94話 俺たちは話し合った
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
夕餉の席。
みんな黙ったまま飯を口に運んでいた。
今日――牛囲いに火をつけられた。
里人が必死で火消しを手伝ってくれたのはありがたい。けれど、その顔に浮かんでいたのは達成感じゃなく、不安と苛立ちだった。
「……このままじゃ、里人は逃げ出すかもしれん」
親父さんは悩ましげに膳を見つめていた。
じいさまが低くつぶやく。
「昔から強い僧兵を抱える寺社や、侍を従えた豪族に土地を寄進する者は多い。そこに身を寄せれば、とりあえず命は守られるゆえ」
つまり――里人は青景を見捨てて、武力を持つ領地へ逃げ込む。
その代わりに、食うための労働を差し出す。
……実質、奴隷だ。
俺は拳を握った。
なんだよ、それ。
こんな理不尽な暴力がまかり通る世の中って、めちゃくちゃじゃないか。
あ
青景で田畑を耕す人がいなくなれば、米は取れない。
親父さんは、地頭――税を取る立場だ。
なのに、肝心の里人がいなくなったら……どうなる?
俺はぞっとした。
税を集められなければ、守護に首切りされかねない。
地頭の座が空っぽになれば、青景はただの荒れ野だ。
俺たちはこの土地に希望を抱いて来たのに、いつまでも落人狩りに怯えて、心をすり減らして暮らすなんて……。
「うーーーーん……冷静になれ。ブラック企業だったらどうした?
ノルマを押し付けて、考える余裕を奪って働かせるな……それ、やる?……それじゃ、みんな潰れるだけだ」
袂を叩いた。
「クロエ、どうすればいい?」
黒猫がひょいと顔を出す。
「ミャア。答えは簡単ニャ」
「簡単?」
「里人を縛るんじゃなく、つなげるんだニャ。
ノルマで動かすのはブラック企業と同じ。
でも、楽しみや安心を分け合えば、人は自分から動くニャ」
ーーその通りだ!
クロエは尻尾をふり、さらに続ける。
「たとえば……醍醐づくり。
牛の世話や牧場の手入れ。
竹籠などの竹細工。
縄づくり、草鞋づくりなどの稲わらの加工
――誰でも関われる仕事を増やすニャ。
働くことが生きることにつながれば、里人は逃げない。
『ここで生きていく』って、自然に決めるはずニャ」
……なるほど。
ブラック企業と違って、ここでは俺たちも含めて皆が、仕事の仕方や量を選べる。
誰でも関われる仕事を増やし、仕事を選んでもらうことが――青景を救う道なんだ。俺はクロエの言葉を反芻した。
――「縛るんじゃなく、つなげる」か。
――安心と役割を与える……か。
俺は立ち上がり、広間の隅に座り込んでいる親父さんのところへ歩いた。
「親父さん、ちょっと聞いてください」
「……なんだ、安介」
親父さんの声は疲れていた。火消しのあとの里人の本音が、まだ心にくすぶっているのだろう。
俺は思い切って言った。
「里人に仕事を分け合ってやってもらいましょう。田植えや牛の世話はもちろん。子どもや年寄りにでもできる仕事です」
「仕事……?」
「竹を切って籠を編む。縄をなう。草鞋を編む。牛の乳を搾って醍醐をつくる。
そうやって、誰でも参加できる作業を増やすんです。
『みんなで里の豊かな暮らしを作る』って感覚があれば、逃げる理由はなくなるはずです!
そして、村の守り、防衛も」
広間は沈黙した。
ほんの子供が提案をしているのだから。
雁丸がくすっと笑った。
「なるほどな……戦場で全員が役を持つのと同じだ。誰か一人が欠けても陣は動かん。理にかなっている」
ハヤテが乗ってきた。
「それなら俺、牛の世話は得意だ! 縄もなえるし、やってみたい!」
親父さんは黙って俺を見ていた。
その目が、やがて真剣な色に変わっていく。
「……安介、お前の言葉は子どもとは思えぬ。だが確かに理がある。
明日の朝、皆を屋形の広場に集める。そこでわしが宣言しよう。
青景は皆で守る。皆で働く里だとな!」
親父さんの声が強く響いた。
胸の奥が熱くなる。
――よし。これで一歩、進める。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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