの?」


「純夏のことは信頼してる。だから大丈夫だ」


「全然大丈夫じゃないんだけどね……まぁ、分かったよ。夕真が頼ってくれるのは珍しいしね。何かあったときは、ちゃんと擁護してくれるんでしょ?」


「うん!」


俺が大きく頷いたことを確認すると、彼女は表情を崩す。


「それに、協力を申し出るんだから、何か奢ってくれるんだろうし、ね?」


にやりと少し悪い笑みを浮かべる彼女に、恐る恐る質問する。


「ちなみに、どんなものを想像して……?」


「それはね……」


純夏はそう言って、スマホを操作し始めた。奢り、という言葉からして、どうせケーキか何かだろう。そう思って待っていると、指の動きが止まる。


「これ」


差し出された画面には、ネックレスがずらりと並んでいた。サイトの上部には、俺でも知っているブランド名の名前が見て取れる。


「待て待て待て。これ全部、一万円超えてるんだけど!」


「正確には1万と7600円以上だね」


「訂正いらんわ!!」


コイツなんてものを買わせようとしているんだ。


「安心してよ夕真。18歳になった今クレカで分割払いできるから」


「全然、安心できねぇよ」


俺の反応がおかしかったのか、純夏はけらけらと笑い出す。……冗談、だよな?


「冗談冗談。まぁ、スズシロのケーキでも奢ってくれたら、私は動きますよ」


「まぁ、その時は食えるだけ食ってくれ」


「言ったなー?」


そう言って無邪気に笑っている。普段はこうしてお茶らけている彼女だけど、本気になった時には頼りになる。そうなったら彼女にかかる負担も、決して小さくないと分かっている。ケーキくらいでは足りないかもな。何て思う。


少し何かを考える彼女の頭にはきっと、如月さんのことを考えているのだろう。やがて、こちらの方を真剣に見つめてくる。


「ねぇ、誕プレと合わせたら、ネックレスにならない?」


訂正、彼女にはケーキで十分だな。



***



部活動を終えて興味公園へと走る。けれど、当然彼女の姿はそこにはない。


ってことは、月・水・金だけはこの公園に来ているんだろう。……何か、あるのだろうか。そう思いながらも、踏み込めない。きっと、俺にまだ覚悟がないからな。


所詮、俺はただの高校生で、他人の家庭事情に踏み込めるほどの経験があるわけじゃない。余計に悪化させることが関の山だと気づいているからこそ、動けずにいる。


……これが物語の主人公だったらきっと違ってくるんだろうな。そう思いながら、立ち止まって空を見つめる。手を伸ばしても、空に届きそうな予感はしない。


いつもは気にしない星の位置が、以前よりもわずかに左へ傾いている気がする。星空の在り方だって少しは変わる、か。劇的に何かを変えられるわけがない。でも、ほんの少しでも彼女の人生にとって、前向きになれるきっかけを与えられたら。そう思うのだった。

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