もらった神器が寸胴鍋だった件
突然、異世界に転移させられた。なんでも、輪廻を司る神の失態で、特に理由もなく、使命もなく、ただ無理やりに連れて来られたらしい。そんな僕を憐れに思った別の神が加護をくれた。
加護の印に神器をくれると言うから、期待したのに。目の前に現れたのは大きな寸胴鍋がひとつ。僕に加護をくれたのは料理の神だったのだ。
困った。どうせなら包丁をくれればいいのに。せめてフライパンなら良かった。寸胴鍋じゃ戦えない。魔物がいる世界でどうしろって言うんだ。
転移先の国で、僕は子供に間違われた。まあ、成人したばかりだから仕方がないかもしれない。日本人は幼く見えると言うし。でも、孤児院に放り込むのはどうかと思う。
まさか、異世界から来ましたと馬鹿正直に説明できるわけがない。記憶喪失のふりをしながら、しばらく孤児院にいることにした。
孤児院は人手不足で。年長の子が小さな子たちの世話をしていた。僕も年長組だから、幼児をあやしたり、喧嘩の仲裁をしたり。
よくある話だけど、人手だけじゃなく金も足りなかった。食事はすごく質素で。僕は幼い子たちに一品譲ったりして、空腹が続いていた。
はっきり言って辛い。惨めというのはこういうことを言うのかと思った。着ていた服が薄汚れてきてもろくに替えがない。買い出しの手伝いで街に出れば、ひそひそと陰口が聞こえたりする。
せめて、お腹いっぱい食べたい。なんでこんなことになっているのだろう。僕には料理の神の加護があるのに。食事だけでもどうにかならないのか。
ある日、僕がいる孤児院に冒険者たちがやってきた。その中のひとりが孤児院出身で、彼らはずっと支援をしてくれているのだとか。
冒険者たちは沢山の食材を持ってきてくれた。ただ、それを料理するには道具も人手も足りなくて。僕は例の寸胴鍋を出して、手伝うことにした。
結果、とんでもないことがわかった。
僕が神器を使って作ったスープには、ポーションよりも高い治癒の効果があったのだ。
冒険者たちが目の色を変えた。ポーションは買えば高い。でも、僕のスープはその辺のなんの変哲もない食材でできている。僕を連れて歩くことができれば、ポーションを買わなくて済む。
迷宮探索に同行して欲しいと言われて、断った。だって仕方ないじゃないか。僕は戦えないんだぞ?
迷宮は怖い。魔物なんてできれば会いたくない。だけど、いつまでも孤児院にいることもできなかった。僕が記憶喪失だという話を本気で心配した孤児院の院長が、僕を神殿に連れていき、鑑定を受けさせたのだ。
神殿の特別な魔導具で鑑定されて、僕の本当の年齢がバレた。流石にひとり立ちしてくれと言われて、僕は孤児院を出ることになった。
仕事? 行く宛? 住む場所?
そんなもの、何も決まっていない。支援もほとんどない。おまけに、遠回しに神器の鍋を置いていって欲しいと言われて、早く自立しなければと思った。
なけなしの小遣いで野菜を買った。それを持って商人ギルドに行き、厨房を貸して欲しいと頼んだ。スープを売り込むつもりだったけど、信用されずに追い払われた。世知辛い。
結局、頼れたのは冒険者ギルドだった。僕のことを面白がったギルドマスターが、ギルド併設の酒場で料理をさせてくれた。僕は料理の神に祈った。とびきりのスープを作らせてくれと。
その時僕が作ったスープは、傷を癒せるだけでなく、魔力も回復し、一時的に感覚が鋭くなる効果まであった。
誰が僕をパーティに入れるかで冒険者たちが揉め、収集がつかなくなって、僕は一旦ギルド職員として採用されることになった。
毎日、僕はスープを作った。冒険者ギルド併設の酒場で、数量限定でそれを売るのだ。冒険者たちはその場で食べずに、容器を買ってスープを持ち出す。
ポーションよりも効果が高いのである。迷宮の探索中に回復手段として使うのだろう。
一度、僕の寸胴鍋が盗まれた。鍋さえあれば、僕と同じ物が作れると考えたのか。でも、加護として与えられた神器が、僕の手を離れて使えるわけがなかった。
寸胴鍋は僕が呼び出せばどこにでも現れる。つまり、盗まれてもいつでも取り戻せる。それに仕組みはよくわからないけど、亜空間的な所に収納しておくことができる。そのまま持ち歩くとかさばるから、助かっている。
鍋を盗んだ犯人は、冒険者資格剥奪の処罰を受けたらしい。まあ、自業自得だろう。
僕にはスープを作ることしかできない。けれど、僕のスープは他にはない効果を持っていて、貴重なものでもあり、欲しがるのは冒険者だけじゃなかった。
国の騎士団からスカウトを受けた。仕事はスープを作るだけ、比較的安全な場所で、戦闘はしなくていい。給料は上がるし、何かあったら見舞金や退職金も出るという。
僕は迷った。冒険者ギルドに居るよりも収入が安定する。宿舎もあって、宿代がかからないらしい。
結局その話は断った。僕には他からも勧誘があったのだ。神殿の施療院で働かないかという勧誘だった。
どうせなら、弱者の役に立ちたい。何より神殿なら戦場に行く必要がない。安全な街の中で仕事ができる。
僕は世話になった冒険者ギルドのマスターにしっかりと礼を言って、神殿に移った。
気付けば『鍋の聖者』と呼ばれるようになり、僕が作ったスープは皿ではなく瓶に入れて売られるようになった。販売分とは別に施療院に来る患者のためのスープも作る。とても忙しい。
僕のスープは、飛ぶように売れた。冒険者も騎士も神殿に瓶入りスープを買いに来る。未だに騎士団からは勧誘を受けているし、最近では貴族の養子にならないかと言われた。
僕は平穏に暮らせればそれで十分だ。王女の婚約者になんて話まであるけど、王族になりたいわけじゃない。
そうだ。神殿にいるのだから、神官になろう。聖職者になれば、政略結婚なんかは避けられるはず⸺
気付けば僕は、名実ともに聖者となり。国で一番大きな神殿の神殿長になっていた。でも、名前だけだ。僕がすることは変わらない。
だって、僕にはスープを作ることしかできないんだから。