92話 俺たちは牛乳に救われた
ブラック企業で過労死寸前だった俺(赤星勇馬)。
通勤途中で猫を助けようとして命を落とした――その結果、神様から授かったのは「スマホが使える」というチート能力。
転生先は、なんと壇ノ浦で入水する直前の安徳天皇!?
優雅な平安貴族の暮らしを味わいつつ、同時に目にするのは、当時の庶民が背負う悲惨な現実。
「二度目の死だけは、絶対に避けたい!」
ブラック企業よりはマシなこの世界で、俺は未来知識と努力を武器に全力で生き抜いてやる――!
里人総出で火消しをした。
小川から桶で水を汲み、バケツリレーで炎を押しとどめる。
すすで顔は真っ黒、煙で咳き込む者も多かったが――
やがて炎はおさまり、白い煙が細く立つばかりになった。
皆はその場にへたり込み、肩で荒く息をしていた。
そこへ九郎が駆けてきた。
「落人狩りの小十郎と次郎……青景を離れて、西の《《火の村》》へ向かっています!」
九郎は朗らかな風貌で人心を和ませつつ、情報を集めるのが得意だ。
彼の報告に皆が耳を傾ける。
「小十郎と次郎は厚東氏の配下。元平家領を荒らし回っている。名目は『平家再興を阻ぐため』だが実際は家を荒らし、物を盗り、人を殺し……怪しいと睨めば火を放つ……気をつけねばなりません」
親父さんは頭を抱え、トラさんにぼやいた。
「海で魚を獲っていた頃は、ただ力いっぱい漕げばよかった。だが今は……里をどう豊かにすればいいのかも、どう守ればいいのかも分からん」
トラさんは目を閉じた。
「落人狩りをもてなすか、跳ね返すか……どうすればいいのだ」
親父さんの問いに、ざわめきが広がる。
「奴らは私腹を肥やしてるだけだ!」
「地頭様、捕らえるか斬ってほしい!」
「だが殺せば厚東氏が黙っておらんぞ!」
「もう嫌だ、逃げたい……!」
「前の殿様の頃の方がまだ良かった……」
不満と不安の声が渦巻き、親父さんを睨むような冷たい視線すら投げられた。
――これは、まずい。
俺は立ち上がった。
「みんな! 俺は地頭様の養子、安介だ。まだ子供だけど……時々、神のお告げを感じるんだ。台山の水場もそうやって見つけた」
「おお……!」
人々が目を見開く。
「安心してくれ。これからは地頭様の力と神のお告げで青景はよくなる。明日の朝、地頭屋形に集まってくれ。親父様から《《よい話》》がある!」
親父さんも立ち上がり、声を張った。
「火消し、ご苦労であった! 台山の牛囲いも無事だ。お前たちが水を運んで守ってくれたおかげだ!」
そのとき――山道から木こりと牛飼いの子が下りてきた。
肩に大きな革袋を抱え、声を張る。
「牛の乳を沸かせました! 皆で飲んでください!」
竹筒の即席コップが配られ、湯気の立つ白い液体が注がれた。
里人たちは恐る恐る口をつけ――目を丸くした。
「……うまい!」
「こんなもん、わしらの口に入る日が来るとは……」
ハヤテは両手で竹筒を抱えこみ、叫んだ。
「うめーーーーーっ!!」
すすだらけの顔に笑顔が戻る。
親父さんは思わず笑い、俺も胸をなでおろした。
――地頭の親父さんを救ったのは、牛乳だった。
やっぱり本当だ。
――美味いものは、世界を救う。
まだまだ修行中の さとちゃんペッ! です。
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