綺麗な星空の元で
終業式が終わり、午前中で学校も終了した。俺と颯人、それに純夏は部活動に出るための準備を始める。俺はバッグの紐を締めながら、颯人に声をかけた。
「颯人たちは今年、どこまでを目標にしてるんだ?」
「んなもん、全国制覇に決まってるっしょ」
「純夏も?」
「まぁね。それくらいやらなきゃ、燃えないでしょ」
二人とも流石だなと思う。颯人の所属するサッカー部は常にベスト4をキープしているし、純夏のバレー部にいたっては全国の常連だ。
「もちろん夕真の方も、全国制覇を狙ってるんだろ?」
「当たり前だろ」
俺もノータイムで答える。今年がラストチャンスだからこそ、そして自分達の代だから思い入れが強い。二人といると本当に思う。この学校に決めてよかったと。こいつらも本気でやってるからこそ、俺も努力を続けられている。
「お前らと同じクラスになれてよかったよ」
そう言うと、純夏が顔を覗き込んでくる。
「なに急に? もしかして私のこと、好きになっちゃった?」
「それはないから安心しろ」
「ほんと夕真って、スカしてるよね」
ジト目で俺を見つめる純夏。その視線はまるで「本音はどうなの?」とでも言いたげだった。もちろん彼女は欲しいと思っているが、重要度が高いかと問われると違う気がした。
「颯人の方は素直なのにね」
「おう!俺は彼女が欲しい!!」
「私はそういう素直な人、好きだけどな」
「マジ?じゃあ俺とかどう?」
「でも、ノリが軽すぎる人はダメかな」
「ダメかーー」
その様子からも分かるように、本気にはしていなかったんだろうな...でも、俺から見ると2人は結構お似合いなんだけどな。どちらも部活動のこととなると本気になる。今だって、食事に気を使っているのが見て取れる。
バランスよく、それでいて必要なエネルギー量を補給できるようにしている。何となく2人がモテる理由が分かる。試合になると、急に真剣になって、泥臭くても勝ちに貪欲な姿はカッコいい。
「何ニヤニヤしてんの……キモい」
「それ、地味に傷つくからな」
「はいはい」
そう軽く流される。そんなやり取りを交わしながら、俺たちはグラウンドへ向かった。すでに二年生たちが準備を始めていて、その動きに“流石だな”と感じる。この時期になると、1軍・2軍以外の連中が率先して動く。それが暗黙の了解となっている。
「よう、夕真。調子はどうだ?」
「いつも通りだよ」
「そこは“最高だ”って答えるとこだと思うけどな」
声をかけてきたのは、大神 和也。全国でも名前が挙がるほどの注目選手だ。自信と実力を兼ね備え、一年の頃からレギュラーに食い込み、甲子園まで経験している。
その圧倒的な存在感を前にすると、どうしても自分の小ささを思い知らされる。才能では敵わない――そう分かっていても、心の奥で叫ぶ。それでも、絶対に負けたくないと。
「ほら、さっさと行こうぜ、夕真」
「そうだな。全国制覇するために」
互いに頷き合い、練習が始まった。あの熱い夏を、もう一度――今度こそ攻略するために。グラウンドに整列し、皆で歩幅を合わせる。声を出しながら走ると、全員の息が重なっていくのが分かる。汗と土の匂い、響く声の重なり。その瞬間、チームとしての一体感を感じた。
練習が始まると、やはり一際目を引く存在がいる。
――やっぱり和也は別格だな。皆がそういった視線で彼のことを見つめている。マシンから放たれる一球一球を、まるで無駄にしない。
インコースは力強く引っ張り、アウトコースは呼び込んで流す。真ん中の球は、お手本のようにセンターへ弾き返す。スイングは豪快なのに、当たる瞬間は繊細。まるでボールが自らバットに吸い寄せられていくみたいだった。
守備も完璧にこなしている。大きな体を生かして広範囲をカバーし、送球は常に正確。体勢を崩しても、あえてワンバウンドでファーストの腰あたりに届くよう投げる――受ける側の動きまで計算しているのが分かる。その一つひとつの丁寧さが、彼の強さなんだと思う。
「にしても、先輩たちは相変わらず別格ですね」
「そうか?」
和也は少し照れくさそうに笑った。その素直な笑顔がまた、皆に好かれる理由なのだろう。
「えぇ、大河先輩は大胆で、夕真先輩はお手本のようです」
「それ、俺が大雑把ってことか?」
「ち、違いますよ〜!」
大河は後輩の肩に腕を回し、わしゃわしゃと頭を撫でる。後輩も嫌がるどころか、むしろ楽しそうに笑っていた。ああいう距離の詰め方が自然にできるのが、アイツの魅力なんだろうな。
俺も、もう少し砕けた方がいいのかもしれない。そうすれば、プレーだってもっと思い切りできるかもしれない――
「相変わらず、夕真先輩は考え事ですかね?」
「まぁ、これがこいつの持ち味でもあるしな」
そんな二人の関心と呆れたような笑い声が聞こえることなく、俺は考え込んでいた。そんな充実した時間はあっという間に過ぎ、部活を終えた俺は家に帰ると、いつものようにランニングに出る。
あれから分かったことだが、彼女がいるのは水曜日と金曜日の夜だけらしい。そう思って入っていたのだが...彼女は空を見上げていた。何かあったのだろうか?そう心配になりながらも、彼女に近づいていく。少しは距離を詰められるよう、一歩、踏み出す。
「如月さんにはあの先に何が見ているの?」
そう問いかけるも返事がない。無視されているのだろうか?そう思って彼女をジーっと見つめていると、観念したように口を開いた。
「……別に、何も見てない」
「俺には、君が見えないはずの未来を見ているような……世界の仕組みそのものを見抜いているような、そんな感じがするんだけど」
「私は神様じゃないよ」
「そうだろうね」
思ったよりも、彼女は話しかけるとちゃんと返してくれる。本質的に人と関わりたいわけじゃなくて、ただ、流れ込んでくる言葉をそのまま受け流すようで、けれど、拒みはしていない。そんな不思議な受け入れ方をする人だと思った。
あの先に何が見えているんだろう。彼女のことを理解したくて、俺は空を見つめ続ける。でも、いつもと変わらない夜空があるだけで、何の変化も起きない。自分に対して自信がつくわけでも、和也に勝つための練習方法が思い浮かぶわけでもなかった。そんな俺のことを彼女は見つめながら、ふと口を開いた。
「今日から……いや、前に公園で会ったときから、関わろうとしてるよね。目的は何?」
そう告げる彼女から初めて感情のようなものが見えた気がする。嬉しいとかプラス要素ではなく、鬱陶しいとか面倒くさいというマイナス要素ではあるのだけど...でも、俺にとっては、それだけでも反応があることに嬉しいと感じた。
「目的、か……」
そう彼女に言われたことを呟いて、頭の中で問いかける。俺はどうして彼女と関わりたいと思ったのだろうか?最初は自分を変えてくれそうな気がしたからだ。でも、それが“自分の弱さ”と向き合うことになると気づいて、怖くなって逃げた。
今ならわかる。俺は、彼女と向き合うことで、これまでの自分を否定されるのが怖かったんだ。積み上げてきた努力も、野球のために選んだ一人暮らしの覚悟も。でも、そんなことを一切気にもしない彼女を見て俺は...ようやく掴めた答えに納得して、返す。
「……憧れた君に、近づきたいと思ったから、かな」
「憧れ?彼女にしたいとかじゃなくて?」
その問いに、俺は思わず笑ってしまう。からかわれているわけでも、見下されているわけでもない。ただ、当然のように尋ねてくる彼女が、どこか面白かった。
「今のところ、そういう感情はないかな」
「ふーん。まぁ、いいけれど...」
彼女は相変わらず俺の言動に対して疑うということをしない。信頼なのか、無関心なのかは分からない。でも、なぜかそれが嬉しかった。
俺も案外単純なのかもしれないな。そう思いつつ、彼女との距離を近づけたくて言葉を口に出そうとして噤んでしまう。どう切り出せば、不自然じゃないだろう。迷いながらも、勢いで口を開く。
「……隣に座っても、いいかな」
自分を変えたくて一歩踏み込んだその言葉を発する。心臓がやけにうるさい。断られたらどうしよう、とか。別に教室でも隣なんだから、ゆっくりでいいじゃないか、とか。そんな後悔の声が頭をよぎる。
「別に、いいけど」
短く、それだけ返ってきた。
「ありがとう」
そうお礼を告げることが精一杯だった。了承を得て、俺は彼女の隣に腰を下ろす。彼女を見ていると余計なことを考えていないような気がした。俺も自分の思考に意識を寄せるのではなく、周りの音に、感覚に意識を向けるようにした。徐々に緊張してた心臓も収まってくる。
風がさらりと肌を触る。まだ冬の寒さは抜けていないようで、少し肌寒い。木々の揺れるおとが聞こえる。肺に入る空気は冷たくて、でも、頭が冷静になっていくのを感じる。
不思議な感覚だった、常に考えることが日常だったなのに今はただ、自然に身をゆだねている。時間がゆったりと流れているような気がした。どれくらいたったのだろうか?30分くらいかなと思って時計を確認する。
せいぜい10分もたっていなかった。その事実につい、苦笑してしまう。やばい、いきなり笑い出すとか変人だよな...そう思って彼女の反応を伺うが全く気にしていないようだった。
だから、安心しているのかもしれない。彼女は俺のことを受け入れてくれるようなそんな気がするって。頭が軽くなったおかげだろうか、どこか体まで軽くなったような気がした。
「ありがとう、如月さん」
そう感謝を伝えると彼女は不思議そうに頭を傾けながら、俺を見つめている。確かに不思議だよな訳も分からずお礼を言われるのだから。でも、理由は説明しない。少しでも俺のことを考えてほしかったから。
「それじゃあ」
そう言って、俺は立ち上がる。彼女のもとを離れ、夜の道を走り出した。頑張るぞ――そう自分に言い聞かせながら、ただ前だけを見つめる。




