出会い
不定期
いつもとは違う道を進む走る。高校二年生の終わりが近づく頃、才能のなさに悲観する自分を変えたくて、停滞した現状から逃げ出したくて、ただ無心に足を動かしていた。ハッハッ…荒くなる自分の息が耳に届く。冷たい雨粒が肌にぶつかり、流れ落ちていく感覚だけが、今の自分を現実につなぎとめていた。
街灯がどこかへ導いてくれる気がして、俺はその明かりを目印に走っていた。ふと、一際強い光に視線が吸い寄せられる。目線の先には滑り台以外に目立った遊具が存在しない公園があった。そこに誰かいるのが見て取れる。時刻は既に二十二時。普通なら人がいない筈なのに誰かがいる。良く顔が見えないが、傘をさしている様子も、合羽を着ている様子もない。
――迷子か?そう思って足を速める。虐待を受けて家を飛び出した?それとも、恋人と喧嘩して…いくつもの想像をめぐらせながら近づいた先で、俺はようやくその正体に気づいた。学校でも一番の美人だと噂される彼女だと。
いつものように一人でいる彼女はそこにただ佇んでいる。反応が薄く、どこか暗い印象のせいで、学校でもいつも浮いた存在だった。今も遠目から見た彼女は、不思議な雰囲気をまとい、誰の視線も気にしないように見える。
もし彼女のように、他人の目を気にせず生きられたなら。他人と比較してばかりの自分を変えて前に進むことをできるのだろうか。自分を変えたくて、変えた道の先に彼女がいたそのことに運命めいたものを感じて――気づけば、俺は声をかけていた。
「如月さん、だよね?」
彼女はこちらをちらりと見て、興味なさげに応える。
「そうだけど?」
「一人でここにいるようだけど、何か悩み事でもあるの」
「別に」
彼女はそっけなく答えた。相変わらず彼女の視線は空を見上げていた。その先に何かあるのだろうかと俺も思わず空を見上げた。彼女との同じ景色を見れば何か変わるのだろうか?そう思って空を見つめるが今日は曇っていて何も見えない。
何が見えているんだと目を凝らして、逆に見開いて見つめるが何の変化もない。逆に自分の行動が変に思えて若干の恥ずかしさを感じるだけだった。体温が若干上がったのを感じつつ、如月さんを見つめる。彼女は俺のことなんか全く気にせずにただ、空を見続けていた。
「まだ冬の寒さも抜けきってないし、このままだと風邪をひいてしまうよ」
それに対して彼女は何も答えない。
「それに両親も心配しているだろうし...」
「別に...私を心配する人はいない」
先程の無感情な彼女とは違う。瞳が揺れて感情が動いたような気がした。家族との関係で何かあったんだろう。けど、それは俺が踏み込んでいい問題ではない。築き上げてきたものがあるだろうし、責任を取れるわけでもない。でも、何もしないことで後悔はしたくなかった。
「少なくとも僕は君のことを心配している」
「そう...でもそれは私だからじゃないよね?」
彼女の視線は俺の本質を見抜いているような視線で、じっと見つめてくる。無感情な目線に怖いという感情が湧いてきた。綺麗な彼女にどうして彼女に話しかける人がいないのか何となく理解した。自分の弱い部分を除かれているような、引きずり出されるような感覚を味わう。
彼女の言う通り俺の保身に走った考えはお見通しという事だろう。仮に、殺人事件などに発展した場合に自分を責めることは確実だとそんな自分本位な考えを見抜かれたような気がした。
怖いと感じつつもこの場を去らないのは、彼女があまりにも寂しそうに見えたからだった。本気で関わる気もないくせに、無責任にかかわるなと、泣いているように見えた。だから、少しだけ彼女を知りたいと感じる。
「如月さんは意外にも人を見ているんだね」
「そういう君は、自分が可愛いんだね」
自分が息をのむのを感じる。彼女はきっとその鋭い言葉が沢山の人を遠ざけてきたんだろう。少しでも変わりたいと思うならもう一歩踏み出してみようと思った。
「君の言う通りだよ。だからさ、コートをここに置いておく。何かをしたって思いたいから。必要なら使って欲しい。要らなければ、放置しておいてよ」
俺は自分が羽織っていたコートを脱いで、彼女のそばに置く。これ以上は彼女を傷つけるような気がしたからその場を離れる。去り際に見た彼女は曇り空を見つめていた。
***
それからも彼女のことを見かけることが多くなった。相変わらず一人空を見上げる彼女。その先に何があるのかはわからない。でも、少しだけ彼女の見ている景色を見たくて、公園の外から空を見上げる。その瞬間だけは嫌なことも、厳しい現実も思い出せずに済んだ。
もしかしたら、彼女もそんな嫌なことから逃れるために空を見上げているのかもしれないな...いつものように十分ほど空を見上げて走り出す。以前よりも少しだけ足が軽くなった気がした。そんな彼女と出会ってから三週間が経ち、その間彼女との関係で何か発展しるうことはない。ここら辺の治安はそこまで悪くないし、公園から近い家も散見される。なら、大丈夫か。彼女との関係は二言三言話して終わるそう思っていたんだが…
高校三年生になり、今年こそは甲子園に出場する。その想いを胸に教室へと足を踏み入れた先で、彼女のことを見かけた。想定外というのはこのことを指すのだろうか…そんなことを思いながら教室にいる如月さんを見つめる。
三年生になってクラス替えというは、友人に聞いたところ珍しいらしい。まぁ、この学校の進学率が50%を切っているというのも主な理由かもしれない。大抵は就職するからせめて交友関係を広げておけということだろう。
にしてもまさか席まで隣とはな…僕の名前が神林で彼女が如月。同じカ行だからおかしくは無いのだが、何か作為的なものを感じる。
変わりたいなら、彼女から逃げ出すなと言われているような。そんな風に誰かに言われているように感じた。話しかけるかと意気込むが少し躊躇して、他のクラスメイトに声を掛ける。
「おはよっ、颯人」
「はよっ、夕真っ」
そう元気に挨拶を返される。相変わらずこいつはカラッとした性格だと安心感を覚える。
「お前が一緒のクラスで頼もしいぜ、夕真」
「言っとくが、勉強を付きっきりで教えたりはもうしないぞ」
「いいじゃねーかよ、同じ運動部だろ」
「なら、咲田に頼るんだな」
「あいつは厳しいから、パスー」
そう言って項垂れるようにして、背中から倒れるように項垂れる。チラッチラッとこちらを見なければ同情したりしたかもな…そんなことを思いながら、俺は颯人を眺めていると。
「2人とも、なに朝から辛気臭いことやってるの」
そう言って呆れたように俺たちを見つめていた。
「いつも遅くまでやってる運動部員、勢揃いって感じか」
「まぁね、にしても新学期から暗い雰囲気やめてよね。空気が臭くなる」
「えっ...俺の体臭ってそんなに臭い?」
そう焦る颯人に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。普通に消臭剤の匂いだな。シトラス系の爽やか系か。そんな俺の行動に対して、純夏はドン引きしていた。
「2人とも、距離近すぎてキモいね」
「ガチのドン引きやめて!!今のコイツの所為だしっ!」
「いや、気になったから仕方ない。咲田は部活後は臭うし」
「なんで追加攻撃入れたの!?」
いつも通りのじゃれあいをする。新しい環境だからか、それとも如月さんが隣の席だからか緊張していた気持ちが落ち着いてくる。 やっぱり普段通りに行動することが大事だなと再確認させられる。その後も他愛もない話をした。春休みはどこどこと試合したとか、現状のチームの課題点はアレだな、なんてことを話す。
互いに最後の大会だからこそ、今できることを精一杯やろうとするのがわかる。なんだかんだ言っても、コイツらにも結構支えられているんだよな。そんなことを思った。
俺は彼らから力をもらって、一歩踏み出す。如月さんはいつものように窓の外を眺めており、誰とも話していない。自分の席を確認し、周囲に誰もいなことも確認する。
「おはよう、如月さん。冬休みぶりだね」
「...」
そう告げるが彼女はなんの反応も示さない。一瞬目を開いたまま寝ているのか?どう違うが瞬きはしているからこそ、起きているのがわかる。
だからこそ俺は動揺していた。えっ...なんで?と彼女の思考を伺うように、見つめるがなんの返答もない。そうじっと見続けていると彼女は口を開く。
「誰?」
「ほら、春休みの公園で話したじゃん」
「君だっけ?」
と問いかけてきた。俺のことを人を伺う人なんて形容しているくらいだから勝手に自分のことを知ってくれていると思った。まさか覚えられていないとは思わず、俺は少しだけ残念な気持ちになる。
けれど同時に、どこかで安心していた。――彼女に自分の弱い部分を突き付けられるのではないかと、そんな不安から解放されたような気がしたから。でも一歩踏み出さないと何も買えられないよな...
「これも何かの縁かなって思ってさ。友達にならない?」
彼女に手を差し伸べるが、俺を探るように、真っすぐに見つめてくる。感情の揺らぎも、体のわずかな反応すらも逃さないような、鋭い視線だった。
「別に必要ない」
そう言うと、彼女はふいに視線を窓の外へ戻した。その光景が絵になると同時に、どこかこの世と隔絶したような雰囲気を感じる。俺の視線を一切気にせずに空を見続ける彼女は何を考えているのか気になった。
少しづつでもいいから彼女と関わっていきたい。そう思った。




